MIND BBS 〜掲示板〜

きっかけ

senka

12.09.12 02:50

問題の解決は、本人にしかできないのですが、
何かの、進展するきっかけには、人はなれると思います。
きっかけになれたら、本望ではないかしら。

心を開いてくれるというのは稀なことだと思った方がいいかもしれません。
自分のことを省みても。
震災以後、皆が同時に心を痛めた体験をしたので、
それをきっかけに、心と心というお話しもできますね。
共通の心の痛みを経験したことで、素直に心を寄せることが
奇跡的にできています。
しかし、その代償はあまりに大きすぎましたけれど。

被災地から働きにきている身近な2人は、
「あのまま、あそこで働いていたら、自分がおかしくなっていたと思う。」
「あの土地に居ることが限界だった。」
毎日朝の8時半~22時頃まで病院で働いていた人。
親切で始めた人助けに甘えられて、人間関係が重荷になって抜け出せないでいた人。悲惨な出来事をきっかけに、あの場所を離れて、新しい生活を始めることができたことが偶然なのか、助かっていると言います。
もちろん、これから先のことも、新たな不安も抱えている事だと思います。

これからは、この出来上がってしまった、複雑に見える文化文明の中で、
ある意味、不器用に、実直に、生きる姿を、人に見せることが、人への親切ではないかなと思います。

出来る、ということが、本当は出来ていなかった社会でしたよ。
中身が、変てこな、不十分な出来るだったと思う。
「できない」を始めるように、自分自信が、新鮮な気持ちで
事に当たることが、それを人に見せる事が、
直接手を差し伸べる以上の親切なのかもしれません。
バカにされちゃう事もあるかもしれないけれど、人の心を緩ませる事になれば
閉めた扉を、少しずつ開けてくれたら、開けることができたら
心ある人なら、傍にいて、分かりますよね。
開けることは光明です。
一人一人が光明を放ってくれたら、実際に手を繋ぐことより
世の中は明るくなります。
明暗を自分の中で使いわける事ができると、思いやりは自然な態度になりますね。
自然な態度を、自然な思いやりを、くみとれる人になって、
大切にしたいですね。
人が、前をむいて、笑っているのを見ると、うれしいものね。

客観視することが苦手です^^;

いちじく

12.09.12 00:34

いつも石井さん、皆様の発信されるメッセージ、
読ませていただいて、
勉強させていただいております。

へんな書き方をしてしまったので、
言葉が足りず、
余計なご心配をおかけしてしまい、
申し訳ございません・・・

今は安全な場所で
平和に暮らしています。
心もしっかりと持って生きていますので、
ご安心ください。

数年前のことで、
「そういえば・・・」
と思い、ついかきこんでしましました^^;

自分のことになると客観視することが
急に難しくなってしまいます。
物事の現実を怖がらずに見ることが苦手です。
なのでこちらで、
石井さんをはじめ、
皆様がおっしゃられていること、
実践しようと訓練中なのですが・・・

どうして、今日まで気づかなかったのか・・・
特に避けていたわけでもなく、
そういう考えにいたりませんでした^^;
良いヒントを与えていただいて
ありがとうございます。

自分で書き込んで、
何か腑に落ちなかったことが、
つながったと言うか、
あ~そういうことだったのか・・・
と、気づきがありました。
鈍いですが、
それでも1つ前進したのかもしれないですね。

東北で頑張っている被災者の方々のご苦労を考えたら、
決して癒されてはいないであろう今の現状を考えたら、
それでも笑顔を見せてくださることに、
感謝しています。
人の強さというか、覚悟というか
生き抜く力というか・・・
本当に経験した人にしかわからない、
そういうものを感じています。

凹んだり、苦しくなったりすることもあるけど、
人生の通過点であり、成長のチャンスだと
捉えることができるようになりました。

皆様とともに、いつの日か、
素敵な大人になれるよう、頑張ります。



















逃げたくても逃げてはダメ?そんな時…

ムラサキ

12.09.12 00:08

私の文面にお返事頂いた方々ありがとうございます。
上記のは…
相談したくて友人にお久しぶりメールをしたところ、帰ってきたメールでした。

私はその後のような疑問を持っています。全て自分が正しく、束縛で安心できているという形だけを維持するひとがお隣さんだとします。形としてではなくても、遠くても少しでも何かできませんか?という思いを一緒に考えることがうまくできていない…という悔しさや悲しさや寂しさの方が大きいということです。

お隣さんに
嫌いなものを好きになってほしいと言ってる訳じゃなくて、不安にさせてはいけないのはそうだと思います。束縛を過剰にさせ不安がらせた側にも責任はあると思います。それはある意味加害者ですね。そこまでに至る背景を全部その加害者に責任があると言い切れる人が解らないんです。背景を見てからの判断をしようともしない。それは政治家で言えば一部のひとたちと同じ。もつれたまま放置されると、保証のない未来の不安から行き先がわからなくなって迷います。信じているからアレだけの事故にも繋がり…進もうとしている最中些細な報道に迷わされてしまう。。
周りを見渡せば適当に笑っていれば気が晴れるみたいな景色は濁っている。。空間って…なんだか難しく考えてしまって、もしもの時はと平然と言える母親なんていないと思います。それだけ、危険に満ちた世の中になっていることを伝えておく必要があるのではないでしょうか?
落ち着く時間を自分なりに見つけられたら…

心から心への発信

花実月

12.09.11 18:44

目の前に心が辛い人、苦しんでいる人がいて、その人を励ましたり慰めたり癒したり。

そうやって相手の心を少しでも和らげてあげたい、前を向かせてあげたいという行為はまるで、目隠しされて何が入ってるかわからない箱の中身を触るようにも感じます。

とにかく手探りで自分の想像力を働かし、相手に歩みよろうとするんだけど、なんせ手探りなもんで、優しく撫でようとして、逆撫でしてしまってたり、力加減がわからず、相手に重荷に感じさせたり、びっくりさせて噛みつかれたりなんて事もある。

いろんな自分の中の似た経験を探り探り提案してはいくのですが、選ぶのはご本人の意思に任せるしかしょうがない。

大抵の人は、なんだか気はずかしかったり、結局は自分の行為が無駄に終わるんだろうというのは感じて、見てみぬふりという事も、この世の中、多々あって。

この場に集まる方々のように、温かく互いを思いやり言葉を交わし合う事は、とても貴重な素晴らしい事だと思う。

後は、そこから自分自身で責任をもって、相手の思いやりを汲み取って、何を選ぶか。

今、自分で感じているネガティブな感情。絶望。不安。自暴自棄。。。

それは、自分の中でどんどん膨らみ自分の心をどんどん辛く苦しくしてしまう。

自分でそれに気付いて、なんとかしないとと思うしかない。

本当の意味でそこから抜ける方向は、結局は本人しか見出だせないから。

だからこそ、自分の中の力を、もっと自分を信じる事が大切なんだと思います。

そのきっかけはやはり、人から発せられるものからだと思うし、その努力こそが人と人を繋ぐ架け橋であるんですよね。
それも素晴らしい『愛』の形のひとつでもあると思います。

長い人生のいろんな経験の途中、自分の中で『愛』を発信する時も受信する時もある。

自分がどちらの立場の時も、相手の気持ちを感じとる感受性を、常に豊かにしていたいですよね。

自分の身を守る

愛うさぎ魚

12.09.11 17:57

人の弱味につけこんでくる人って本当にいます
ひとりだけじゃなくて
知り合いだったり
あるつながりだったり

弱っている時にやさしく近づいてきます
気をつけてください

あと女の人は男の人にも気をつけたほうがいいです

自分の身は自分で守らないと

そういえば・・・

いちじく

12.09.11 12:39

ムラサキさんのメッセージを読んで、
ふと思ったことがありました。

私の夫は、私が買い物もろくにできず、
子供の面倒も見れず、ご飯も作れず、
突然怒ったり泣いたり寝込んだりしていたのに、
病院へ連れて行こうという気はなかったのかな・・・
病気じゃないかって思わなかったのかな・・・

気づいてくれたのは、周りの人だった・・・

毎日、罵声を浴びせ攻めることしかしなかった人・・・
何もできない役立たず、おまえのせいだ・・・
誰が食わしてやってると思ってるんだ・・・
ほんとに気づいていなかったの?

私は一体あなたのなんだったのでしょうか・・・

当事者とそうじゃない人の差。

石井竜也

12.09.11 12:30

これは、どう考えても、解るはずがありません。歯の痛いのを、訴えられても、当事者の痛さは、計り知れないのと同様。大きくなればなるほど、その当事者の皆さんの痛みや心の葛藤等を、計り知ろうとすればする程、遠のいていくものです。それは、「自分には責任が持てないから」です。どんな人だって、信用出来るか?と言えば、それは『NO』です。世の中には、平気で、人も殺せる人間が存在している以上、誰も彼も、いい人と思う事は危険きわまりない考え方だとは思います。まあ、・・・寂しいですけどね。でも、世の中には、「なんとか自分が役に立てないだろうか?」と考えている人もいる事を、信じている事も大切です。得てして、そう言う人程、野蛮に見える物です。優しい言葉をかける事なら誰にでも出来るのですが、この優しい言葉の中に、案外、悪は潜んでいますので、要注意です。なにもかも、なくなった人から、血まで抜き取ろうする輩もこの世には、存在します。常に、被害者の側には、危険がつきまとう事も事実です。悲しいかな、今の社会に於いては、どちらか?と言えば、悪が勝っている。善と思う事を、最初から恥ずかしがり、体裁を考えて、やれる事もやらない。事の事態を見て、それから・・・と、考えて、「まあ、いつかはやってみるか?」で終わりにしてしまう傾向は、世界中にある人間思考です。自分が当事者になったときの事は、考えないようにしてしまうのが、現代人の決定的ななによりの致命傷です。厳しい言葉や戒めを、ただ怒られた、言葉の暴力と、勘違いしてしまうのです。自分を思って言ってくれている言葉には、必ず救いがあるものです。ただ、言い投げた言葉には、何もかも破棄する毒があります。その他に『嫌み』『妬み』『嫉み』など、人間には、いろいろな感情が同居しているのも、また事実。大きな事故、災害、戦争に巻き込まれたら、当事者の方々の心は、普段より、敏感になります。余計に言葉や、一言の突き刺さり方が険しく、いたく感じる事でしょう。でも、その空間を埋める事は、できないのでしょうね。人間とはそう言う生き物です。もっとよくなれるはずと、言い合っているのがその証拠。何も言わなければ秩序も、善意も生まれてこないのかもしれません。だからこそ、「忘れないでいる事」が、非常に大切なのでしょう。現実問題として、今のこの国の状況は、『混沌』の一言です。誰もが、被害者意識を持ち始め、誰もが落ち込んでいく、負のスパイラルに落ち込んでいっているのは確かですね。そういうときには、静かな時間を大切にしましょう。「自分の中を見つめる事」と、「自分しか見ない」事は全然違う事ですね。なんせ、一人一人が違う訳ですから、本来、自分の事は自分で、解決するべき事なのです。でも、そんな強い人は、この世にそうはいません。大体の人は、大きな壁を見ただけで、「これは崩せない・・・」とあきらめます。つまり、最初から負けを認めてしまうのです。その事で敵も出来ないと思い込んでいる。でも、どんなときにでも、反対勢力は存在し、あなたの真逆を突いてきます。俺はよく、煮詰まると、木に登ったり、押し入れに閉じこもったりしたもんです。おそらく、この行動も、外敵の何かからの防御だったのかもしれません。でも、俺にはこういう逃避方法あるいは、自己防衛システムがあっただけ、幸せだったかもしれない。神経質になってしまう状況にこそ、おおらかさと、落ち着きは必要です。これは誰もやってくれません。自分でその境地を見つけ出す他ないのです。確かに何も信じられない!とか誰も信じるもんか!とかも人間なら絶対にある、感情でしょう。だったら、自分の生き残るスタイルを見つけ出す必要があります。幸い今のこの国は、経済的には、まだいいのですから、そこから初めて見る事もいいかもしれません。それより気持ちだ!という方は、ただ静かな場所で、大好きな香りのお香でも炊いて、ゆっくり、寝そべるのもいい。とにかく、自制心を鍛える必要があるのです。俺たちは、この自制心を、いつの間にか、なくしてしまった民族なのです。日本人の自制心は、過去、もっとも優れていたとも言えるでしょう。それは強力な信仰心と、自然に対する恐れから来る、穏やかで、厳しい掟のように、心に刻まれていたのです。その二つともなくした日本人は、今、迷子になっているのです。迷子の法則は一つです。「そこを動くな!」です。探している方も、探されている方も動いてしまったら、永遠にあう事が出来ません。迷ったと思ったら、しばらくは助けを持つべきです。しかし、これは、あくまでも迷ってしまった状態の人の場合です。確実に危険が迫っている場合は、そんな事は、言っていられない。瞬時の決断が生死を分ける事になる訳ですから、事態は深刻です。ちなみに俺は、まず自分の隣に何があるかを確かめます。それがいちばんだから。身を守る方法として、自分の於かれた状況を計るより先に、すぐ側に、危険人物や危険な建物、崩れそうな建物等、10メートル以内を見渡します。そしたら、急に飛び出さない事です。上の安全を瞬時に確かめて、空間を探すんです。それしか、方法はありません。でも、人それぞれの考え方の問題ですから、備えあれば憂いなしとも言います。今の社会で緊張感を持って生きていかなくてはならないのは、当然ですから、疲れもするでしょう。パニックも起こすでしょう。だから、落ち着く時間が大切なのです。

愛うさぎ魚

12.09.11 12:03

思いやる心…なのかなと思っています。


どういう言葉をかけていいのかわからないとき
わからないからといって無視したり遠ざかったり話題を変えたりしないで、ただじっとそばにいるだけでいいと思う。

何て返事したらいいかわからないけど心配で仕方ないメールには、そのままの気持ちを返事してくれたなら私はうれしい。
何て返事したらいいのかわからないけど、あなたのことを想っています…というつよくてやさしい気持ちです。

ごめんなさい…私のせいいっぱいの言葉です

どうぞご自愛ください…

しあわせに...

月姫

12.09.11 11:38

9月11日。

7月8日にオープンを迎えた、沖縄「球美の里」に
今日から、第4陣のお子さんと、親御さんたちがいらっしゃるそうです。
お子さん、親御さん、ともに身体と心をユックリと休めて、
元気になって行っていただきたいな...と思いますね。(*^^*)

朝から晩まで「石井竜也」で過ぎていくのは
みなさん一緒だと思うんですが(笑)

自分の周囲も、なんとなく日々、慌しい感じがしています。

「部屋を整理整頓する」ということを、近頃石井さんが
頻繁に仰ってくださっていますが
「整理整頓」というのは「禅」の精神の中にも在るものですね。

1日の終わりに、その日の自分自身を整理整頓してみる...
というのは、自分の中の「バランス」を取る為にも
大切な事なのかもしれません。

バランスをとる為に「泣く」という事もまたとても必要ですね。

辛くて、苦しくて、泣いて、泣いて...。
泣くだけ泣いた後には、自分の中で受け入れられなかったことに
不意に折り合いがつけられたりすることもありますから...。

「愛」は大きなことばかりではないな...と感じるんですね。

道端の花を可愛い♪と思うことも、人の為に何も出来ない...と悩むことも。
「人」への愛は、そんな気持が始まりなんだと思うんです。

大丈夫ですよ...。
出逢った誰かの中に、「この場所に在るもの」と同質のものを
感じられたら、そこからまた愛に繋がっていくはずです(*^^*)

ムラサキさま、返信できないお友達からのメール
私も、以前、似通った事を経験しています。

ただムラサキさまのお友達は被災された方のようなので
私の知るケースとは事情がだいぶ異なると思いますが...。

こういったことは、それぞれに育った環境で育まれた...
というか、強烈に植えつけられた価値観とか、理想というのが
良くない形で現れたもののような気がします。

「愛」だけで互いを選ぶのとはまた違って
自分の理想や価値観にとって「必要だ」と判断したから選択する...

そんなケースもあるということを、私も友人夫婦のケースを見て理解しました。

必要だから、束縛もするし、執着もする、
けれど、相手の人格や、人生よりも、自分の価値観と理想にはめ込む事

それが何よりも重要で、場合によっては、そうしていれば「相手も満足なはずだ」
と強烈に思い込んでいるために、相手の意見を聞き入れないのです。

それを「愛」と錯覚している方も、この世の中には多いのだと
お話拝見して改めて想いました。

着の身着のままで出られた方が、落ち着いて
お子さんと一緒に過ごせる様になるといいですね。

精神を病んでしまって、周りに対して恐怖感を抱えている人は
何かをキッカケに、追い詰められた状況に陥ると
どんなに日頃優しい方でも、子どもを愛している方でも
自分自身が恐怖に震える子どもと同様になってしまって

省みることが出来なくなるんです。

きっ今その方は、逃げられたことに安堵しながらも
残してきたものが、気が気ではないかもしれませんね...。

勝手な推測でお話させていただいて申し訳ありません。
どうか、お友達が落ち着かれますように...。

闇に向いているだけではー、

あゆ子。

12.09.11 09:34

ストレスしか感じないので、今朝はラジオのクラシックの音楽に合わせてバレエ風の即興踊りを楽しみました。最近はクラシック音楽の良さを再認識。意外と思う方もいるかもしれませんが楽しいコミカルの音や旋律がけっこうあるのです。とくに舞踊音楽はそういう要素がふんだんに盛り込まれていますので子どもたちならよけいに楽しめることうけあいです。全身で聴いて感じて何にでも表現できるのは小さい子のほうが得意ですよね。大きくなってから感情をもてあまさせないように楽しい気持ちでいっぱいの想い出を今からでも創っていきましょう。

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