MIND BBS 〜掲示板〜

いつかきっと

ミート

16.11.22 15:26

数多くの重圧がのしかかってるのが伝わり、胸が痛いです。
期待され、その期待に答え続けた結果が幸福感と離れてしまうのは、それだけ身も心も削ってきたからなのでしょうか。
怒鳴り声がしたり、ものが壊れた音がしないところで眠る事ができるだけで私には十分です。
幸福感は、自立するために、がむしゃらに働いて若さとやりがいという快楽に溺れていた頃よりも、体を壊してこれまでのような努力も根性もなくなり、ダメなりに昨日より少しマシな今日になればいいんじゃないかと思える今の方が方がはるかに良いのは不思議です。
人生が今突然終わったとしても構わない程度には幸せですし、人生は短く儚いので、不幸の原因に割く時間はないと思います。
お父様のくだりにあるとおり、生きるペースを落とすと辛さは和らぐのかもしれませんね。

子供の頃、テレビに映るカールスモーキー石井にぼんやり見とれながら何も考えずにいられるほんの一瞬の時間が生きていくうえでとても大切だったから、同じような幸福感が石井さんにもあってほしいと思うのですが。ゆっくり、いつか元気になってください。

歌ではなかったな

元リスナー

16.11.22 13:29

嫌なことや立腹することがあった時、いつも心を落ち着かせてくれたのは、運転中は歌ではなかったな。ラジオの交通渋滞情報のお姉さんの、ドライバーのみなさん引き続き安全運転でお願いします。っていう言葉で、いつも感情をコントロールし、冷静さを取り戻してハンドルを握っていました。私にとってはあの声がある意味シートベルトと同じとてもありがたい、頼もしい存在でした。この掲示板を見なければこんなメッセージを書くことも多分なかったな。生きてると本当に不思議な出会いもあるものですね。

わかった

中谷真澄

16.11.22 01:35

私 主人失業と入院で お金収入なく 今月の私の誕生日に入会した日に継続諦めます。 とても残念です。 ずーっと変なてっぺいちゃんを 愛しています。 世の中 お金やね誰でも… てっぺいちゃん走り過ぎや! 休まなくてもいいけどゆっくり行ってね

幸せについて。

ナナシ

16.11.22 00:01

平穏無事な環境が土台ではないでしょうか?
例えば、子供社会もあります。いじめを苦に自殺、社会人も同じように、パワハラ、モラハラ、セクハラ、。これらを苦に自殺。ノイローゼ、鬱病。税金引き上げ、被災地の方々からすれば、まず、収入、住居、生活です。土台なしの幸せがあるのでしょうか?人間関係に苦しんで何度泣いたかわかりません。
もちろん、話されるように、その中でも、小さな幸せはあるのかもしれません。みつけるものでしょうか?
結婚は両親を安心させる、孫を見せたら親孝行、離婚は親不孝。これはまるで、定規で測っているよう。ひとりでも親孝行はできるし、子供がなくても、円満な夫婦だって、あります。
全て揃っていても、忍耐に限界な人もいます。
父に、結婚とは?と、たずねたら、忍耐と言ってました。
ある俳優さんはテレビで演じる事と、欠点は見て見ぬ振りも必要と話してました。結婚に良いイメージが持てない言葉ですね。私はお互いを尊重できる事だと思っていました。
励ましあえたり、その存在に安心感を持てる事、時々は喧嘩もしても、ごめんなさいを言いあえる事、ありがとうを自然に言えたり、心強いと思えたり、弱さを見せられたり、。これを完璧にはいかなくてもいい、せめて、相手が好きなものを理解してくれなくても否定するのだけはやめてほしい。
私には幸せと感じる日がくるのかな…。
心が休まる日がくるのかな…。
私は色々欠落だらけだから。

それぞれの幸せの感覚

mayuminx

16.11.21 21:48

「幸せ」なんて私にはない。
こんなに「幸せ」から見放されたような人生。
前世で自分はどんな大罪を犯してきたんだろう?
そんな事さえ思うほど「幸せ」ってものを羨み、願い、結局
諦める・・・その繰り返し。
特にここに来はじめる前は一番ひどかったな。
だからここでも親を憎むようなな事を言ったり、自分の運命を呪ったり。
そんなことばかりだったな。


以前はなんで「幸せ」が自分のところには来ないんだろう。
みたいな他力本願の幸せばかり求めていた。
何もかも諦めていたからですね。
でも、自分にとって何をしている時が自然に幸せと感じることができるのか、知らぬ間に笑顔で過ごしていられるのか、
そういうのがわかってからは、少し変わってきました。
待っていても「幸せ」はやってこない。
特にそれこそもう恋愛や、ましてや結婚なんて期待できる年齢はとうに過ぎ、だいたい他人とうまくやっていけるようなタイプでもないので、自分の幸せは自分で取りに行くしかないのだと。
それからの私は行動し自分から向かっていくようになりました。
それまでほとんど外にだって出たことない自分が、石井さんのコンサートに出かける。
大好きな夢の世界がそこにはあって、音楽に酔いしれて踊って、笑って感動して。
終わってみると心から「幸せだな」って思っている自分がいる。
その時だけは過酷だった過去も、不安だらけの未来もすっかり心の底に沈めて、「今」の幸せだけに身をゆだねます。
絶対に今日は「幸せ」になってやるんだ!!って身勝手な思いでありますが、そんな強い思いがないと生きていけませんから。次の日からは、また孤独な毎日。
その日を精一杯、幸せに過ごすことで次の夢まで暮らせるのです。
と、他の方からすれば、お気楽に見えてしまうのかもしれませんが・・・。


けど、そこが人それぞれの幸せの在り方なんですよね。
人の持って生まれた、または後天的に備わった感覚。
その感覚は自分だけのもの。
それを大切にしていたいと思っています。
私は私なんですから。

1人1人が持っている幸せの感覚。
尊重しあえると良いですね。
そうすれば人との付き合い方も、優しいものになっていくような気がします。





心の自由

愛虹ことり魚

16.11.21 21:16

がまんがつきものだったりしますが、限界はありますよね

よくここまでがまんできたね、って思いました

限界を越えてしまったら、そのままではとてもきついですよね

自由になれると、生き生きするみたいです

心を書き込みしたかたへの共感といじめからの脱出について

鈴の音

16.11.21 20:28

こんばんは!皆さま今日もお疲れ様です。
少し落ち着きました

元いじめられっ子さん、その経験はとっても苦しかったと
思います…私も小学生のときクラスで小さなグループを作って仕切りたがるひとに逆らっていじめられたことがあります 
小学生とはいえど、先生の見てないときに陰で追い詰める能力?シカト力はあなどれないですよ。きっとゲームみたいな感覚なんだよね、
1学期は誰ってターゲット決めたら、クラスのみんなを巻き込んでやけにコソコソ耳打ちしてきて、ねー、○○ってぽっちゃりだよね〜アハハハって…何がそんなにおかしいのかな〜って
その時は思って2学期になったら急にターゲットが私になってね、私が話しかけようとすると先回りしてわざとこちらをむいてヒソヒソ話とイヤな笑い声で笑うんだよね。
先生に相談したけど、先生ばかじゃないの?って思った。
本人に直接いじめたか?って聞いて素直に言うわけないじゃんよって。先生を頼ることはしなくなりましたね。
私もどうやって乗り越えたかな?って考えたときに、いじめが
くだらないって思ってる男っぽい、いつも男子と外でドッジボールしてワイワイ遊んでる子たちのとこに自分から明るく
入ってったかな。でも不整脈になって、たまに学校サボって
、それでも家まで親友は学校のクリスマス会のお菓子とか配られたもの届けにきてくれて、その子とはもう人生の4分の3は親友なの。続きがありまして実は同じ夢を持っていたのね、そのいじめっ子と。中学生の時は持ち上がりでその人と同じ学校だったからおとなしくしてたけど、高校は学区外の
すっごい遠くの高校に入学して、誰も私の過去を知らないから
すっごくのびのびできたの。高校になれば共学で、周りは恋とかお洒落とかバイトで忙しくていじめなんて「ださいこと」
に使ってる時間がなくて、私は放送部に入ったの。そこで
アナウンスをひたすらやったの。発声練習とか、SONYさんのDATっていう機械で取材に出掛けたりして野球部、サッカー部の男子に大会にかける意気込みをインタビューしたの、
楽しかった。それに放送部特権としては昼休みに好きな音楽かけていいのね、だから「米米CLUB」っていうバンドの
音楽をこれでもかってくらいかけまくったの!一年に一度、高校生のアナウンス&朗読の大会があって そこで出場者一覧にいじめっ子の名前があったの。ヒヤッとしたけれど、勝負!って思った。次の年
一覧にいじめっ子の名前はなかったの。辞めたんだと思う。
私は高校になりようやく顧問の先生や先輩やおんなじ学年の友人たち、可愛い後輩たちに恵まれて、学校卒業してもずーーっとアナウンサーになるんだって夢を捨てなかったな。アナウンサーにはなれなかったけれど、地元のラジオ局で5年間もパーソナリティーとお祭りの司会をさせてもらって、道路交通情報局センターを受けて一年後に欠員補充で受かったの。だから、夢とか好きなことって、ものすごい力なんだよね、こうなりたいっていう気持ちがあれば自分で情報も集めるし、そこに集中していたらいじめっ子なんてさ、言葉は悪いけどクズだよ。そう思う。私の書き込みなんか
今学校でいじめられてる子たちには時代も合わないし的はずれなことばかりかもしれないけれど、つよく負けないで生きてほしいなって、そう思います!!特に福島から自主避難してる大人も子供たちも負けないでね!!きっと味方はいますからね!!

田舎のバカ!!

鈴の音

16.11.21 18:39


それぞれなのに…
不意打ちで困った質問をされることがあります
石井さんよくそこまでご存知で驚きました!!

田舎ではどういう学校を出て、どんな立派な職業に就き
なんの仕事をしている人と結婚をして
子供は一姫二太郎が最高に幸せで…少なくとも二人。

あとは…またその子供がおんなじ人生のルートに乗らなきゃ生きていけない古い風潮がある
そこの何かが一つでも欠けてたら あら、どうしたの?
そんな歳になって何してるの?ってまるで
失敗作みたいな言われかたをする 言わなくても陰で噂されるんです 自分の家庭を棚にあげて。

だから親も心にガードをはるし、必死で良い子に育てよう
優秀に育てようとするのかもしれないです 子供は親の期待に答えたいし喜ぶ顔がみたいので必死にがんばります…

けれど、いつか壊れるときがくる…一人の、親とは違う人格をもった者の心を何もかも自分のお人形、、
フィギュアみたいに思い通りにしようと無理やり力を加えれば
ある日突然、暴れて物を投げつけられて
ポカーンとしてる間に自分の言ってきたことと同等な仕返しが
まさかの愛する子供から冷酷な言葉と冷めた表情で
突き放されるときがくる…私は親なんかいなくても生きていける それ以上うるさいことを言うのだったらあなたを捨てます…神仏の教えに逆らってもそうするしかない場合もあるんですよ!!

田舎の家庭の内情なんていうのは、隠してるだけでそんなもののような気がします…

親戚の集まりに参加していると大人たちばかりが鼻を膨らませて我が子、孫の自慢合戦で 内心早く帰りたいって思いながら
ポチ袋を子供たちに渡す、そんな季節だな〜イヤだなぁ!

結婚は我慢、忍耐。愛だの恋だのなんていうのは3ヶ月ももてばいいんです。家事という、終わりのない好きでもない作業に時間を割いて、結納、結婚式一つ開くのに家と家との確執もあったり小競り合いですよ。自己都合で欠席しといて引き出物が皆と違ったってだけで文句だけの電話をかけてくる!!


だから自由そうな場所に行きたいし自由そうな人の歌を聴きたいんですよ(失礼なこと言ってますかね(汗))

ただ、私は自然豊かなこの土地をとても愛しています。
夜の月も星もダンスもロマンチックなものは私には必要です!
ロマンチックがなければあとどうやって暮らせっていうの?って思う。こんなに本音を書かせてもらって(汗)また
明日から建前の笑顔で生きていく(笑)!そうですよ、石井さんの仰るとおり疑わず信用しすぎて作った傷がいくつも。腹立たしいけれど
最初から何もかも疑って、夢はこれぐらいでいいやって若いうちに諦めて壁をつくってありのままの自分を魅せないで好きなこと
言わないで、失敗しないで器用に生きていくってつまんないんじゃないの?失敗するから歌に感情込められるし聴いてるほうも、余分て思ってる経験がある人ほど深く歌に共感できたりするんじゃないのかなぁ?いじめられたりしてでもなんとか生きてきてその傷ついたままの心があるから、優しい歌詞に涙し、共感できるんじゃないのかなぁ?!
載せてもらわなくていいんで…書きたかったんです!!






節電対策

ヒトデ梨

16.11.21 16:11

体力のないご年配者やお子さんが安心してゆっくり楽しめるように、青空の美しい涼しい秋に東京五輪開催の開催日を延期すれば、選手にも観客にも、サポーターにもファンにも環境にも優しい五輪になると思いますね。

幸福って何?

石井竜也

16.11.21 12:16

まだ言い足りない。例えば僕は、ステージに立つことは幸福感とは言えません。それはプロとしての責任があるからです。アマチュアで、遊びでできたら、どんなにか、楽しいだろうにとも思います。でも、高揚しないか?と問われれば、一定のオルガスムスは感じるわけです。この絶頂感が、幸福感と勘違いする原因なのです。例えば、ブータンという国は、幸福指数が、高いとか、日本は、これだけものが充実してるのに、自殺者が多いとかよく、知ったかぶってるなんとか博士みたいな、胡散臭い人々が言ってますが、そもそも、考え方も、人口も、社会制度も、文化も違う国同士を、横一列に並べて、比べること自体、ナンセンスでしょ?僕は、親父が死んだ時に、思い知らされたことがあります。後半、父親は、どんどん、人格や言動、行動が幼児化していき、まるで、違う人間になってしまったように感じて、悲しいのを通り越して、疲れました。しかし、見た目と本人の負担を考えたら、それでいいのかもしれません。子供への責任も忘れ、家族を支えなければならないという責任からも離れて、もちろん、夫婦の絆さえ忘れて、孤独なはずなのに、なぜかお花畑にいるように、次々と、幸福な風景にいるのです。まるで、死の恐怖とは縁遠い父を見て、僕は、「これも、幸福なのかも?」とさえ、思いました。人は永遠に生きることはできません。いつかは誰でも死ぬ時がやってきます。その時に、死との恐怖を味わいながらじわじわ3年かけて、死んでいくなんて、俺にはとてもできないでしょう。親父がなくなって、数年後、自分の中で何かが変わりました。幸福が、人それぞれなのだから、死への考え方もまた千差万別。ましてや、話がここまでくると、サイエンスで、幸福になるなんて、よっぽど、命がけで節税に命を燃やし、窮屈に窮屈を重ね、好きなことはすべてやらず、贅沢なものも、食べない、そんな生活が、可能か?少なくても、幸福感とは、程遠い。経済観念と、人生を、そもそも、幸福感で結ぶことこそ、本当の不幸かもしれませんね?

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