しあわせに...
月姫
12.09.11 11:38
9月11日。
7月8日にオープンを迎えた、沖縄「球美の里」に
今日から、第4陣のお子さんと、親御さんたちがいらっしゃるそうです。
お子さん、親御さん、ともに身体と心をユックリと休めて、
元気になって行っていただきたいな...と思いますね。(*^^*)
朝から晩まで「石井竜也」で過ぎていくのは
みなさん一緒だと思うんですが(笑)
自分の周囲も、なんとなく日々、慌しい感じがしています。
「部屋を整理整頓する」ということを、近頃石井さんが
頻繁に仰ってくださっていますが
「整理整頓」というのは「禅」の精神の中にも在るものですね。
1日の終わりに、その日の自分自身を整理整頓してみる...
というのは、自分の中の「バランス」を取る為にも
大切な事なのかもしれません。
バランスをとる為に「泣く」という事もまたとても必要ですね。
辛くて、苦しくて、泣いて、泣いて...。
泣くだけ泣いた後には、自分の中で受け入れられなかったことに
不意に折り合いがつけられたりすることもありますから...。
「愛」は大きなことばかりではないな...と感じるんですね。
道端の花を可愛い♪と思うことも、人の為に何も出来ない...と悩むことも。
「人」への愛は、そんな気持が始まりなんだと思うんです。
大丈夫ですよ...。
出逢った誰かの中に、「この場所に在るもの」と同質のものを
感じられたら、そこからまた愛に繋がっていくはずです(*^^*)
ムラサキさま、返信できないお友達からのメール
私も、以前、似通った事を経験しています。
ただムラサキさまのお友達は被災された方のようなので
私の知るケースとは事情がだいぶ異なると思いますが...。
こういったことは、それぞれに育った環境で育まれた...
というか、強烈に植えつけられた価値観とか、理想というのが
良くない形で現れたもののような気がします。
「愛」だけで互いを選ぶのとはまた違って
自分の理想や価値観にとって「必要だ」と判断したから選択する...
そんなケースもあるということを、私も友人夫婦のケースを見て理解しました。
必要だから、束縛もするし、執着もする、
けれど、相手の人格や、人生よりも、自分の価値観と理想にはめ込む事
それが何よりも重要で、場合によっては、そうしていれば「相手も満足なはずだ」
と強烈に思い込んでいるために、相手の意見を聞き入れないのです。
それを「愛」と錯覚している方も、この世の中には多いのだと
お話拝見して改めて想いました。
着の身着のままで出られた方が、落ち着いて
お子さんと一緒に過ごせる様になるといいですね。
精神を病んでしまって、周りに対して恐怖感を抱えている人は
何かをキッカケに、追い詰められた状況に陥ると
どんなに日頃優しい方でも、子どもを愛している方でも
自分自身が恐怖に震える子どもと同様になってしまって
省みることが出来なくなるんです。
きっ今その方は、逃げられたことに安堵しながらも
残してきたものが、気が気ではないかもしれませんね...。
勝手な推測でお話させていただいて申し訳ありません。
どうか、お友達が落ち着かれますように...。
