『当たり前』という価値観の押し付け。
花実月
13.08.27 07:44
人は一人では決して生きていけないから、集団で何かを考えたり行動していくためには、ある一定の同じ価値基準の共有が、必要とされてきたんだとは思います。
ただ、本当の意味での人としての精神性や、生きていくために必要な知識など、必要不可欠な共通認識とはまた違ったもの。
例えば、誰かからの意図を持った押し付けや情報操作、自己の探求を放棄した怠惰な精神性の逃げ場だったり。
そんな異質なものを感じた時、感性の鋭い人ほど、それに対する嫌悪感や違和感を感じてしまうんだろうと思います。
それぞれの人にそれぞれにあった生き方や幸せがあるはずなのに、人にどう見られるかとか、人と同じでないと落ち着かないような漠然とした不安感、生きていく中で押し付けられる事が、多々ありますよね。
それを見分けていく、本当の自分を良く知り、自分の感覚を磨いていかないと、全てにおいて流されてしまう、不安定な時代でもありますよね。
なるべく視野を広げて、自分の今、持っている自分らしさ、かけがえのない人や物、幸せと感じれる部分にしっかり目を向けて、感謝したり、自分が今の生き方に繋がる道を選んできたという自覚と責任を持ち、本意ではないなら、少しずつでも変えてゆける部分や、納得できる感じ方や考え方を探したり。
自分が経験してきた事や学んだり乗り越えてきた時間を、全て優しく見つめ受け入れながら、そこから、何を大切にどう生きていきたいのか、自分自身ではっきりさせていくのも、つよく生きていく為の一つの過程になっていくんじゃないかと思います。
