【09984】やっぱり、いる?
Y
14.07.23 18:05
KAZさんのお話、そうなんだなぁ~と思い、私も守られてきたんだ・・と感じています。
私、出まれる時大変だったらしいのですが、無事生まれ、大病なく今に至ります。子どもの頃「ミニスキー」で遊んでいて車とぶつかって傷一つなかったこと(運転手さんの青ざめた表情が・・・)、屋根からの落雪に完全に埋まったものの脱出できたこと、振り返れば何事もなかったから笑えるけど~ということが沢山あります。もしかしたら、おじいちゃんおばあちゃんなのかなぁ。でも、私が生まれた時にはすでに亡くなっていて・・・。「ばあちゃんにそっくりだ~」と言われて育ったけれど、遺影でしか知らないのでそう言われても・・・。
車の免許を取って20年ちょっと経ちますが、事故ゼロです。事故を起こしたことも巻き込まれたこともありませんが、自分で気をつけるだけでは・・・ということもあるので何かのおかげかと。事故を見たことは数えられないくらいあり、思い出すとぞっとします。とくにここ数年は通勤も車で、自分がヒヤッとしたことも、1週間に3回事故見たこともあります。父のおかげなのかな。6年前に亡くなった父は「運転手」でした。幼稚園バス、会社の偉い人の車、トラック、タクシー。私が仮免3回落ちたこと、意外に馬鹿にしなかったな・・・3回も落ちる人、なかなかいないですよね。いずれもS字カーブ大脱輪・・・。教習所に行くのが辛かった。時々助手席に座って「まあまあだな」なんて言ってるのかな。
父のこと、自分は嫌いなのだと思っていました。色々あった家族で・・・。自分も年齢を重ねてきて、親子としてどうだったかということより、父自身は幸せな時があったのだろうか・・・と、思うようになりました。4,5歳で父親を亡くし、戦争を生き延び、画家になる夢を諦め、大病と手術を経験し、その手術によって感染したであろう病気を抱えながら働いていました。医師に告げられた余命はとっくに過ぎ、「長生きしちゃったなぁ」と言いながらも、下の子がランドセルを背負う姿を楽しみにしていました。子どもたちと過ごした時は、幸せだったのだろうと、信じています。
先日書き込ませていただきました、地元紙で読者の戦争体験を募集している件、いよいよ来月8月から連載されます。少なくとも1年間連載し、特集なども組んでいく予定とのことです。戦禍の記憶・・・高度経済成長や戦争を知らない世代で断ち切られているような気がしてなりません。辛過ぎる記憶を、これからを生きる私たちのために伝えようとしてくださっている方がいるなら、耳を傾けたい。「消えゆく記憶を記録し、眠る事実を掘り起こす」のに、残された時間は長くない。
オスプレイの飛来について、沖縄のご出身で地元大学の特任教授に就いておられる方が、北海道まで沖縄のような景色になってしまう、と危惧していました。同時期、小樽港にはブルーリッジが来ていました。自衛隊、道内の部隊は海外派遣の経験もあります。布石となっていくのでしょうか。海外の状況もニュースを見るたび辛い。ユニセフも危険過ぎて思うように活動できないだろうし、子どもたちが・・・。
遠くで手を振っているのが見えたような気がしました!なんてね!いろんなことが物理的に遠くてさびしくなっちゃいますが、石井さんにもそうそう会いに行けませんが、ここでつながってるって、空も海もつながってるって思えると、前向きになれます。ありがとうございま~す。毎回長くてすみません・・・
