普通であるということ
いちじく
13.11.30 14:40
「学校へは行かなければならない、勉強しなければならない、友達をつくらなければならない、
そんな考えを捨ててください。お母さんがそれをできたなら、お母さんも子供たちもぐっと楽になれるから。」
不登校になってしまった子供たちを連れて戻った地元で、紹介先の病院の先生が私に最初に言ってくださいました。
その先生は、発達障害児の支援もされていて、講演会の中で
「あなたのお子さん、発達障害ですと言われたら、ワーッと泣き出すお母さんがいるんです。不思議ですよね、もしかしたらあなたのお子さんは、エジソンやアインシュタインのようになるかもしれない、金の卵かもしれないですよと言っているのに、なんで泣くんでしょうかね・・・」
その時は私もみなさんと一緒に笑っていましたが、そうなんですよね。普通がよいと勝手に思いこんでいるだけで、実はそうでもないのかもしれません。もちろんこの言葉も言葉通りにだけとってはいません。親を励ます意味もあったと思っています。
幼稚園で、制服が着れなかったり、集団行動ができず毎日一人で石や木を拾って帰ってくるわが子を見て、何度も何度も泣きました。2歳児検診で発語がほとんどなくて、こちらの言っていることが伝わらないことも多くて、ほかの子と違うわが子を見て、不安と心配ばかりでした。でもその発達の違いは、私たち大人から見ての普通とは違った、であって、本人たちにとってはそれが普通だったんですよね。
小さいころから、ほかの子供にはできても、うちの子にはできなくて、ショッピングセンターなどでも、知らない人に怒られることもしばしばありました。今では、怒られはしませんが、視線は感じます。でもそういう人もごく一部です。最近は、近所に自閉症の子いるよとか、親戚に精神疾患にかかった人がいてとか、TVやネットでの情報もあり、かなり偏見って減ってきているのではと私自身は思っています。困った偏見を持っている人は、声高になりやすいので、目立ちますが、少なくなってきているかもと思います。当事者にしかわからない苦労を理解してもらうことは難しいと思いますが、共存というか、受け入れてくださっているという感覚はありがたいことに多く感じます。と言っている自分自身も、まだまだ自分の持っている物差しで無意識に子供たちをはかってしまっていることもあり、それを子供に、お母さんにはできるかもしれないけど(怒)なんて言われて、日々学ぶことが多いです。自分の考え方や経験が、どうしても基準になってしまうから、自分と違った考え方や感じ方、経験を持った人に伝えるのって難しいなっていう思いもあります。人はそれぞれであって、親子であっても個を尊重しあえる関係ってすごく大切ですね~。
私も普通にこだわってみたりして、そこに当てはまらない自分に傷ついたこともありましたが、「みんな違ってそれでいい」今はそんな自分を受け入れられるようになりました(*^-^*)
P.S.
石井さんがお元気になられてよかったです!
急に冬らしくなりましたので、皆様もお風邪などひかれませんようご自愛ください。
