MIND BBS 〜掲示板〜

アレルギー

愛虹ことり魚

15.05.22 22:07

アレルギー反応がつよく出てしまうために、生活に支障がある方々がいらして、それは本当に、大変なことなんだなって思っています

こんなものに出てしまうの?と思えるものにも、アレルギー反応が出てしまう
アレルギー反応が出たら大変なので、気づかいながら生活を送られています

食べ物だと・・・私が少女の頃は、給食は残さずに食べましょう〜でした
あの頃は、大丈夫だったのか、知られていなかったからなのでしょうか
今は、アレルギーのある方のために、食品には表示があったり、気づかいがされています

人間

愛虹ことり魚

15.05.22 20:47

やっぱり、いちばん恐いものは、人間なのかなって思ってしまいました
放射能より、何より恐いのかもしれないです
人間にとっての素敵な未来というのは、どんな未来なのかなって思いました

どこかの国からみたら、日本は天国みたいだそうです
天国みたいな日本に暮らしているのに、さむくて、こごえている人がいるのは、どういうことなのかな
しあわせを感じることのできない時を過ごしている人がいるのは、どういうことなのかな

天国というものがあるとしたら、その場所は、ずっと、しあわせなあたたかな光に包まれていると思います

めぐり合わせ。

KAZ

15.05.22 20:28

「幸も不幸も連れ立ってやって来る」と言われますが、今日はそんな一日を経験しました。

水曜日の朝が発端です。少し前にかがんだ瞬間、全身が鳥肌とは違う違和感に襲われ、右腕全部が痺れ、呂律がまわりませんでした。脳梗塞の症状ですね。1時間もしないで元に戻りましたが、掛かり付けの医者から紹介状を書いてもらって即、公立病院へ行きCTスキャンを撮りました。その検査では異常は見られませんでしたが、念の為に今日MRIの検査をしてきました。結果は軽い脳梗塞でした。心臓から血栓が脳に流れて脳梗塞を起こすことも有り得るということで、24時間のホルター心電図を着けています。
CTを受ける際、医療被曝についても考え調べたりもしましたが、やっぱり今ある命が大切ですからね…。私も置いてゆけないヤツがいますし。
病魔はいつ襲ってくるか分かりません。私は40代前半ですが、年齢は関係ないと今回痛感しました。
そして、定期的に検診は受けておいた方がいいですね。それで見付かる事もありますから。

そして、またすみません。前回に似たような話しになってしまいますが、午後帰って来ましたら、ずっと具合が悪かった外犬が亡くなっていました。もしかしたら、私の体内の悪いモノも一緒に持って行ってくれたのかな…?なんて姑に言ったところ、「今日は、主人の兄の命日なんだ」と。
夕方ではありましたが、お墓参りをして来ました。
いろんな感情が流れていった一日、何かのめぐり合わせかなぁ、と思っています。

皆さまも、自分の身体は自分しか分かりませんので、どうぞお大事になさってくださいね。

長々しく、私事を大変失礼いたしました。

いろんな人と人

Yoshimi

15.05.22 13:53

生命は、自分自身だけでは完結できないように、つくられているらしい
花もめしべとおしべが揃っているだけでは不十分で、虫や風が訪れて、めしべとおしべを仲立ちする。
生命は全てその中に欠如を抱き、それを他者から満たしてもらうのだ。
世界は多分、他者の総和。
しかし互いに欠如を満たすなどとは知りもせず、知らされもせず。
ばらまかれている者同士、無関心でいられる間柄。
そのように世界がゆるやかに構成されているのは、なぜ?
花が咲いているすぐ近くまで、虻(あぶ)の姿をした他者が光をまとって飛んできている。
私もあるとき、誰かのための、虻(あぶ)だったろう。
あなたもあるとき、私のための虻(あぶ)だったかもしれない。


最近、とても好きな詩人で、今は亡き吉野弘氏の「生命は」という詩を紹介させていただきました。
なんとなく、現代社会にちょっと疲れた心の中にスンナリと入ってきて、実に人間味豊かで的を得た優しい詩だと思いました。男女間から友人同士、会社の人間関係、被災地の人々、子供や老人、傷害をもつ方々など、あらゆる人と人との繋がりに響く内容だと気付かされます。

花実月さま、とても優しくて的確なお言葉をありがとうございました。すごく元気をいただきました。
そして、一昨日の夜に、TVに出演されていた石井さんからも、でっかい元気をもらえました。
いつもドキドキワクワクを、ありがとうございます。

トリミングされた世界の中で。

花実月

15.05.21 10:32

私たちはどこからきて、どこへいくかもわからず、毎日の様々な不安を抱えながら、自分のやるべき事をこなし、いろんな責任を背負って生きているんですよね…。
その限られた表面上の世界では、常識という枠の中、自分は悪いことはしていないはず…でも、とりたてて、良い事もしない(できない)。その枠からはずれた世界にはなるべく眼を反らし、感じないように、考えないように過ごす。自分が生きていくために必要なだけの仕事や役割を、淡々とこなしていくだけ…。
本当にそう考えると、『自由』っていうものなど、この世界に、どこにも求める事など不可能なのかも知れませんよね…。
Yoshimiさまの書き込みを読ませて頂き、本当に、人は身近な人の死に直面した時、今、自分が生きている事、ただ命がまだある、喜びや悲しみ、楽しさも苦しさも、全てを感じられる事、このかけがえのない時間は、決して永遠ではない事を実感します…。
不安や絶望の中にいても、このかけがえのない瞬間瞬間を、どんな風にくいなく過ごしていくのか…何を思い何を選び実行していくのか…自分以外の他の人たちにとっても、大切な瞬間瞬間であることも常に感じながら、せめて、互いに良い影響を与えあいたい…出来るだけ助けあい、良いところを活かしあっていければと、心から思う…。



私も、石井さんのテレビ生ライブ観ました!人を笑顔に元気にさせる、石井さんの歌の力、エンターテイナーとして才能、改めて感じていました。
石井さんと共に清志郎さんが大好きな私は、石井さんの歌う『雨あがりの夜空に』に感涙…本当に嬉しかったです。


ジャッコさま、優しいメッセージありがとうございます!富田林市!うちの父親の故郷です。なんだかまた、この場所で繋がってる方々との不思議なご縁、感じてました。

地球の濃度

愛虹ことり魚

15.05.21 00:10

戦争も、自然の猛威も、もちろん恐いと思っています
そして、恐いと思えるものは、他にもあります

放射能が恐いというのは、今よりも、この先の未来に、ずっと先の未来にまで影響があるのではないのかなということ
それなのに、大丈夫みたいにしている所があるという事です

地球が、どんどん汚れていってるという感じ
放射能の濃度が、濃くなっているのではないのかなという感じ
このまま、ずっとそうなのかなと思ってしまいます

放射能問題

葉月

15.05.20 23:41

今国会初の安全保障関連法案に関する党首討論、論争に、この法案が、今後の日本の方向性にいかに重要であるのか?戦後70年、節目の年でもあり、考えさせられますよね。。。


先日、長崎を訪れた際に、原爆資料館にも行きました。原爆当時の街や人体への甚大な影響は勿論ですが、戦争中、原爆投下が長崎に決行されるまでの経緯、そして、戦後から現在に至るまでの核保有国における核実験の回数も掲示されているのですよね。びっくりするような回数。内容を詳しく知っていくと、直接的な事は書いてないけれども?って思う。実は、日本だけの汚染問題ではないという事。石井さんからの放射能問題についてのメッセージを合わせて読んで、一層納得していました。地球は、痛めつけられ、苦しめられているのですよね。悲鳴を上げている様に思えてならないです。。。

P.S.
水曜歌謡祭観たよ~!皆様も?盛り上げ上手な石井さん!生はイイですね。私的に石丸幹二さんとのコラボ願っていただけに良かったです。


曖昧な事は、完全な言葉は出せない。(本音)

石井竜也

15.05.20 01:58

要するに、こういう事ですよね?科学な完全なる答えも出ず、人の人生に与える影響も確実な誰も責任を持てない答えは出せない。また、90%は、わかってはいても、言えば、色々なイデオロギーからの圧力がかかるから、恐怖で言えない。または戦えない。ここで僕は考えるのです。今までの歴史で、どれだけ国というものに私たちの人生は、助けられましたか?一部の利得者による経済構造、政治に優しい国作り、国民は、働き、技術を開発し、横にはみ出せばつぶされる。僕は別に左翼でも、右翼でもありませんが、日本に生きている以上、多少は右翼と呼ばれるのかもしれません。それでも、僕は、国家も歌うし、日本人としての名誉もあります。でも、一旦、経済機構や国家政策と言った事に関しての、発言には、より多くの気を使います。メディアに出ているという事は、そういう事なのです。ですから、ここでの発言も、かなりの神経を使います。一言だけ、放射能問題について、言わせて下さい。まずは、この問題は、福島だけの問題ではない。世界の核保有国には、相当の放射線量が、存在し、日本だけがまるで放射能の中心地のような言い方をする国ほど、自国の線量を隠していると言ってもいいでしょう。国の名前は言えませんが、先進国の放射線量は、東京や福島の比ではありません。海洋汚染も、深刻です。特に、『閉じられた海』として、地図に乗っている、海洋汚染は、日本近海の比ではない事を、ここでキッパり言っておきましょう。それと、経済問題の中枢は、自国通貨が国際通貨である事あることは、非常に強い影響力を持ち、また、国民一人一人にも、それなりの責任や、マナーが求められるという事。「自分は、貧乏だ」と、思っている人は、もっと、世界を見るべきです決してGDPだけで国民の人生・生活満足度を測る事は出来ません。でも、世界には、国民の殆どが、貧困である国もあるのです。貧困の定義を間違えて使うと、こういうものの言い方になるのです。今まで僕が話した事全ては、心情的な事を抜かして、一足飛びに現実社会の構造だけを羅列したにすぎない事を覚えていて下さい。人は、心をもつ生き物です。いくら、イルカの追い込み漁が、必要な文化だと言っても、イルカ好きな僕には、そんな残酷な事は、許せません。こういうと、「じゃあ、家畜の殺され方を知っているのか?」等と、叱られますが、僕の故郷にも近くの山村などに、屠殺場があり、豚が喉頸を、描ききられて、窒息死するところも見ました(S44年当時)それでも、豚肉は、ガツガツくってます。つまりは、人が生きて行くのに、必要だから殺されるのと、なくても我慢出来るのに殺しているのとでは、意味が違うし、比べちゃいけない。牛の屠殺など、もの凄いですよ、次々に、首しか出ない、狭い囲いに追い込み、喉の下から頸動脈めがけて、のこぎりのように、長い包丁で、切り裂いて行くのです。子牛は、空気銃で、脳天に、空気の強力な圧力で撃ち殺します。僕らの人生の裏側を見ないで、表だけを、見る事は、大人としては許されません。人間は、何かを殺しながら生きているといっても過言ではないのです。しかも、その矛先は、既に何十年も前から、一般市民に向けられ始め、あらゆる分野で、使用されるものに、アレルギーを発症しているし、直す方だって利権が絡んでいます。つまり、僕らの社会的構造の中に、「人に優しい、構造などない」といっても過言ではないという事。この世界で生きて行くには、「無理矢理、競争させられる事から逃げ出す事は出来ない」ようになっているのです。・・・悪い事なんてやらなくても、とっくの昔に、手錠と、おりに入れられているに等しいという事を、考えた方が楽になる。僕はこの現象を、「おりの中の自由の叫び」と呼んでいます。自分は、おりの中に、猛獣のように入れられているのに、大きな声で、草原に向かって、「私は、自由だ〜〜〜〜!!」と、笑顔で言うように教育され、導かれている。だから、俺は、大きな声でこういう、「俺は自由だ〜〜〜〜、・・・もの凄い責任も背負されてされてるけど・・・(小声)」

心の眼

愛虹ことり魚

15.05.19 22:01

私はやっぱり、放射能が恐いと思っています
どう表現をしたらいいのかわからないのですが、恐いと思っているから、恐いと思える部分が寄ってくる
何かを見たり、読んだりすると、放射能は恐いという部分が浮き出てきてしまいます

そんなに恐がらなくてもいいんだよ、自然界にだって存在しているし
あっちにも、こっちにもあるし
ここも、あそこも大丈夫だよ

私はそう言われても、疑ってしまいます
前みたいに、放射能が恐いという気持ちに飲み込まれてはいないので、その点は大丈夫です

心の眼で見なさい
そういう言葉を聞いたことがあって、心の眼は、みんなそれぞれ違います
そして、ひとりのその時その時の心の眼も、違っていると思っています

私の心の眼は、正しいのか、どうなのかがわからなくなることがあります

だけど、それを本能というのなら、自分の心の中で感じたことというのは、素直に受けとめたほうがいいのかなと思いました

私は、GAコンサートのACTのロッタル君の言葉が忘れられなくて・・・
私たちひとりひとりの考え方と行動で、未来が変わってしまう
ロッタル君のいる未来は、悲しい未来でした
ACTで描かれている未来は、人間にとって、なんか悲しい未来ばかり
素敵な未来は、夢の中

何とも言い難い想い

Yoshimi

15.05.19 14:03

悲しい知らせが届いてから、およそ10日が過ぎようとしています。
ある日、友人グループのLINEが届きました。高校時代の同級生が、昨年の11月にがんにより、懸命な治療の甲斐もなく、天に召されてしまったとの事でした。きっと、いろいろなご事情がお有りだったのでしょう、ご家族だけの密葬で葬儀を済まされ、数ヶ月ほど経過して偶然ひょんな事から私たち友人のもとに、その訃報がまわって来たのです。本当に、この上ないショックでした。
普段は会えない友でも、どこかで家族みんなと、きっと元気に暮らしていると思い込んでいたから・・・。
娘さんの花嫁姿も見られず、年老いた実のお母さまを残して逝ってしまいました。本当に無念だったと思います。また、残されたご家族の悲しみを思うと、とても遣り切れない思いです。
その一報から1週間ほど経過したとき、急遽、東京へ行く用事が出来たので、これは良きチャンスとばかりに、彼女の眠る墓前にお参りしてくることができました。東京の古き良き風情が色濃く残った寺町の一角に佇む菩提寺は、小高い丘の上から町を見下ろせるようなすてきな所でした。
生きたくても生きることが叶わなかった無念さは、私の想像をはるかに超えるものかもしれません。
彼女の死は、本当に早すぎました。これから、少しずつ自分のための時間が、作れるようなときに・・・
改めて思います。多少の苦しみや辛さ、苦労は人生のエッセンス、彩です。
そこを通り過ぎてみて初めて実感します。人生、簡単じゃないからこそ、やり甲斐もあるもので、必ず皆さん乗り越えられます。しかし、時間だけはどうにもなりません。
今、ここに生きて、一緒に泣いたり、笑ったり、怒ったり、歌ったり、語ったりできることが、どんなに有り難いことなのか?この一件で、また、改めて考えさせられました。
お参りの最中、夕日の中にサラサラと吹く風は、彼女からの優しいメッセージだったように思えます。
来るの遅くなってゴメンね。ご冥福を祈ります。

私事を、長々とすみませんでした。そして、あれから何とも言いがたい想いを、こちらに書かせてもらえたことに、感謝しています。ありがとうございました。

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