時代の中で犠牲になった御霊。
花実月
13.07.28 08:50
私も、靖国神社参拝の問題は、その人の考え方や価値観、今まで自分が生まれ育って見聞きしてきた事や感じてきた事で個人差があり、なかなかはっきりと出来ない難しい感情のずれが出てくるなと、すごく感じています。
あくまでも、私個人的な意見、思いを書かせて頂くと、まず大前提として、互いの国内外の平和な未来に繋がる為の議論でなくてはならないという事と、犠牲になった命が残して下さった教訓を、決して無駄にしてはいけないという事。
いろんな考え方があると思いますが、戦争という異常な状況下の中で、正しいと感じる人間として最低限持っておかなければならない、命への尊厳が麻痺させられるおそろしさ。
それは、どんな人にも一旦戦争になってしまえば、避けられない状況におかれてしまう事を、私たちは今、肝に銘じておかなければならないと思います。
戦犯と呼ばれる、今、冷静に考えられる社会から見れば許し難い行為、その罪は勿論許される事ではありませんが、その罪を背負い、もがき苦しみ後悔しながら、亡くなられた方々もいらっしゃるかもしれないし、歪んだ意識ではあったのかもしれませんが、決して私利私欲の為でなく、一心に愛国心を持って信念を貫いた方々もいらっしゃるかもしれない。
本当に一人一人のケースを細かく聞いていかないと、その善悪を私たちが判断するのは、とてもおこがましいと思いますし、その線引きはとても難しいと思う。
私個人としては、どんな立場の方々も、御霊となった後は、戦争という異常な状況下の中で、その時代に巻き込まれた尊い命として、敬意を持って受けとめ、絶対に未来に同じ過ちを起こさないようにしなければならないと思います。
そして、相手国の方々から見れば、大切な祖国を傷つけ、大切な人たちの命を奪った方々への憎しみの感情は当たり前。
それに対する配慮は、決して忘れてはいけないと私は思います。
強い日本を示すというのは、決して相手の気持ちを無視したり踏みにじる事ではないと、私は思いたい。
相手の気持ちを受け入れ、しっかり感じながらも、強い心を持って、自分たちのこれからの互いにとってより良い未来へ繋げる為の提案、新しい関係を作っていこうという信念。その中で持ち続ける愛国心、犠牲となった命への尊厳は、決して1日だけのパフォーマンスで示されるものでもなく、心の中に持ち続ける事であるのではないかとは思うんです。
