感性の成熟度。
花実月
13.08.10 17:59
最近凄く感じるんですが、精神性とか(あるいは知能だったり)が、高いとか低いとか優れているか劣っているかとか、一方向の価値観で決めつける事は、争いのきっかけとなる危険が高くなるのでは?と思うんです。
国と国、民族と民族で考えるともっと複雑になってしまいますが、例えば、同じ日本人の身近な人間関係においても、自分の価値観だけで、あの人は精神性が高いとか低いとか、能力の優劣を基準にしてしまうと、もっと関係をややこしく悪くしてしまうケースが多い。
互いに違う個性、特性があるという事。相手をよく知り、想像力を働かせ、それに応じて、理性と愛(大きな人間愛のようなもの)を持って臨機応変に対処する力、自分の感情を上手にコントロールしたり、自分の中にある基準にちょっと変換してみたりしてなんとか理解しようと歩みよる姿勢。もちろん、時には毅然とした意思表示も明確に。その場合も、最低限のその相手への良識を持った配慮は忘れずにしておく。
それは、心の感受性とそこから発信する表現力の『感性の成熟度』のようなニュアンスかな?
そんな力が、これからの時代をより良くしていく、それを考えていく為にも、必要なのでは?とちょっと感じます。
人間が他の動物と大きく違う特徴は、本能をコントロールできるという事と、今だけではなく、過去と未来を、自分の意思で感知できる能力を持っているという事。
時にはそれを生かして、時にはそれに捕らわれず、創造性を持って、新しい考え、行動を起こしていける事だと思う。
いかにその能力を有効に活用していけるか。それが、人間として生きている充実感と喜びにも繋がるんじゃないかとも思う。
未来は、今、この瞬間に、あなたが私が、考えている事から、作られていく。
そう思うととても、責任重大ですが、どんな時代にもどんな人間にも、必ず乗り越えるべき課題があるとしたら、まっすぐに、困難やなかなか答えの出ない問題に向き合い続ける事も、生きている事そのものだとも思えてきますよね。
