家族
美津子
11.10.06 00:16
ここ数年主人とあんまりちゃんと会話してません 昔言われた私にとって辛かった言葉が最近フラッシュバックしてきて
気持ちが悶々として通勤の間一人の生活なんか妄想してます 子供も成人したので余計にこれからの人生がこの人と一緒に過ごすのか と思うと複雑です 更年期がこんな気持ちにさせるのかわかりませんが今は一緒に居るとツマンナイです これも家族ですかね

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家族
美津子
11.10.06 00:16
ここ数年主人とあんまりちゃんと会話してません 昔言われた私にとって辛かった言葉が最近フラッシュバックしてきて
気持ちが悶々として通勤の間一人の生活なんか妄想してます 子供も成人したので余計にこれからの人生がこの人と一緒に過ごすのか と思うと複雑です 更年期がこんな気持ちにさせるのかわかりませんが今は一緒に居るとツマンナイです これも家族ですかね
家族って…。
えみる姉
11.10.05 21:54
自分にとって一番身近な社会勉強ができる所。
そこで相手の思いに心を傾けなかったら
何にも判らない。
ひどい事を言われて傷つく事もあると思います。
きっとそれは相手に心がないのでしょう。
もしかしたら相手の心が弱っているのかも…。
パソコンや携帯の画面を見ながら
【家族】を考えるのではなく
【家族】と向き合って言葉で伝えるんです。
「私はこうあなたに言われて傷ついたんだよ」とか
「私はあの時あなたにこう言われて嬉しかったんだよ」って。
いくら家族でも
環境や育った土地やその年代によって考え方はいろいろ。
そこで自分の心をどう育むのか
何を感じて何を思って何を伝えるのか?
【家族】って
そういう事を考える一番身近な存在なのではないでしょうか。
家族というけれど
月の子
11.10.05 18:10
「家族」たしかに 大切なのかもしれません
けれど その「家族」に否定された人間もいるのです
簡単に 家族との思い出が生きる糧 などと 言ってほしくはないです
想い…
マリン
11.10.05 13:26
お互いに想い合い、助け合い、支え合い何でも話せたり、仲がよかったりするのが、家族なのかな… と思うのは私だけでしょうか?最近子供に自分の言う事が伝わらなかったり、自分自身がいっぱいいっぱいになると泣けてくるんです。「なんで解ってくれないの」とか、私に、あれこれ頼んでみたり…もうこれだったら私でなくてもお手伝いさんが居ればいいのではないかと思ったりするんです。何か自分の居場所がないようにも思えてきて、一人になりたいな…一人だったらどんなに楽だろうと考えたりして
すみません…なんか愚痴っぽくなってしまいました。
心のバランス
匿名
11.10.05 08:56
生きていて迷う。私は、どこに向かえばいいんだろう…?
いつだったか‥私のために生きて下さいと言われたけれど、これって、どういう意味なんだろう…?
地球と月に例えられる人間同士の関係性にも関わる意味なんでしょうか…。
辛いと感じる環境だからこそ、生きていると感じる事のできるものもある。幸福を実感できる瞬間もある。じゃあ、今のまま生きていればいいの…?そうすれば、何かが誰かが犠牲になることもある、だから、それは違うと思う。片寄らないよう、世間や家族と折り合いながら、両立して生きていく…なのかな…?
今更って思うこともあるけど、当たり前‥かな。
家族は、人として生きる学びの場所かな。
土筆
11.10.05 07:21
最近観た映画で『アジョシ』とゆう韓国映画は昔懐かしい日本の映画を少し感じさせてくれる作品でした。
いくら他人から見ても悪い親であろうと家族なんだと、、子供の気持ちと親になるべくはずの感情をもつアジョシとの関係。人は一人では生きて行けない、人から人に教えられ学び取り生きて逝く‥のですね
心にも響く(涙)考えさせてくれた映画でした。
不安な気持ち…。
リボン♪
11.10.05 01:07
私は、ときどき「家族がいなくなったら生きていけるかな?」と思うことがあります。きっとそう思ってしまうのは自分の心が弱いからかな?それにきっと私が家族に頼りすぎているからかな?と思うんですが、正直なところ家族(心の支え)を失ってしまったら私は生きていけるかな?と思う不安な気持ちは消えないです。マリンさんは何か家族の間で辛い出来事があるんですか?でもそんなときでも家族が心の支えになってくれたら、すごく心丈夫なのにね!!
死生観を共に共有する。
石井竜也
11.10.04 21:59
「人生」という言葉があります。この言葉は、一つではありません。地球上に60億以上の「人生」があって、そのどれもが全く違う方向を向いて歩いていたり走っていたり、転んでいたり、またこの瞬間に消えていったりしています。夜空を見ると、それがよく解ります。同じように見える星もよく見ると、同じ星なんてない事に気がつく。人間は、それでも、少しの違いや食い違いを克服しながら、小さい村や大きな村を作っていく。小さい村は、友人や、家族、兄弟。大きな村は会社や、社会、国家・・・と、きりがない程、大きくなります。一つの命が生まれ、一つの命が消える。俺の家族で言えば、娘が生まれ、父親が死を迎える。だけど、今度は自分の番である事も同時に覚悟する。よく、人生を、運命的に考える人がいるけれども、何も決まっていないという事を、今回のような大きな災害に教えられる。僕はこう思っているんです「生きているという事は、次の瞬間を作り出し続けている行為」それは、病院の死の床にある人間にも共通してあるもので、決して、時間の長短ではないということ。それでは、「死」とは、なにか?それは、次元の違う空間に移動する事。一見、死の形相はグロテスクに感じたり、気味悪く感じたりするものだけれど、死者に対して、冒涜は絶対にしてはいけない地球的・・・いや、宇宙的な規則である。でも、死は、おそかれ、早かれ、必ず、万物生きとし生けるもの全てに訪れる生命の「輪廻」。俺は何の宗教にも入らない代わり、どんな宗教も否定したりはしない。それは、人の人生への冒涜になるからだ。人間には、どれほど「救い」が人間には大変重要である事が解っているから。心の充実感や幸福感は、人それぞれの胸の中にしか存在しない。いまどき、通信販売のスタジオに飾られた、部屋の片隅風の写真を見て、「わあ、こういう生活が良いのよ」と真顔で、人に見せびらかす人もいないと思うが、所詮、繕われた写真に翻弄され、自分自身の趣味や、好みを捨てる事は、実は絶対に出来ないのが人間なんだ。それは、家族という心が作り出した「思い出」という宝物があるから。「成長」というものが築き上げた自分の歴史」があるからだ。「自分が何者で、どこへ行けば良いか?」解らなくなったら、こう思うと良いかもしれない。今、生きているという事が、この瞬間がすでに、来るべきところで、そこが気に入らなかったら、後ろを向いて、自分がどこで、道を間違ったかを、ゆっくりと、思い出してみて下さい。すると、意外にも、『辛いのはいまだけで、これから』ということに気がつく。そう、別に間違ってなんかいないんだ。自分が思っている程、人生という道は、細くない。多少険しい山道というだけだ。科学的に言えば、人生は、「死に向かって生きている」だけど、もっと深く言えば「人生は今の瞬間である」ともいえる。その瞬間が共有できるのが「家族」なのではないかな。
家族
マリン
11.10.04 15:35
家族ってなんでしょう…
理想に近づく為には、何が必要でしょうか?
秋
senka
11.10.04 13:24
季節の変り目です。
あの日、東北は雪が降りました。
冷え込んで特別に寒い日でした。
気付けば、春が訪れて桜が咲いて、雨が降って暑い夏を迎えて。
暑い暑い夏は台風と共に季節を分けて行き過ぎました。
今のわずかなこの時を、秋の風の香り、陽だまりの温かさ。
立ち止まって、目をつぶって肌で感じて、その胸に刻んで。
そうしてまた、歩いて行きましょう。
自然の穏やかな恵みを一身に浴びて、
今日は明日に備えます。