ヒロシマ
Around T
13.08.05 03:42
メモリアル リーディング コンサート 参加しました。
当日、コンサート前に、平和記念公園を訪れました。
中学の修学旅行以来でした。
原爆ドームの周りをゆっくり歩き、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしました。
そこから、公園内を歩き、たくさんの碑にお参りしました。
修学旅行で、訪れた場所もありましたが、訪れなかった場所もたくさんありました。
供養塔の下には、多くのご遺体が荼毘に伏されたとあり、お参りさせていただきました。
そして、私が歩くここにもきっと多くのご遺体があるのだろうと思いめぐらしました。
朝鮮・韓国の犠牲者の碑も1999年に公園外から中に移設されたということで、今回初めてお参りしました。
その後、資料館にも入館しました。
子どもの頃に見た感覚が彷彿とし、また、新たな感覚でそれらを見つめなおしました。
多くの外国からのお客さんもおられました。
石井さんがおっしゃったように
「広島は、恨みや憎しみを祈りに換えた街。さらに平和を発信する基地にした街。」
唯一の被爆国であり続けたいと願わずにはいられません。
でも、フクシマという新たな被曝を産んでしまいました。
往き返りに乗ったタクシーの運転手さんとお話をさせていただきました。
「みんな、放射能の怖さを知らなさすぎる。」
「逃がすのが、逃げるのが遅すぎる。私らだったら、すぐに車で逃げられるところまで逃げたよ。」
「あの町には、帰らない方がいい。」
「あの佐々木禎子さんも、10年後に発病したんだよ。福島の子供たちの10年後が心配だ。」
「なんで、あの時子供たちにすぐヨウ素を飲ませなかったのか。」
「みんなが、ガンになるわけじゃないけど、なるかもしれないと怯えながら暮らさなきゃならないんだよ。」
「放射能の研究は広島が一番だから、あんたの友達になんかあったら、広島で見てもらいなさい。」
病院の名前も場所も教えてくださいました。
その一つ一つの言葉が重かったです。
第二のフクシマを産まないように、日本中、世界中に放射能を拡散しないように、何とか早く手を打ってほしい。
そう思いました。
「広島に来たらいい。放射能の怖さを知ってほしい。どうにかしないといけない。」
運転手さんは話されました。
石井さんのお蔭で、また、心の眼を開くことができました。
ありがとうございました。
