祈りの時
都のソラ
13.03.13 02:18
3月11日
祈りを捧げる時
ひとり自分の部屋で手をあわせ祈る
間をおかず裏の寺院の梵鐘が鳴る
ああ、これが京都の町なのだと思う
祈りと日常が共にある
寺は観光の為にあるのではない
忘れそうになるけど、祈りの場は自分の中にある
わたしには今守る人もいなければ守るモノも無い
だからこそ、この手がとどくところにいるものにこの手を差し出したい
家族がいないということは負の面からみればただ寂しい人にみえるかもしれない。でも、逆の面からみれば誰をも救える立場にいる。いえば、気はもちようだ。一人っ子に生まれ、親を見送れば自然に見守る人はいなくなる。きっかけがなく伴侶がいなけrば子もない。今、50をこえて後なにができるのかと思うと凹んでしまうけど
そんなこといってる余裕はこの国にはないのだと実感する今。
石井竜也という自分自身にとって人生の柱になる人間と出会ったことを幸せに思う。身軽な自分にできることをこれからも続けていきたいと思っている。
まだまだ東北は発災のときのままだ。
