MIND BBS 〜掲示板〜

正当防衛とセットでよく出てくる緊急避難

岡本太郎

18.08.27 18:50

正当防衛と似た内容で、緊急避難という用語があります。正当防衛が急迫不正の権利侵害に対して防衛行為として行うものであるのに対し、緊急避難は現在生じている危難(権利侵害)を回避するための行為として、権利侵害の正当性の有無を問いません。

例えば、津波などの天災から逃れるため、近くにあった第三者の自転車を無駄で使う行為は正当防衛ではなく、緊急避難となり、窃盗罪などは成立しません。緊急避難も正当防衛と同じで認められれば無罪になります。

「君へ」

水色のネモフィラ

18.08.27 08:00

君は好きなことを、
好きなふうにやるべきだ。
そのことが他人から見て、
どんなに変でも、
損でも、
バカだと言われても、
気にするな。
だって彼等は、
君の願いを知らない。
君が何をめざし、
何に向かっているのかを知らない。
君は彼等とは違うものを見てるのだから。
あの、強い思いだけを、
繰り返し思い出して。
そのことを忘れないで。

他人の説教やからかいなど気にせずに、
どんどんやりなさい。
けして周りを見たらダメだ。
仲間はいないんだ。
すくなくとも途中には。
君はやりたいように、
どんどんやりなさい、
やりたいことを。
好きなやり方で。
その行為が同時に君を救うだろう。
その行為が同時に人をも救うだろう。
そのことを忘れないで。

テッペイちゃんへ

ロビンソン

18.08.27 03:22

わたしもテッペイちゃんがだいすき
アーリーカップのこうかいきしゃかいけん
がんばってね(*^^*)

まとめ《事件発生日2010.2.19未明》

岡本太郎

18.08.27 02:00

普通に生活している中でいつ危険に遭遇するかはわかりません。酔っ払いに絡まれるかもしれませんし、通り魔に遭遇するかもしれません。その時に「正当防衛には、防衛の必要性や相当性〜」などと考えながら行動することは無理です。また、結果的に正当防衛であっても刑事手続に巻き込まれれば、その被害は甚大です。したがって、何かしらの危険を感じた場合は、これに立ち向かうのではなく、まずその場から逃げ出すことを考えて下さい。それでもやむを得ず手を出し、逮捕された場合には、自分が防衛行為として行ったものであることを警察や検察に説明し、弁護人に対応を求めましょう。

愛虹ことり魚さんへ

スマホリング

18.08.27 01:07

先日ある店でかわいいインコのデザインの洋服を見かけました。お会いしたことのないあなたですが、愛虹ことり魚さん元気かな?って思いました。タイトルが《絵を見て感じて》という作品、とても感性豊かな素晴らしい文才をお持ちの方だなぁと、楽しみと癒しをいただいております。ひさびさの書き込みありがとうございます。ここで教えてもらった作品を知り本屋や映画館や博物館や美術館に足を運んでみようかなと考えることもあります。たしかにここで不特定多数の人が知ることで、あなたが一生懸命に考え作った作品が、別の誰かの作品として世に出てしまうというリスクもある。そうなってしまったら本当の作者ではなく引用した誰かが作者として評価されるわけですからとても悲しいです。私は石井竜也さんだけではなく、いつも元気をくれるあなたの作品のファンでもあります。あなたの感性と才能を大切にしてください。

危機管理

Summer Ends

18.08.26 21:40

限定された人しか見られない場所に書かれていた事を、不特定多数の人が
見る事ができる場所にカキコするのは如何なものでしょうか。
この方を端緒に大胆に書き込む人が増えたら
収拾がつかない。そうなった場合、どう対応されますか?

私たちはここにお邪魔させていただいている【客】。
石井さんやスタッフさんがMFMに関する以外の事は
カキコしないのに、ごく少人数だけど、取り敢えず
MFMに関する事を書けば後は何でも書いても良いなんて、勝手なルールを
作り、それを軌道修正する方々の行動を踏み躙る。
ざんねんな・・・。



戦争ーそれは

くもりのちはれ

18.08.26 19:15

私達ほとんどの日本人が、戦争は起こしてはいけないものと考えるのと同じように、戦争は必要と考える人達が、いつの時代にもこの世のどこかには、必ず、少なからずいるからなのではないのかな…という考えに至りました。そう考えているからといって、即実行というわけでもありませんが…。本当に、解くのは難しい問題ですよね。戦争のない時代を過ごせている日本のような国もあれば、同じ時代を戦争ばかりで過ごしている国もあるわけで…。

そして、前戦中の人達にもそれぞれ宗教があるわけで、「神に御加護を」や日曜日の教会での祈りがある。その矛盾を石井さんは疑問に思われているのですよね。私も、やっていることが真逆じゃないかと思います。
考えてみると、実際行っていること(大量殺人、それを称える行為)と祈りは、別物に考えているのかなと思いました。実行していることは、石井さんも仰っているようにゲームのような感覚?または、職務の一貫としてだけのことと割り切られているのかな…とも考えられませんか?とても悲しいこと、やるせないことですけれど。。

宗教間の戦争についても考え出していました。考えても考えても、納得行くような答えなどは出ません。
そんな時、SNSでこんな言葉を見つけました。『神様は、そんなことは教えちゃいない。神様は正しいことはどんなことか知りはしないよ。』これは岡本太郎さんの言葉だそうです。どんな場面、どんなことに対しての言葉なのかはわかりませんが、私はこの言葉に少し救われた気がしました。
この考えが、もし、神を崇める各宗教の教徒達にも、ほんの少しでも入ったら、戦争なんて考えも起こらないのではないのかな?…なんて思ったからです。でも、頭からその宗教に入り込んでしまっている人達には、そんな考えさえも許されませんよね。。本当に難しい問題です。
戦争のない世界なんて、無いものと諦めるしかないのでしょうかね…。


人間だから

愛虹ことり魚

18.08.26 15:39

それが、人間という生き物だから
というのが今の私の答え、なのかもしれないです

命を大切に、というのは2つあって
自分の命を大切に
皆の命を大切に
なのではないかなって思いました
殺害するということだと、たとえばこんな感じなのかなと思います

自分の命を大切に

自分の、というのは、自分が大切にする範囲という感じでしょうか
あちら側があって、こちら側とあちら側がある
こちら側の範囲は様々です

自分の命を危ぶむものは無いほうがいい
危ぶむものを悪とするして、悪が生き物の場合に、居なくなればいいという結論のもと、殺害することにたどり着いたのではないのかなと思う
自分の命を大切にしたいのに苦しめている悪がいる、このまま幸せに暮らしたいのに、それを邪魔する悪がいる
悪なので、殺害したとしても、それは仕方のない事
悪は悪くて、悪いのは悪だから

それは、身近な架空の話の中にもあって、そんな話が普通になっていると思う
ヒーローものとか、ゲームとか、映画に本に絵に物語に・・・
子どもの頃から身近にありました


皆の命を大切に

虫の命も殺さない、蚊も殺さない
誰かを殺すということをしない
相手を尊重する
小さな生き物も尊重する

戦いの話は、敵がいて成り立つ
敵は、自分たちを苦しめる悪なので、居なくならない限り、今の苦しみが、未来の苦しみが無くなることはない
敵をやっつけると、その苦しみが無くなるので戦う
敵を憎いと思うほど、それは正当なはずなので、自分は良いことをしていると思っている

敵も同じことを考えている
だから、英雄だと思っていた人物が、逆の立場から描いたら、すっごい悪者になっている
なので、両方向からの話だと、その人はいい人なのか悪い人なのかわからなくなります
自分の味方で、自分を守ってくれたなら、英雄です

実際に会ったとしたら、良い面と悪い面があるのかな
人なんだなーって思うのかな、英雄に思えるのかな、鬼に見えるのかな
その時代の、その環境の、その立場の、そこに存在している人の想いと行動なのかな
どこまで解るのか気がつくのかは、わからないけれど
人って複雑なので、一概には、簡単にはわからないと思います
自分のことを、全て知って理解してる人っているのかなーって思うので、誰でも、ある面しか知らないんじゃないかなって思いました

いじめも似てる
悪くないのに、悪者にするのは簡単なのかもしれないなって思うことがありました
いじめにまでは発展しなかったけど
あの時の感じを思い出します

何を信じても自由だけど、これは良い教えだけど、これはどうなの?とか、こう説いているけど、実際は違うこと強要してるけど?とか
理想と現実というか、表向きと裏側というか
なんか変なのに普通みたいになっていて、それは変ですよって言う人が悪者になって苦しめられたりして
そういうのが恐いなって思います

なので、自分を見失わないことが必要なのかなと思いました

たくさんの命が育まれている地球なので、命を大切にするのは、とても難しいことなのかもしれないです

なんか言葉はまとまらないですが、今は自分の中では、気がつけば前より落ち着いているような気がします
この場所と、いろいろな場所で伝えてくれる様々な想いのおかげです
石井さん、皆さま、いつもどうもありがとうございます
適度なあきらめも含め、これからも命を大切にしながら、生きてゆきたいと思っています

皆さまにおかれましても、言葉にはできないこととか、それぞれいろいろな事があるかと思いますが、どうぞお大事にお過ごしくださいね

行き帰りのバスの中で感じたこと

KABE

18.08.26 07:25



川越市立博物館第28回収蔵品展
戦中・戦後の川越の歩み

見学してきました。
そちらに向かうバスの中では、小さな翻訳機みたいなものが個人が所有するのではなく、バスに設置されていれば良いのにな。と思いました。

帰りのバスではさまざまな境遇や国籍の人たちが相乗りしている一台のバスの中で、全くコミュニケーションが無くてもトラブルなくその場所を共有できていることに、平和を感じました。

川越の街の寺周りをしたり、着物や浴衣をレンタルしたり。
たくさんの外国の人たちが日本の文化を知ろうとしています。



戦争

はまぼうふう

18.08.25 23:03

小さなコミュニティの中でも争いがあります。
人を殺めてまでの争いではありませんが、コミュニティから排除しようとします。

地球上に何人以上生存していたら、お互いを殺めるまでの戦いはしないのでしょうか?
二人、三人、四人?
人は一人では生きて行けない。
お金も名誉も相手が在ってこそ

最後の一人になりたくはないので、少しくらい苦手な人でも嫌いな人でも、距離を取って共に生きていきたい。

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