MIND BBS 〜掲示板〜

「つよくいきよう」PV DIGEST

GA staff

11.08.11 00:00

本日0時より「つよくいきよう」の
PVダイジェストの視聴がスタートしました。

1万人の歌プロジェクト「つよくいきよう」ページより
「PV DIGEST」をクリックしてご覧ください。

京都。

石井竜也

11.08.10 20:47

京都という街は、神社仏閣、あらゆる宗派の大本山が列をなしている場所。確かに、京都の夏の風物詩『大文字焼き』は、素晴らしい伝統だし、美しいイベントです。古くから、営まれてきたセレモニーに今年は非常に意味のある『祈り』が含まれての厳かな行事だったのではないか?と思うのですが、「放射能・・・」。あまりにも稚拙で、愚かな判断に、笑いも出ませんね。これは京都の人々は少し恥ずかしいと思った方がいいかも?・・・ですね。主催者にしてみれば、どんな想いで、心待ちにしていた事か・・・。しかも、マキの一本一本になくなった家族への気持ちを書き記していたというじゃありませんか。彼らの心の傷を考えると、怒りを通り越して、ガッカリです。俺の愛する京都が、俺の尊敬する京都の街が、敬愛する京都人の粋が、いったいどうなっちゃったんですか?京都は排他的な街なのは感じてはいましたが、今、どん底にいる被災民の心をくんでやれない程、「雅」の心は狭かったのでしょうか。そうは思いたくありませんが、今回の件は非常に残念です。

物事を実行すろということ

都のソラ

11.08.10 15:17

ニュースからではなにもつたわってこない。
京都に住んでいて大文字の送り火に被災地の松をつかわせていただくということを耳にした時は、正直あったかい気持ちになったのに・・・

今回、過剰な反応だったかもしれないけど放射能汚染を気にする人たちから反対の意見がでることは十分考えられたことでしょう。
だらかこそ検査もして大丈夫という数値を確認したんだと思います。でもそのあとがあまりにも腰砕けすぎた・・・
中止の決定をする前に反対された人たいだけではなく広く京都市民にはっきりと説明することが必要だったとおもいます。

なぜ被災地の松を送り火につかうことにしたか。ただの思いつきじゃんかったはずなのにどうしてこうもあっさり中止の判断をしてしまったのか。そして中止に対する批判に対してオロオロするような感じでまたつかわせてもらうという・・・

あまりにも軽すぎないか。一旦「やるっ」と決めたのなら、押さえつけるのではなく充分説明して納得してもらう努力はなされたのか?
まるで見えない。

なんとも哀しくさみしい・・・

日本なのに。

みらい

11.08.10 04:31

昨日は、様々なニュースがテレビで流されていました。
まずは、長崎の原爆の日です。夜には、その原爆が詰め込まれた場所という所にアナウンサーが行き、目で見、体で感じていました。
それからま私が次に気になったのは、いわゆる京都と岩手の
事です。薪を当初は持っていき使う。
でも色々とあり、それは実行されずに岩手で燃やされた事です。様々な事情と意見が出てくる中、
思ってた事。
日本なのに……
です。確かにこの書き込みをされている方々は、つよくいきよう も作詞作曲は日本とされた石井竜也さんの気持ちと、また、『今何が出来るのか考えてみよう』
からで、多分私と同じ意見でしょう。
検査も終わり大丈夫と判断をされた薪なら、どちらで使おうとも……です。
前に《欲》の事を投稿しました。
欲からうまれる様々な争い。でも、その
意欲が良い方向だけで、そのような事につながっていかずにならないものなのか?意欲は大事です。
意欲がなくなってしまったら悲しいです。なくした友人などがいたらほっとけずに声やそばにいたりとするでしょう。
先日、私も意欲がなくなってしまい、友人達に助けていただきました。嬉しかったです。
昔のテレビですが、
うる覚えですが、争いをしていて、まあ一人を手も足もなくし、瓶の中に入れて
毎日自分の前に持って来させてその瓶の彼女と会話をする。
自分がどれだけ偉いのか。と投げかけているのです。でも、
瓶の中の彼女はこう言い離します。
『そこで、何もかも自分でせずにいるより、この姿でも貴方よりはるかに皆の事を考えています。
その方が、よっぽど幸せです』と。
小さな私には衝撃的なシーンでしたが、
母親が詳しく説明をしてくれました。
長くなってしまいました。申し訳ありません。つまり争いの起こる背景には、
小さなかたまり(考えて)ばかりなんですよね。全体的に見れていれば良いと思うのです。それは、世界ももちろんですがまず、本当に近くの家族や友人から。とかです。。簡単なようで難しくも思っています。石井さん、皆さんいつも、ありがとうございます。

この時期に思う事。

石井竜也

11.08.10 01:51

人間の業なのでしょうか?この数千年、どれだけの人間が、無惨に殺されていった事でしょう。戦争と平和というと、第2次世界大戦から、イラク戦争までの映像に残っている戦争だけを思い浮かべる事が多いですが、人間の歴史は、いつ頃から殺し合う争いをしてきたのでしょう。また、戦争のたびに、むなしさと反省は必ずあったと、思うのですが・・・人間の争いのDNAは、今になっても、進化しない。それどころか、恐怖と、防御の境界線も忘れ、いつの間にか戦争に発展していく現在の戦争。戦いの原因にはそれぞれあるのでしょうが、結局、人間の欲望の最果てにある空虚な、無意味な、あまりにも愚かな殺し合いをしてきたのです。国境や宗教、原油や金鉱、・・・俺は、戦争の原因には大きな二つの要因があると思う。まず一つ目は、「言語や真意を理解できずに、あるいは文化形態の違いに優劣をつけたりする、差別」もう1つは「急速に発展した一部の富裕層のさらなる発展のため」つまり、戦争は、人間の欲望なくしては語れないのではないでしょうか?恨み、憎しみ、誤解、洗脳、ねつ造、・・・そして、「衝動」という理由もある事をお忘れなく。これは、人間のDNAに組み込まれた悲劇の本能なのでしょうか?それとも、考え過ぎでしょうか?平和を維持する事自体に、その方法論を巡って争う、国同士や政治の世界を見ていると、本能の中にすでに、「戦争」は、悲しいかな、あるべくして起こってきた人類の運命なのかもしれないとも思ってしまう事があります。絶対に言えるのは「戦う事の単純さ」と「平和という形のない雰囲気を維持していくには、人間の業との戦いが必要になる」という事。広島、長崎、そして今も、アジアの巨大な国が、横暴な虐殺を繰り返している事を絶対に私たちは許してはいけないし、目を背けてもいけない。それは神(人間の最低限度のマナー)に逆らう事になるからです。

平和・平穏の願いを・・・

まるむし

11.08.09 16:23

戦争の事も、大震災のことも常に考えている人がいるこのBBS。
いろんな想いが詰まったBBS。
石井さんのファンが集うこのBBS。
こんなに素敵な事はありません。
同じアーティストを好きで、また平和への思いと活動ができ、
暖かいこの場所、思い、が素敵です。
石井さんから沢山の事を学んでいます。
GAの活動を始められてからいっぱい。
本当に考えることから始めよう・・・の精神はみんなに
伝わっていると思います。
忘れないこと、目をそむけないこと、考える事、見続ける事、
伝えること、すべて大切なことですね。
今日も長崎の事を想い、子供へも伝えて話し、考えました。

広島

senka

11.08.09 03:48

新しい平和宣言は、生きた、立ち上がった人の声が聞けたような気がしました。眠っていた人の想い。イメージとして、亡霊たちが静かにその場から立ち上がったように。その土地に静かに眠って封印されていたものが、静寂の中、立ち上がって歩んでゆくように感じられました。
生きてゆく私たち。経験とは重いもの。その人でなければ経験できないこと。貴重なことばかりです。人間の生死のすべてが経験ではないでしょうか。死んだことも経験として人は活かして生き続けてゆくように感じられます。ひとつの魂に大きな意味があるのだと実感します。
新市長は被爆2世だとお聞きしています。そこに壮大なドラマがあることが感じられます。人は過酷な状況でも、未来に命の意味を伝えようと努めることができる、純粋な本能が備わっているのだろうと思います。人間の真意とは、命をつなげていこうと生き抜くことにあるのではないかと。受け継いで生きて行きたい。その積み重ねが歴史を作っていきますね。

戦争…。

ようちん

11.08.09 02:45

人を人とは思わない時代の流れほどコワイものはないですね。

人の命を何だと思ってるのでしょうか?

何より命は大事です!
子供を産んでから強く思う様になりました。

新盆。

Nみらい

11.08.08 23:20

明日は、長崎の原爆投下の日です。そして再来週は、お盆になりますね。
被災地には、新盆になる訳ですよね。
こちらは、それなりにほおずき・提灯・ナスやキュウリ。
用意が出来て、お盆をする事が出来ます。でも、被災地の方々はどうなのだろうか?ふと、思いました。
何もまだない方々も沢山いらっしゃいますよね。。。。
今年は新盆です。
どこか、皆様の良い場所に何か設置をするのでしょうか?
広島の原爆投下の日は、総理大臣が挨拶をしましたよね。
人は、気持ちが心をしめています。

どうか、穏やかに、
新盆を出来て、亡くなられた方々の帰る場所。そして家族や知り合い等とお盆が過ごせると良いと思っています。

思い出・・・石段と杓文字

μ

11.08.08 00:47

小学校の修学旅行で行った場所が広島だったので、
ずいぶん時がたった今でも印象に残っているのが、
広島平和記念資料館と宮島です。

細かいことは忘れても、資料館の中の展示資料で、
原爆により高温でグニャリと曲がった瓶と、
そこに座っていたであろう、
人の影だけが焼き付いてしまった“石段”が
館内展示にあり、いまだに忘れられません。
写真資料や入口すぐの人形も怖かったけれど、
子供ながら石段に凍り付くような恐ろしさを覚えたのです。
あとづけになりますが、現在はどうなっているのか、
気になったのでネットで調べたら、資料館のHPがあり、
現在の展示会場とおもだった資料が画像でわかります。
そこに幼い頃の記憶とおり、“人影の石”もありました。

宮島では干潮のときに大鳥居のあたりまで歩き柱に触れ。
神社も・・その後、厳島神社は台風で一度大きな被害が
あったと思いますので、きれいに再建されていますね。

厳島神社奉納コンサートのご成功お祈り申し上げます。

宮島といえば“おしゃもじ”が名産だったのでお土産に。
おしゃもじといってもいろんな大きさがあり、たしか当時は
大きな“お風呂をかき回すしゃもじ”がありました。
今のお風呂はお湯をそそぐので、いらないかもしれません。
水からわかすのが一般的だった昭和なら、
上の層と下の層が、熱い冷たいがわかれるので、
便利だったことでしょう。
おしゃもじの話で終わります。

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