MIND BBS 〜掲示板〜

ありがとうございます

SEN

11.07.22 19:54

とにかく、お礼を言わせて下さい。

スタッフ様、我慢してくださっている皆様、てっぺいちゃん、全部の皆様にありがとうございます!!

休息

senka

11.07.22 17:27

今日の東京は午後から晴れてきましたが、過ごしやすい爽やかな風が吹いています。
いつまでも冷めることのないアスファルトやコンクリートの熱が、台風の影響でクールダウンして、昨日も気温が低くて、数日前のうだるような暑さがうそのようですよ。明日からはまた暑さがもどってくるようですから、しばしの休息をいただいているようです。木陰に腰をおろし、どこから来てどこへ行くのか、ゆき方知れずの風に吹かれて時をすごしているような心持になります。
自然はこうやって、いつも私達の生活の身近にいますね。毎日毎日。これはもう生きていることと切り離せない。去年、「自然の教科書」という本を買ったことを思い出しました。
自然に対する、警告や警鐘が鳴らされていました。その危機感は感じていました。誰かが、何かが、どこか遠くのほうで叫び続けていた気がします。この数十年、追われるような危機感に満ちていた日常の生活でしたから。
気をつけて過ごしましょうね。

気持ち

とも

11.07.22 15:58

つよくいきよう  良い曲ですね。

被災地の方には申し訳ない内容なのですが、先日との気候の変化についていけなく体調を崩し病院で4日前に一日入院をして点滴をしていただきました。
親友が心配をしてくれて電話をくれました。
体調が良くなったら、電話をするねって言いました。  まだ体調はすぐれなくています。
薬を飲みながらほぼ横になるばかりです。ただ、
つよくいきようが聞きたくて、パソコンの前で試聴します。癒されます。
さっき親友がメールをくれました。でも、元気ハツラツで髪を切ったよ。 って画像つきで送ってくれて。元気になったら早く連絡ちょーだいって。

何だか悲しくなってしまいました。体調が良くなったらすぐに連絡しようと思っていたのに。
返事ができなくて。              ここでまた曲を聞きました。つよくいきようは
良い曲ですね。大好きになりました。

ありがとうございます。でも返事にとまどっています。

改めて…

石井竜也

11.07.22 04:20

福島第一原発事故の深刻度を示す「レベル7」という数字。チェルノブイリの事故と同レベルか、あるいは、これからの被害状況では、それ以上の可能性も考えておかなくてはなりません。まず、チェルノブイリの放射能汚染がどのくらいの規模の爆発であったかというと、広島の500倍の放射能が300キロ以上にわたって放射された、極めて危険度の高いメルトダウンでした。これを福島第一原子力発電所の事故と比べると、規模も、距離も、全く異なった事故のように報道または、説明されています。しかし改めて考えても、今回福島原発から海に放出された放射線量は、4700兆ベクレル、1年間の許容量の約2万倍という恐ろしい数字です。特に4号機の水蒸気爆発の危険性については、風下300〜400キロ圏外に移動しなければならないほどの危険度なのです。これが起こると、半径500キロ圏内の動植物、海、空、土地全てが汚染される事になると聞きます。つまり、日本でとれた物は何も食べられないか、セシウムやストロンチウムを体内被曝を覚悟で、食べ続けるしかない状態になるという事です。既に関東近郊では、牛、野菜、お茶、魚、水、空気から、放射性物質が検出されています。東京電力の説明は、海外では「コント」と受け取られ、政治は「完全な失敗」とまで言われています。今ではアメリカ、ヨーロッパでは、完全に日本のテクノロジー神話が崩壊してしまいました。残念ながら、この国にいれば、必ず、近いうちに放射能の影響から逃げる事は出来ないようにも思えます。それは、チェルノブイリと違い、今も続いている現実です。そして空と海に強力な放射能汚染物質を垂れ流してしまった事に発端があります。「想定外」は、真っ赤な嘘です。当時、原子力発電所を作るにあたり、研究者の中には、震度7強の揺れに耐えられて、なおかつ15メートルの津波にも耐えうる物が絶対の条件だと、採算抗議をした方がいたらしいです。しかしながら、どこの誰がそうしたのかは解りませんが、設定は5・5メートルの津波、震度は5・・・こんな想定は、この日本では四六時中起こっているレベルです。しかも、原子炉を保護する建築物は、今の建屋よりもかなり高い強度を要求していたという事です。全てが後の祭りになってしまった、今の日本の状況で、「私は、理解できないから、普通にしてるわ」と実際、何も対策を講じないでいると、4〜5年で、癌の発症率が跳ね上がってしまうかもしれません。蓄積型のセシウム等は、一日一日、体に蓄積していくという事です。あれから4ヶ月。つまりは、4ヶ月分の放射能物質が蓄積されたという事なのです。これから、巻き起こる地獄はプルトニウムの拡散です。あまり遠くに飛散しないと言われていますが、鳥や、小動物、虫等に付着したプルトニウムは、簡単に100キロを拡散していきます。それらを主食とする動植物はもちろん、水や空気には、もう既にかなりの量のプルトニウムが混入している危険性だってあるのです。しかも、この後40年間は、この恐怖と戦う事になるのです。この災害は収束した後も・・・という意味です。半減期の短い物や長い物もあります、身体的な個性もあるでしょうが、毒ガスの中で、いくら薄いとはいえ、いつまで持ちこたえる事が出来るでしょうか?

衣 食 住 と 欲のバランス

Nみらい

11.07.21 23:55

台風も日本列島をそれましたね。被害にあわれた地域の方々、その残していった事に追われまさに今、辛い事と思います。
少しずつ家のまわりを直していって欲しいです。
いつだったか。。。大震災の後すぐに宮根さんが言っていた言葉があります。(がれきの後片付け)という言葉です。「僕はあの瓦礫と言う言葉はどうかな?と疑問に思っています。確かに今は瓦礫です。でもほんの少し前はそこに皆さんが生活をし、暮らしていたのですから。それを瓦礫と言うのは。。。。でも仕方のない事なのですかね〜。あ、、続けて下さい。」ってと。いつも割とハッキリと言う宮根さん。でも思いやりのある方なのだな〜とこの時感心させられました。私は被災地の様子は、いわゆるメデイアでしか知る事が出来なくいます。ただ募金と節電といった当たり前の事をしています。もっと何か出来ないのか?と思うばかりです。
そう、今日は7月21日なんですね。もう。
石井竜也さんのコンサート(東京NHK)から一ヶ月になろうとしています。あの時初めて会ったんですよ。事情があったもので、ずっと行けなかった。私 とても嬉しかったです。
震災があり、そして今も色々な各地でまだ辛い生活をしいられている人達がいます。震災すぐ後は 食 が必要に。そして 衣 が必要に。それから 住 が必要に。と変わってきたと思います。四ヶ月を過ぎた今、本当にどうなのでしょうう。
欲 と書きましたが、もちろん欲望です。人には必ず生まれてきます。でも、バランスがそれぞれに違います。食に欲を望む人。衣に欲を望む人。住に欲を望む人。3つともいいから と別の事に欲を望む人。
四ヶ月過ぎた今、皆のバランスが崩れてはいないのか?と思っています。自分のまわりも同じ状況の人ばかりだから。。。と優しい地域の方々です。我慢ばかりをしているのではないでしょうか。
欲 というものは難しいですが、なくてはならないものですよね。  でも、皆が思う*夢*
それは年齢にかかわらずに我慢はしないで欲しいと願っています。ナデシコ*ジャパンのメンバーが夢を叶えました。喜んで被災地の方もそれを励みにテレビを見ていたと思います。で、彼女達はまた*夢*を抱いています。
石井竜也さん そうですよね。。。。夢を持つ事の 欲 は一番大事な 人の気持ちでありますよね。(書きながら私自身にも投げかけちゃったりしています。)
お体を大切に 仙台公演で皆様と御自身の、夢の励みを作って下さいね。

顔の見える支援。

苺。

11.07.21 22:51

とある所の支援活動に微力ながら参加させて頂いているのですが、つい先日二回目の訪問が終わりました。
義援金を託す人、直接被災地を訪ねる人、そして受け入れる被災地の人。

その全ての作業が一人一人の手渡しで行われ、一人一人の間に『ありがとう』の言葉がありました。

改めて『顔の見える支援』の大切さを実感しました。
石井さんが春に回られたMfMライブの際も最後、募金箱の前での握手がありましたね。
あれこそが顔の見える支援。

これからも、けしてエゴでも押し付けでもない、そんな人と人が繋がりあえる活動を続けていきたいな…と思います。

石井さんとも、もちろんそんな風に何か出来たら素敵ですね。

マイ フレンド から

え み。

11.07.21 03:34

台風がまた皆さんの所で 涙の出る事を起こしています。
ナデシコ ジャパンが活躍をして祝福ムードをテレビで流しながらも、上の字は台風状況です。毎日の報道の目まぐるしさといったらないです。そして政治問題。あるいは過去の事件の事も。でも震災の事は、やはり一番に流します。みんな忘れてはいけない事です。良い事も悲しかった事もです。
今日朝、ナデシコの花から由来がきていると言ってました。
ナデシコの花?私はわからないです。カタクリの花なら、わかります。 花はどの花も綺麗ですよね。 
「世の中にいらないものはないんだよ。」私が子供の頃に祖母が話してくれた事があります。おばあちゃんっ子だった私です。その祖母の事を少しだけ書きたいと思います。
祖母が好きだった私。何回も言葉によって、存在によって、いまだに励まされています。その祖母も好きだった曲があります。学生の時にいつものように、米米を部屋で聞いていました。何かの用事で部屋をのぞきこんだ祖母。 ちょうどかかっていた曲(JUST MY FREIND)でした。しばらく聞いていて  いい曲だね  って。「歩いていこう とりあえずは」か〜 ( 忘れてはいけない言葉だよね。)そう、その時は言ってくれました。 おばあちゃんも米米好きなんだ〜 調子に乗っていた私でした。

それから成人も過ぎ、わりと早くに結婚をしました。子供も生まれて順調だった夫婦生活。でも寝返りをしたり私に抱っこしてもらいたいのに、一行に手が伸びてきません。
夫と病院に行きました。脳に異常があり、いっきに障害者手帳までも受ける事になったのです。当然 泣きじゃくる私でした。 でもその時も祖母が肩をたたいて励ましてくれました。夫とまわりの協力もあり、どこへでも連れて行きました。良くは笑う子ではあったのです。障害のある子の学校にももちろん行きました。あるお祭りのあった時、花火を見て笑って、その後3歳のして初めて私に手を伸ばしたのです。
夫とまわりとどんなに喜んだことか。   しかし
暑い暑い時、風邪をこじらせて肺炎になって。。
あっけなく 逝ってしまったのです。夫と夫の家族からは、
「私が悪い。私の性格全てが悪い。」そう言われました。
実家に帰った私です。泣いてばかりの日々です。 そこで待っててくれたのが、おばあちゃんです。  「ほら、あの曲。英語の題名の  ほら ほら  歩いていこうの」 一瞬わからなかった私に米米のCDを並べて、「これだよ。」一枚のCDがおばあちゃんの手から渡されました。一度は投げた私。でも拾ってくれて。「かけるよ。どうするの?」聞いてきます。かける私です。流れてきた懐かしい曲です。
おばあちゃんが言いました。
「歩いて行こう とりあえずは。ってほら言ってるじゃないか とりあえずで最初はいいよ。」 部屋を出でいきました。しばらく繰り返し聞いていました。

あれから そう今年は十三回忌です。毎年何回か行くお墓参り。   いつだかふっと思った事がありました。私はおかあさんとして失格だったんだ。子供はそれをわかってて、
私を一人にしたんだ。これからだよ。これからだよ。頑張れよって、背中をたたかれたようでした。私のいい解釈かもしれません。でもそう思ったのだからいいのです。
そして、
今年震災が起こりました。震災にあわれた方の中には、大好きだった方の姿さえ見つからない人もいます。お骨はあるのに、お墓にいれてあげられない人も沢山います。
突然の別れでしたから。。。。

また、明日は色々な事が起こります。楽しい事 辛い事 と。繰り返し 繰り返しにです。忘れてはいけない事です。

皆さん、辛い時は歌を聞いて下さい。思ってくれる人と出会って下さい。。 でも大丈夫です。必ず出会う運命になっていますから。  そうしたら今度は思いやりですよね。
繰り返し 繰り返し の人びとなんですよね。私達って。
(こんな時間になってしまいました。もう、寝ます。
つよくいきよう も、皆様の心にありますしね。
石井竜也さん あの歌 大好きです。好きな歌がどんどん増えるって、嬉しいですね。そして今は90過ぎの祖母ももちろん)




   

メッセージを読めることに、

土筆

11.07.20 22:45

ここにきて皆さんの書き込みを読みます。石井竜也さんの書き込みを読みます。
読み返し読み返し、読み返していると、気持ちの奥から〜
日本をどうにかしたい・救いたい、日本の未来を考え気づいてもらいたい

なのに、ここを離れ毎日の生活に戻ると。3.11大震災のことはなかったかのような生活環境なのです。
{それでは日本は何も変わらない気がしてしまう}
そんな環境のなかでの気持ち・心をモタナイタメニ、ここにきてメッセージを読んでいます。
いろいろなメッセージを読むと不安感がでたり、確認できたり勉強しようと思う気持ちが湧いたりもしたり。
心が落ち着くこともあります。
石井さんの姿、笑い顔・歌声が聴きたく観たくなる時もありますが…石井竜也さんのメッセージは考える・未来を変えるための方法を教えて貰えている、心を気づかせてもらえる。
感謝します、ありがとうございます。


見えていない所

えみる姉

11.07.20 22:26


わたしはTVの映像でしか東北の様子はわかりませんが
最近はTVに出てくる市町村は同じ所ばかりですね…。
TVには映らない他の地域は瓦礫の撤去は終わったのでしょうか?
洋服や食べ物、住む環境に困っている事はないのでしょうか?

よくTVに映る地域は瓦礫もなくなり大きなトラックも通れるようになり
「あぁ、復興しつつあるなぁ」と嬉しく思う反面
申し訳ないと思いつつ「また、同じ地域だ」と感じます。
瓦礫の撤去先が見つからずそのまま、とか
下水道の整備がままならずハエや蚊が飛び劣悪な環境、とか
避難所に冷房機器がなく熱射病にかかり倒れていく年配の方などTVにはもう映りません。
そういった底辺の地域の方を思いやらなければ本当の復興はないのでは?と近頃思います。
TVを見て心配する事しかできないわたしですが
東北のすべての地域の【衣食住】の環境が整う事を切に願います!

今の自分 これからの自分

TATUKO

11.07.20 20:31

 震災から得たもの…たくさんの尊い命と、たくさんの魂と、たくさんの悲しみと、たくさんの日常と、たくさんの本来あるべき姿と引き換えに得たもの…いいことは本当に少ないですよね。失ったものしかないといっても過言ではない。でも、そうとばかりも言っていられない。残された私たちは、前を向いていかなければいけないから。
 
 てっぺいちゃんの言う通り、今まで当たり前過ぎて忘れてしまっていたことを思い出すこと。他人を自分を思いやる気持ち。労わる気持ち。

 きっと、誰しもが「自分の人生なんて、明日どうなるかわからない」ということに気が付いたばずだ。明日どころじゃない。数分後、数秒後。漠然とは分かっていたつもりでも、当たり前に明日が来ていた。「明日も仕事か…」なんてぼやいいたりして。例え、つらい状況でも、今日が来たことに、やはり感謝しなければいけない。生きていることに感謝しなければいけない。

 そして、今、感謝しがたい状況にいらっしゃる方々も多くいるはずだ。また一日が始まってしまうと。
 
でも、どうか早く、「今日が来てよかった、あの時生きててよかった」と思える日が一日も早く来るよう、心から祈るばかりです。

 そして、感謝できるであろう私たちは、悔いの残らぬよう、恥じることない生き方をしていかなければならない。

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