MIND BBS 〜掲示板〜

117神戸

まるむし

12.01.18 17:30

私の子供が通っている神戸市の幼稚園・小学校では、
1月17日、防災のお勉強をし、慰霊碑にお参りをし、
震災後に作られた神戸の歌(鎮魂歌)を歌います。
たぶん、神戸市のどこの学校でもそうだと思います。
この日だけは真剣にあの日と向き合い、忘れず、思いも悲しみも受け継いでいきます。
大きな行いは震災を体験した人、その地域だけになるかもしれませんが、
終戦記念日や原爆の日を迎え、考えるのと同じで、
これからも少しだけでも沢山の人が思いだして欲しいなと思います。
117で一瞬で空になった沢山の人と
その家族の想いを。
そして沢山の助けに感謝している大きな想いを。
神戸から「ありがとう」

そうだよ!

girichan

12.01.18 14:59

他人からどう判断されようと、何事も一生懸命になる事は
無意味なことはないと思います。

新しい歌

自分

12.01.18 07:27

すいません、私個人的には『雲』が好きなですが、ほら
愛知博の時に『愛の力』。9.11に『未来~まだ見ぬ時代よ』
を作られたように、
また新曲を作られたら良いかもと、思ってしまいました。
お忙しいのにですよね…。『つよくいきよう』は収録でも歌われてました。
子供さん達は、「たっちゃん、もう覚えたよー(笑)」と話されたとの事。
大人もそうですが、
(昨日のテレビで親は子供が逃げててくれる・だから私も1人で逃げるから、家族は大丈夫なんです。)というのをしていました。なので、子供に伝える曲?
子供はすぐに新曲も覚えますでしょ。
そしたら、「子供が歌っている。そしてお爺ちゃんさんお婆ちゃんが…。で、気がついたら、両親と家族でその歌を自然と覚えれる」みたいにです。
その位に、どこの子供も歌でパワーつかめてる気がするんですよね。

お忙しいのに、余計な提案でしょうが、
朝に目覚ましで『愛の力』を聞いていたら思ってしまいました。すいません。
私は『雲』を何回も崩れてくると歌うんです。と言うより、自然と口ずさんでいますよ♪石井さんも皆さんも歌って楽しみですね。では、
いつも、ありがとうございます。

てっぺいちゃんの笑顔があるからこそ!!

C-CHAN

12.01.18 06:23

私たちは、てっぺいちゃんの笑顔があるからこそ、笑顔で生きていけるんです!!
てっぺいちゃん、いつもありがとう!!

皆様へ。

みらい。

12.01.17 23:30

《あなたの想いを》
わたしの前では泣かないで…
ほら、知ってるよ
ほら、見ているよ
あなたの今日を…
わたしに見せて
わたしに見せ続けて

わたしの命日なんか忘れるといい
わたしの最後は忘れるといい

あなたの好きな時々にふっとわたしを見つけ出してくれるば それでいいんだよ

そのふっとは 笑顔でしょ いや天使でしょわたしは怒りを忘れちゃたみたいなの
飛び立つ時に
お空についた時に

あなたの想いは
わたしの想いなの

そう いつも…
つながっているでしょ


あなたの天使姿が
光ってるよ
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(傷は癒えないでしょうが、少しだけ…深呼吸が出来たら幸いです。)

石井竜也さん、
泣かないで下さい。

みんな凄いよ!

石井竜也

12.01.17 23:06

だって、こんな時代にしっかり、前を向こうとしているもん。君らの発言は、立派だと思うよ。「生きる」という事は、そんなに簡単じゃないもんね。だからといって、泣き言ばかり並べても、ちっとも、運命は好転しないし、自分にもよくない。何より、自分の周りを、ネガティブが取り囲んでしまう。だから、こんな不安な時代でも、足下から見ていけば良いんだよ。目線の高さなんか誰一人同じ人はいないよ。自分の体温で、自分の意識で、自分の理念で、それぞれが、生きていく事に真剣に向き合えば良いんだよ。東北の被災なさった皆さんだって、今、もう必死で生き抜く方向を、探しているんです。その気持ちには到底我々の応援なんか、たいした役には立てないかもしれない。でも、今まさに同じ国で同じときを、寂しさと苦しさの中で必死に光を見いだそうとしている幾多の命の存在を、絶対に忘れないでいる事こそ、東北を思う事と、俺は信じています。北の心は強いです。でも、強いというイメージに慣れないで下さい。これはお願いです。自分の辛さを、口に出す文化圏ではないのです。じっと、自分の中に、必死に我慢して耐える文化でもある事を、どうか、理解してあげて下さい。東北は今、我慢の中にいる事を、日本中の方が理解出来れば、それが何よりの、被災者の皆さんの心の後押しになると信じております。俺と一緒にどうか、一日でも、一緒にいきて行こうじゃないですか!!俺たちはそんなに弱くない。君の可能性が全てなくなった訳でもない。まだまだやらなくちゃならない事や、出来る事はごまんとあります。まずは、こうやって、皆さんが真剣に時代を考えている姿勢には、いつも、刺激を受けております。「俺も頑張らなくちゃ・・・」と机の上で、天国に行っちまった親父に何度も、「これでいいんだよね?」と写真に向かっていってる自分がいます。その度に、親父は、俺に、無言で、こう感じさせます「お前が、正しいと思うなら、行動してみたら良いんじゃないか?失敗は恐れるな」親父は「写真の笑顔」でこういうんです。本当に聞こえるんです。だから、もう少し頑張らせて下さい。やっぱり、みんなの笑顔がなんとも好きで、どうしようもないんです。俺の今の気持ちはそれだけが精神をまともに維持出来るたった一つのオアシスなんです。いつも、刺激と発想のヒントをくれて、本当にありがとう。感謝致します。

復興とは?

都のソラ

12.01.17 22:28

阪神淡路大震災から17年。
数字で書くと「もう17年」と感じるのか「まだ17年」と感じるのかはその人の立場や環境でまったく違うのでしょう。
京都にいるわたしはこの日をむかえると当日の自分をびっくりするぐらいはっきりと思い出します。ただ幸いなことに親戚・友人知人を失うことはなかったため一人で恐ろしさにあたふたおろおろしながら「死にたくない!」とマンションのドアを這いながら開けに行き外があまりに静かだったので「夢でもみたのか・・・?」と茫然としたことを忘れられません。東日本大震災の被災者の方々はあの恐ろしさの後に津波の恐怖と闘ったのかと思うと言葉もありません。
遅々として進まない復旧にいら立ちを通り越し悲しくむなしくなってきます。
政治家としてなにをするべきか見えていないとしか思えません。
国は国民は私は、なにをしなければならないか?
未来に何ができるか、そのために今なにをすべきか?

わたしは今年8月52歳になります。まだなにもこの時代に恩返しをしていません。大きな震災をふたつも体験(見聞きし)して、55歳を目標に町に根ざしたお店をつくりたいと思うようになりました。カギっ子の子供たちが寄ってこれるような一人暮らしのおばあちゃんやおじいちゃんがお茶を飲みに来れるような場所。小さな小さな寄り合い所のような人が寄り添えるところ。


つい最近、夜中のルポ番組で神戸の長田を取り上げているものをみました。神戸市は見事に復興した街といっていますが実際町の人はどう思っているのか?特に商店街の店主の方々の現状と行政認識のまったくかけはなれている状態。
町は区画整理され高層住宅が建ちショッピングモールができたことで長田の町はどうなったか・・・
元々そこで暮らし生活していた人々はバラバラになり買い物客で賑わっていた商店街はシャッターをおろす店がふえていると。

神戸全体でみれば復興をはたしたといえるのかもしれない。でもひとつひとつの町でみたとき、果たして今の復興した町は住民の望んだかたちなのか。

東日本の復興は同じことがおきてはいけないと思う。早く進むこととなんでもいいこととは違うだろう。被災地のみなさんには行政の青写真と自分たちの望む町づくりをしっかりあうまで話し合って実施されることを祈ります。

ライブ

SEN

12.01.17 16:59

やって頂いたおかげで頑張れました。
“8月28日がある”と日々の糧になりました。
心の支えになりました。


あのコンサートがなかったら・・・

考えたくもありませんが、今より悪い精神状態になっていたと...


有難う御座いました!!てっぺいちゃん!!


だから、『やっている場合じゃない』なんて言わないで下さいね。


助かった心があるんです。

1.17のつどい

かえで

12.01.17 16:14

神戸に行ったのは初めてじゃないけれど、震災の日には行ったことがなくて、今日初めてつどいが行われている場所へ行きました。
東日本大震災の被災者の方々へメッセージを届けるブースがあったんですが、私もやっぱり石井さんと同じように「がんばろう」って書けなくて(言えなくて)、「みんなで一緒に強く生きていきましょう」と書いてきました。
私に何ができるのかまだわからないのですが、つどいに行ってどこかでつながっているんだということは実感しました。
明日からまた日常に戻りますが、1日1日を大切に生きていきたいと思っています。

17年目

バブルス

12.01.17 15:33

今日で、阪神淡路大震災から17年も経つのですね。

その4日前に、大好きだった親戚の伯父さんが亡くなり、お葬式を終えた直後の大地震でした。

明け方にまだ眠っていた時のことで、頭の真横に時計は落ちてくるし、机から転げ落ちたオルゴールが暗い中でメロディーを鳴らし、この世の出来事とは思えませんでした。

長い間、神戸方面にも行っていませんが、もう震災の跡を見つけることの方が難しいほどかもしれませんね。

だからといって、決して忘れてはいけない震災の記憶。

復興イコール忘れること…にならないよう、一人一人が心がけていくのが大切なんですね。


年末に、宮城県でご自身も被災しながら、支援を続けている方にお話を聞く機会があったんです。

その時に、「関西や西日本の皆さんは、何もできないとは思わないで下さい。いま、普通に生活できているとしたら、その幸せを決して忘れず、普通の生活を続けて下さい。それこそが、僕らの目指すものなんです。」とおっしゃっていて。

コンサートの是非よりも、行けるありがたみを忘れないことが大切なんですよね、きっと。

感謝があるからこそ、子供たちの代までこの暮らしを残してあげたいと思い、どうすればいいのか考えるようになる。

久しぶりに、17年前を思いだし、そんなことを考えました。



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