MIND BBS 〜掲示板〜

皆様どうかこれからも

ちょう∞

12.03.11 23:58

今日で一年がたちましたが、
悲しみ、辛さがまだまだ日本中に沢山残っています。

今日私もロウソクに火を灯して心から祈りました。



募金の送金先
大変考慮された内容で、心にしみました。

石井竜也様はじめ、スタッフの皆様には
募金された皆さんの気持ちを
しょいこみさぞ大変だったろうと思います。
石井竜也様、スタッフの皆様まずは一年間ご苦労様でした。

募金についてのDONATIONを読んでいないので、
MIND from MINDの今後の募金活動については
分かりませんが、
(募金活動をしてくれと言っているのではありません)

この一年の気持ちをずっと忘れずに、
これからも少し心に余裕のある時は、
いろんなところに募金箱ありますので、
この募金で誰かが幸せになってくれる事を祈って
サイトに来てくださっている方々や石井竜也様のファンの方々が
善意を続けていっていただければいいと思います。

私もこれから先何年でも募金していきます。
(余裕があるわけではないので気持ち程度ですが。)

石井竜也様や被災した方々を思った思いやりの心を
私自身も、皆様方も
ずっと忘れないで持ち続けていけるといいなと思います。



















まだ1年

ayako97

12.03.11 23:52

1年前の今の時間は福島原発から10km程の勤務先で自宅に帰ることもできず、停電のなか情報も少ないまま、皆で寄り添っていました。その後、原発事故が起きてしまうことも知らずに…。
津波により家族や故郷を失った方々にとっても、原発事故からもまだ1年経っただけですね。
日本中、世界中が大地震からの復興に注目し続けてくれることを祈っています。
皆さん、これからも東北の復興に協力お願いします。

被災された方々とともに一周忌をむかえる日

TUKUSI

12.03.11 22:11

昨年の3月11日は祖父が亡くなりました。同じ日に、東日本大震災がありました。災害での亡くなられた方々、祖父とともに安らかに天の空で生きていて私達を見守ってもらいたい。14時46分が過ぎ、お寺に着くと晴れていた青空が曇り空に急変。にわか雨が降ってきました。何かしら神様のお告げだと感じました。お線香、蝋燭を灯ました…石井さんのおもいをこめた東日本へのメッセージと一緒に私は心からお祈りしました。いまこの世にいる日本の人々の未来に光り輝くよう天へ願いをこめました。

忘れていません。

sue

12.03.11 21:19

忘れることなんて、できません。

特別な日であるかもしれない。
でも心の苦しみは一年を迎えたからといって消えるものではないですよね…

これからも永く寄り添っていけるように、
命に、生きていることにキャンドルを灯して祈ります…

そして石井さんとみなさんの想いと共に、今までの想いが、次の未来を担うかけがえのない子供たちの笑顔のためにお役にたてること、感謝します。

うまく言葉に出来ませんが…
ありがとうございます

よし!

E.T

12.03.11 21:05

一日泣いてました・・・
いいよね、今日ぐらい。

西日本にいるからこそ、経験してないからこそ怖い。
大きな地震も津波も全く知らない。
不安で仕方ない。

でも、だいじょうぶ
明日から笑顔で過ごすから
そして寄り添っていけるような強さを、力を身につけるから

忘れませんよ
絶対に忘れない!

まず、皆様の善意の寄付金を、北茨城に。

石井竜也

12.03.11 19:53

今日、3・11を故郷に心のキャンドルを捧げてきました。地震が未だ多発し、関東というだけで、何の保証もされていない僕の故郷の北茨城市は、トンネルひとつで福島という県境の小さな港町です。地震・津波・放射能・風評・過疎の五重苦に苦しむ場所でもあります。老人が多く、ケアする場所はあっても、人がいないのです。今や、老人同士でのケアをし合うような街になってしまいました。子供達の身体も心配です。病院の数に合わない医師の不足が深刻な状況です。出来れば、放射性病理学の専門家の医療機関が必要な場所であるのは明確で、これには全く手が付けられない状況。街もすっかり、なくなってしまったような状況で、港も風評被害のため直したくても、魚が売れない以上、未来が見えない状況なため、思い切った補修工事が出来ない状況。未だに、港の補修工事は、手つかずの状態、幾たびに、コンクリートの堤防や、船着き場は、ボロボロの状態です。しかも、地震の度に崩れる海岸線の悲惨さは、目もあてられないような事になっています。以上の事から、集められた一部金を、500万円を、寄付金として、全町民の前で、市長様に預けて参りました。微力とは思いますが、皆様のご納得をして頂ければ、幸いです。船は、いつもピカピカの状態です。なぜなら船乗りは、いつでも「漁」に出られるようにいつも磨いているからです。悲しい程奇麗に磨いている漁船を見ると、漁師の心の痛みが伝わってきます。コウナゴや、アンコウ、ヒラメ、キンキ、カニ、ウニ、エビ、など、海底の深い場所の近海漁業なだけに、放射能汚染水の放水によって、漁場は完全に壊滅状態。そこに風評被害が重なり大変な生活を強いられています。僕は、生まれ育った場所だけに、そこで生活する人々の笑顔を見るに付け、一生懸命に強く生きようとしている姿を見るにつけ、そこで生きる厳しさを、心の底にグッとおさめている・・・そんな、不安が見て取れるだけに、黙っていられなかったのです。自分の故郷に皆さんの善意の一部を使ってしまって、申し訳ありませんでした。でも、こういう街では、確実にこのお金で助かる人がいる事も事実なのです。我が北茨城は、そんな状態でも、福島県南相馬からの移住を、いまでも受け付けています。文化圏が似ているのと、少しでも原発から離れているという事から、始めましたが、現在、避難している方はそう多くはありません。つまりは、北茨城市も避難するには近すぎる場所にあるという事なのです。この絶望的な現状を、どうか理解してあげて下さい。お願い致します。今回は、本当にありがとうございました、「この500万円は、老人介護、医師の招致、瓦礫の撤去等、少しづつ大切に使わせて頂きます」とのお言葉を頂きました。何度も言わせて下さい、本当にありがとうございました。その模様は、レポートのページで、すぐに上がると思いますので、見て下さると幸いです。

あれから一年。

Kaeta

12.03.11 16:38

あの日から一年か…。去年はなんだろ、人間達が自然にお仕置きされて反省する一年だったように思える。これがあったからこそ気づけた問題や課題がたくさんあった。今年からはその問題や課題を一つずつ確実に解決して先に進まないとね、あの日の出来事を決して無駄にしないように。それにしても政府は何をやってんだか…。

一周年

こしひかり☆

12.03.11 16:08

東日本大震災、大津波から1年がたちました。2011年3月11日午後3:46から1年、1ヶ月、1日、1分、1秒…。この間にたくさんの命が消えてしまい、不明者含めて約1万9000人。
人の存在、絆、人生、ありとあらゆる事を目の当たりにしてきました。 大切な人の命が失うことほど辛く苦しいものはないです…。泣いて良いんですよ〜!声出して嗚咽するほと泣いてほしい。その後にはどうか小さくてもいいから、1つの笑顔が生まれますように…。
心より亡くなられた方々への御冥福をお祈り申し上げます。
〜追伸〜
選挙ばかりして、全く活動がみえてこない政治。18才でタバコを吸ってただの吸ってないだの、そんな答弁しないで欲しい。

今は

大村(旧初見)

12.03.11 14:56

西日本住みですが、故郷は東京です。ライヴで知り合った東北の方々、東日本の方々。大好きです。東日本!1年 まだ1年、もう1年。 これからも 一緒に歩んで行きます。

GROUND ANGE 〜HEART CANDLE〜

優輝夜

12.03.11 14:01

大津港に立ち祈るテッペイちゃんと共に、私も遠い山口県からですが『鎮魂』と『黙祷』を、キャンドルを灯して祈ります。心をひとつに…共に笑顔になる日を目指して。

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