MIND BBS 〜掲示板〜

購入した資料本に掲載されてなかった資料

Africa maimai

18.08.06 15:15

川越市立博物館第28回収蔵品展
戦中・戦後の川越の歩み
資料本に掲載されていない資料

主要毒ガスの性能と救急処置及個人防護法一覧表
昭和10年代(1935〜1944)

解説
「空襲による毒ガスの散布に備えて、主要な毒ガスの特色やその対応方法を記したものです。
各県に国防化学協会が作られ、この一覧表は同協会の指導員である川越市南久保町にある堀内薬局が発行したものです。」

現物を観たい方は是非川越市立博物館に脚を運んでみてください。すぐ近くにでっかいうさぎが目印の美味しい和菓子屋さんがあります。カキ氷も販売しています。ぜひともお立ち寄りください。現地で不明なことは、西武新宿線本川越駅改札出口、東武東上線川越駅出口と札の辻というバス停の正面に観光案内所がありますので、そちらでおたずねください。

関西公演ありがとうございます。

花実月

18.08.06 08:36

お忙しい中、最近の自然災害に関する石井さんからのメッセージ、一緒に日本を想い、ファンと温かく繋がっていこうと思っていてくださるお気持ちが伝わってきて、大変嬉しかったです。新しい時代を生きる子供たちの未来のために、自然災害や戦争について考えたり、平和な世界を願いながら、これからも、石井さんと石井さんを応援している皆さんと一緒に『考えることからはじめよう』を、ずっと続け、繋げていきたいです。

連日、大変な暑さですが、どうか石井さんも皆さまも、こまめに水分補給をしながら、体調にはくれぐれも気をつけていてください。全国のファンの皆さんの声をききながら進化してきた公演、私も千秋楽近くに拝見させていただきますが、本当に楽しみにしております。

自分が殺害されても加害はおススメできません

恩田すみれ

18.08.06 07:50

権力のある人間に暴力を振るうということは、自分のその後の人生を台無しにしてしまう、自殺行為です。なぜなら、自分が加害したことにだけ断罪され、自分が権力者から受けていた不正行為や違法行為についてはその罪を追及できない、つまり泣き寝入りを余儀なくされてしまうからです。そのようなトラブルが発生したあとは、近隣の住民ではない人間が自宅の前に大勢たむろっていたり、自家用車のそばに、ゴミの入った買い物袋を置かれたり、たくさんのタバコの吸い殻を捨てられる、自家用車の前で手を合わせ合掌されるなど、悪質な嫌がらせを受けたり、青い赤色灯をつけた防犯パトロール車に自宅でも、そことは別の県にある実家の近くでもずっと尾行されたり、電車内で好奇な目で見られたり、親族と距離を置き生きていかなければならないなど、たくさんの生活に支障をきたすデメリットが存在しています。独り歩きしていく事実ではない風評被害を弁解の余地もなく死ぬまで受け続けていかなければならず、それは親族の人生にまで多大な悪影響を及ぼしています。このままでは加害をしてしまいそうだという状況に遭遇した場合は、その場から逃げるしかありません。

地球💕

依田志保

18.08.06 07:28

地球上が平和で光が射し輝きます様に💕

ヌード

みゅう

18.08.06 01:50

この展覧会(ルーブル美術館展)は、17世紀にヨーロッパで描かれたさまざまな絵画の断面図を掲示することを目的としてるため、裸体画や着衣の人物像とともに、風景画や静物画が出品されている。しかし、17世紀ヨーロッパにおける絵画では、他のなによりも人物像の絵画が重要であったことは議論の余地のない事実である。これは絵画の実践においてと同様、芸術家の教育においても強調されていたことであった。つまり、ヨーロッパの本流において芸術家になるためには、人物像を習得する必要があったのである。しかし、この目的のためには、人物像の習得それ自体だけでは不十分であった。アカデミーの教育に通底していたのは、本質的な人体は、その「ありのまま」、つまりは裸の状態にあることが前提だったのである。
もちろん、これは西洋美術の伝統において新しいことではなかった。西洋美術は、古代ギリシャ=ローマの時代から、古代を蘇らせたイタリア・ルネサンスの工房の時代まで、人体表現はもっぱらヌードであった。しかし、すでに述べたように、工房内でのヌードの教育は、教本や印刷物、鋳造彫刻によるものなどに限られており、一般に広く想像されている以上に、生きたモデルを使っての教育は、はるかに少なかったらしい。しかし他方で、アカデミーが、生きたモデルのデッサンを教育の中心に置かれていたことも事実である。つまり、実際に人体を使っての授業はほぼ連続しており、アカデミー会員の教師の指導による講義を、あらゆる(上級の)学生たちは自由に受講することができた。むろん、アカデミーのヌード・モデルは諸般の複雑な事情のため、男性モデルに限られていた(女性が定期的にモデルとなるには19世紀を待たなければならない)。いずれにすせよ、イタリアやフランスのような国の17世紀のヌードは(ヨーロッパの北部の例については後で触れるが)、もっぱら男性ヌードに限定され、女性ヌードの表現は、一般的に男性モデルに乳房を付け加えたものであったり、ヴィーナスやディアナを表す古代彫刻に倣った裸体表現であった。生きているモデルは曖昧で不安定なものと見なされていたのだ。男性ヌードの学習でさえ、それ自体が目的であったわけではない。それはむしろ、デッサンの教育プログラムの諸段階の一部であり、他から分けることのできない手段であり、その哲学あるいは理論と実践のあいだの相互作用を反映していた。
先に記したように、人体デッサンの課程は高度に細分化されていた。初学者たちは、人体のデッサンと版画を模写することから始めた。初めに描くのは腕や足などで、次に全体を描いた。つまり、二次元のモデルに基づいて人体を模倣しているのである。次には、鋳造彫刻を摸写することにより、二次元から三次元へと進んだ。そうした彫刻の多くは、その前に平面で模写されていたものと同じものであった。最後の段階になってようやく、学生たちは生きたモデルを見て描くことができた。訓練の初めの長い段階において、学生が実際に生きたモデルを観察する機会を与えられることはなかったのである。なぜなら、彼らはまだ準備が整ってないと見なされていたからだ。生きたモデルを使ってのデッサンは、過程の最終段階にのみ行われるものであり、この学習は、骨格、腱、靭帯、などを学ぶ人体解剖学の授業、あるいは人体の比率の授業で補われた。なぜそれは最後の段階であったのか。なぜ学生たちは、もっと早くから生きたモデルを写すことが認められなかったのか。人体の細部の正確な描写ができるまで、時間をかけて徐々に改善していくことは許されていなかったのだろうか。これらはすべて問いに対する答えは、モデルは、観察したとおりに写し取られることが目的ではない、すなわちモデルの正確な描写が目的ではない、ということである。逆にモデルを注意深く観察する時でさえ、学生はモデルを「修正し」、単なる観察を超えて描くことが求められていたのである。
こうした手順を踏むことは、身体的なことと知的なこと、肉体的なものと精神的なものとが明確に異なることを示していた。心と身体のあいだのこうした違いをすでに問題として扱ったが、新たな問題は西洋文化に深く根ざした哲学に関連している。「存在」あるい単なる存在とは相容れない実在をめぐる思考の体系、この哲学がアカデミーに採用されていたのだ。それによれば、人間の身体自体には「形がなく」、それゆえ「そのもの」として模倣されることなどあり得なかったのである。言い換えれば、すべての人体は「形作られる」が、すべてが「形」をもっているわけではない。アカデミーは生きたモデルを描くことを重要だと認める一方で、それを写すデッサンが、形態描写のより広範な勉強の一部分でしかないことを明らかにしている。実際のモデルを描写した後に、学生たちはその不完全さを修正し、その「真の」形態を探し出すために、今一度とりかからなくてはならなかった。ここで求められているのは、モデルに対面する前に思い描いた姿ないしは「イデア」により成し遂げられる完全なる模倣である。しかし、どのようにしてあらかじめ心に思い描くことができたのだろうか。ひとつの方法は、アカデミーの哲学が説明される講義を聴くことであった。それでもやはり、古代ギリシャ=ローマの彫刻が完全なる形態であるという信条は明らかであった。これらの彫刻に直に取り組むことは、それゆえに、理想的なるものと向き合う直接的な方法であった。その過程は、平面および立体としての彫刻の模写から始められた。

今、命を思うとき...

証言者

18.08.05 17:31

生まれた時は
皆、真っ白で透き通る貴い命

生まれ落ちる場所を選べぬ命は
そこで一生懸命に生きなければいけない宿命を持つのです

岡山豪雨より一ヶ月

昨日の命が
今日消えた悲しみを背負いながら
生きる人々

どんな苦しみを背負えぞ生きる尊さ
生きなければいけない命

自然への畏敬の念と脅威を感じながら
今、再び命を思う時

1日8時間
通勤時間や身支度の時間を含むとおよそ10時間
日本の国民は1時間の休憩時間を与えられながら
365日一週間に一度か二度の休日を取りながら
働いています

当然、それ以上の時間働いている方もおられます

そうして成り立つ社会です


大阪初日

浅野洋子

18.08.04 23:50

今日から8月4日(土)、 新歌舞伎座「-陣 JIN-」石井さん、出演者のみなさん、お疲れさまでした。大阪へ、行くのが楽しみです。
大阪へ行くなら、フンデルトヴァッサーの建築物のゴミ処理場を観に行きたいです。

「つみかさね」

salan

18.08.04 18:11

つみかさねの上に 咲く花

つみかさねの果てに 熟する実

それは美しく尊く 真の光を放つ

ほころびないもの

わたしのなかに生き続けている 一本の木

わたしのなかに咲き続けている 一輪の花

わたしのなかに燃え続けている 一筋の炎

ものみな ほころびゆくもののなかで

ほころびないものを 求めてゆこう

人それぞれに なにかがある筈だから

〜坂村真民さんの詩集より〜

ありがとう

水色のネモフィラ

「re- create」とはなにか?

KABE

18.08.04 16:00

分子生物学者、フェルメール・センター銀座 総合監修 福岡伸一氏の感性

「re- create」とは、複製でもなく、模倣でもない。あるいは洗浄や修復でもない。
「re- create」とは、文字通り、再・創造である。作家の世界観・生命観を最新のデジタル画像技術によって翻訳した新たな創造物である。
現存するフェルメール作品はいずれも数百年にわたる経年劣化のため、今や失われてしまった細部がある。それはけっして元通りにはならない。しかしその細部にこそフェルメールの思想は宿っていた。フェルメールがほんとうに描き出したかったことがそこに表現されていた。
フェルメールは17世紀の同時代人、アントニ・ファン・レーウェンフック(顕微鏡学者)、バールーフ・デ・スピノザ(哲学者、レンズ職人)、ヘンリー・オンデンブルグ(科学者)たちとの直接的・間接的な交流の中で独自の世界観・生命観を熟成していた。それはひとことでいえば、「世界をこの目でとらえる」とは、光学的な過程であるとともに、心的な過程でもあるという科学的な認識だった。

【視覚生物学】

KABE

18.08.04 16:00

フェルメールは人間の視覚が、限られた色、具体的には青、緑、赤の三つの色から構成されていることに気づいていた。それは同じデルフトの知識人レーウェンフックからもたらされた示唆だったかもしれない。しかも、青は、緑あるいは赤よりも際立って強く知覚されることも知っていた。それゆえにフェルメールは青にこだわり、青を高価なラピスラズリ(ウルトラマリン)で塗った。さらにまた緑の光線と赤の光線が同時に網膜に入ると、その中間の波長を持つ黄色の光線の入力と区別がつかないこともわかっていたと思われる。
分子生物学が網膜細胞上の三種の視物質(フォトプシン)を発見し、それぞれ420nm(青)、534nm(緑)、564nm(赤)にピークを持つ色知覚に対応していること、つまりフェルメール絵画の方法を追認したのは20世紀になってからのことである。青に対する知覚が独立していること、緑と赤の知覚が近接していることがわかったのも同様である。
そこで「re- create」にあたっては、新鮮なウルトラマリンの色ヒストグラムを解析し、350年の経年による青色の変化を補正した。また、黄色顔料の退色によって青色化した緑色を回復した。そのほかの色補正も実施した。

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