夏の保養期間中に感じたこと
nico
13.08.27 01:06
この夏も、子ども達の解毒を兼ねて、放射能解毒に有効とされる3週間強を西日本ですごしてきました。
どこにいても何かしら向き合わざるを得ない事柄は存在します。
放射能からの保養が目的でも、放射能に関する考え方や食品の選択基準は各家庭で結構差があるので、結構な規模の家族数のため共同で食事を作るにしても、若干の折り合いが誰しもに必要になったりもします。でも、逆に自分になかった解毒の仕方や食材に関する知識を共有させてもらえたりもしました。
何より、なかなか腹を割って心からの叫びを出し切れない状況に生活する母たちにとっては、「放射能の存在を認め合える」だから、どうやって生活するのかを、臆することなく言い合える環境が稀有で有難いことでした。
福島から参加されていた方が、ネットを使用する彼女が、私のような関東では待っていても情報がないから調べまくって行き着いた「ニコニコ?うそでしょ?なんでそういう考えを広めるの?事実は事実でしょ。」という先生を、本気で「なに?悪い人なの?え?」と、事故から2年半経過した今も受け入れていた事は衝撃でした。福島に居ると情報が要らないものも含めて、そこここにあるから、自分で調べてとことん自分なりに精査するということまでにならなくなっちゃうのかもね。。。と話し合ったりしました。全国紙の福島版では、毎日大きく食品検査の結果が載っているそうです。知りませんでした。
福島でも汚染度の高い地域にお住まいの方の甲状腺が、異常に腫れてしまっている現実は、切なすぎました。春にその方が保養された際にスタッフの方は、「全然気に留めなかった」そうです。なのに、「たった4か月くらいでこんなにも大きいなんて、母親がそうなら一緒に生活している子供たちのこれからを想うと言葉が出ないよ」とおっしゃっていました。現実です。
長崎の原爆資料館にも初めて行くことが出来ました。
広島の資料館よりも客観的に原爆や放射能による影響を伝えている印象でした。内部被ばくや外部被ばくの影響についてもパネルがありました。「食品の内部被ばくによる影響は・・・」とも書かれておりました。きっと事故から今、こうやって日々いかに過ごしていかに生きていこうかと、向き合っているから見えたり聞こえてきたことも多いんだろうねと、広島出身の夫と話しました。
はだしのゲンの閲覧禁止が解除されましたね。
私はあまりの衝撃で全部を未だ読めていません。でも、今なら向き合える気がしています。だから、読んでみようと思います。
保養先で出逢った方々から聞いたことです。ほとんどの方が原発事故後直ぐに自ら避難したり、何かしら動いた人でした。その方々の原風景の一つに「はだしのゲン」を小学校くらいまでの感受性が高い時期に読んで衝撃的に残っていた事が、少なからず放射能と向き合おうと思ったキッカケになっていたそうです。
原爆で被ばくした親類の方がいて、その恐ろしさを感じていた人もそうでした。
原発で働いている親戚の人から地震直後にまだ報道も何もない段階から「やばいから逃げろ!」と連絡をもらった人もいました。
身近に放射能の怖さを感じて、考える機会があったかどうかで、その後の考え方や行動が違ってくるんだとマジマジと感じます。
現実って、そんな甘いものじゃないですよね。
【3匹のこぶた】・・・日本では60種類以上も翻訳されているそうですが、そのほとんどは、日本の大人が子どもに、残酷さを教えたくないからか?「ぶたが食べられないで終わる」軟な物語に変化してしまっています。ゲンの閲覧問題に通じるものがあると思いませんか?
純粋な感受性の高い時期は、心で本当に素直に受け止められる時期です。夢物語だけじゃない、現実の見つめ方や生き抜く考え方も、ゲンや絵本を通して心で感じてもらいたいです。
