私の感情
Yoshimi
14.07.10 16:29
まず、信頼とは、お互いが時を惜しまず築き上げてゆくものだと思います。
どちらか一方だけで信頼関係は成り立ちません。また、そこに至るまでには、それ相応の時間と勇気も、必要だと思います。痛くも痒くもない信頼関係など有り得ないからです。
70年前には、ここ日本のありとあらゆる町に、アメリカ軍(B29)により激しい空襲があり、それはそれはたくさんの尊い命を失うという経験を日本はいたしました。
過去の日本の・・日本人の経験は、とても数奇でしたが貴重であります。そのような貴重な方々が、とても少なくなってしまい残念でなりません。
以下は、あくまでも私個人の感情論です。あらかじめご了承ください。
外国のある一部の人達の物の見え方に、翻弄される必要は特にないように思います。何故なら、数十年間のその方の悲痛な心の叫びが見えてこないからです。どうしてなのでしょう?時間は決して戻りません。かろうじて今現在の心に寄り添うことは可能ですが、その心中がよく見えてこなければ寄り添うことすら出来ません。
ヒロシマやナガサキは、流行り廃りもなく戦後から綿々と世界にメッセージを送り続けてきています。経験者や被害者などからの溢れんばかりの想いと時間をかけても諦めてはいけないという人々の熱い想いからでしょう。その経験からこぼれ出る想いに、自分自身の中にある良識や良心に背くことがない。それが何よりも大切な精神であると思います。その曇りのない精神は、最良の結果をもたらすものばかりではありませんが、今は、それにより突き動かされているというプロセスが大切で、それは知りたいと思う人々には、必ず届くものだと思うのです。
解ってほしいというのであれば、それを時間をかけても知らせる努力が必要なのではないか?と思うのです。決して一過性の運動ではなく。政治的でもなく。打算的でもない。益して、何かを貶めるものであっては決してならない。っと思う今日この頃です。
これからも今まで培ってきたものを無駄にせず、皆の平和を望むことや愛することは、決して間違いではないのだと信じるほかにありません。
どの国に於いても、ときの指導者が、どのような発想をする人なのか、その心底をしっかりと見極める必要はありますが。。。でも、きっと、それが一番難しいことなのかもしれませんね。
またまた、とりとめのないことを長々と、すみませんでした。
