MIND BBS 〜掲示板〜

花も人も。

atsuko

13.08.05 18:31

花が咲かなくてもそれでいい、っておっしゃること
私は初めてそんな風アタタカイ受け止め方を
知りました。
花は咲くから綺麗、咲いている花を綺麗だなって
思って、横のまだ蕾は見えててもいつか咲くんだろうと
その蕾の未来、咲いたのか咲かなかったのか。。。
考えたことがなかったです。咲いたことを喜んで、咲いたことを頑張ってることだと、
当たり前のように思っていたので

朝から石井さんのメッセージを読んで
初めて知った目線、温かさに泣けてきました。

花も人も一緒。
撫でてもらえる。綺麗は変わらない。
大事にしますこの気持ち。

石井さんは本当に素敵です。

訂正

葉月

13.08.05 17:19

英国が米国と協定を結ぶという表現がまずくケベック協定の事?と誤解を招くので、今回公式に明らかになったのは、英政府が米側に対し日本への原爆使用に同意した、すなわち、共同決定をして対日へ原爆を使用した。米国の単独判断ではなかったということです。

黙して語る

葉月

13.08.05 12:28

最近、新聞の投稿欄を読んでも「戦争を語れる人は減ったね」とよく書かれています。戦争体験者ではっきり覚えている方は80代以上からでしょうか。体験者から実際話を聴くのが難しい中、資料館の役割は大きいと思います。私も、何度となく足を運び、平和を祈りました。

原爆投下時刻に時間が止まった時計。

爆熱で液体のように溶けたガラス瓶。

お昼食べるはずだった焦げたお弁当箱に、黒いご飯。

幼い子どもが乗ったまま命を落とした三輪車。

何でか分からない状況の中、髪の毛が抜けていった女学生の髪の毛の束。

皆、戦争を伝えています。

なぜ原爆投下まで至ったかの過程もそこには書いてありますね。昨日ぐらい、英国が米国と協定を結んでいた事も明らかにして認めましたね。

8月6日 8時15分 ヒロシマに向けて平和を祈ります。



 


R

13.08.05 10:49

高校時代、部活動で、植物採集をしに山へ行きました。すると、一本の美しい、凛とした花が咲いていました。私は手折るのが、とても嫌でした。でも、部活動の役目なのです。仕方なく、可哀想だと思いながら手折りました。きっと、戦争もそうなのでしょう。あの時の記憶は今でも鮮明に残っています。もし部活動でなければ、手折る事はしませんでした。命の尊さを学びました。

育った環境が人の心を支える

いちじく

13.08.05 09:26

生きていくうえで、困難にぶつかったとき
大切にされた記憶がある人と
そうでない人には大きな差が生まれる・・・

子供のころ、掃除機をかけておいてと言われて、
その仕事を終えた自分には達成感がありました。
でもその後に、「ありがとう」と言いながら
親は掃除機をかけなおしました。
毎回です。

一生懸命やっても認められない自分に、
自信が持てなくなりました。

いま、以前に心理士から勧められた
『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクルを読んでいます。
ナチス時代に、強制収容所で体験したことが書かれています。
読まれた方も多いかもしれません。
私も以前に読んでいることを忘れて、
また読んでいました。
強制収容所での体験記ですから、
誰にでもおすすめはできません。
かなり悲惨な場面もあります。

過酷な状況で人が生きていくとき、
幸せな思い出や、大切にされた思い出が
生きる糧となっていくことを、
強く感じます。

親にも、また同じことが言えるのだろうなって
思います。

震災後、この本、静かなブームになっているそうです。

これからを生きる子供たちに、
大切にされた思い出や、幸せな出来事、
そういったあたたかい思い出をたくさん残せるように、
大人は、行動したいですね!


P.S.1:Around.Tさま、メモリアルリーディングコンサートでの、
石井さんの言葉、タクシー運転手の方のお話、
お伝えくださってありがとうございました。
『憎しみや悲しみを、祈りにかえる』
平和への大切な心ですね。

P.S.2:我が家の朝顔も、数日前に大きなプランターに植え替えました!そうしたら、枯れていたつぼみが、大きくなり始めています!
まだ色はわかりませんが・・・^^;。育つ環境って、大切ですね。













信頼とゆう愛情

scorpie

13.08.05 09:17

今、この世界に欠けているもの



信頼されているとゆう愛情

猜疑心が戦争を生んでいる..
全人類が本当に家族と兄弟としてありえるなら、戦争なんて起こらないだろう

皆、愛されたい
それは一人の人間から始まるのかもしれない
相手を信頼するとゆう事。
石井さんがおっしゃったように人の苦労、努力などは計り知れない。それならせめてもの心。皆、必死に一生懸命に生きている。それを信じてあげれる事も愛情の一つだと思います。




認める

MEGUMI

13.08.05 08:43

ついに東電が、一日に400トンの汚染水が海水に漏れていた
可能性があると認めました

たった一日で400トンです
一年で14万6000トンになります
私は正直、数値が大き過ぎて実感がわきません

しかも、11年5月から海水に流れ出ていた可能性も
認めたようです

これによって、はっきりしたのは
確実に大平洋側の汚染は広がっているということです

海水浴もですが、海産物を食べる際にも
この事実を忘れないで頂きたいです



個人的な感想で申し訳ないのですが
石井さんは、本当に素敵な家族の中で育ったんだなと
いつも、羨ましく思います
今の石井さんから愛が溢れているのは
たくさんの愛に囲まれてきたからなのでしょうね

蕾は命の可能性。

花実月

13.08.05 07:47

石井さんや皆さんのメッセージを読んでいて、蕾というまだ青く小さな固い膨らみが、花として開く過程の中に、生命の持つ力、まわりの環境からの影響、それを見守り育てていく人の、命への優しさと温かい配慮が、どんなに大切かというのを、また改めて感じさせて頂いています。

人も花も同じ。
どんな花が咲くのかはわからないけど、今、ここに存在している、育っていこうとする命を、大切に見守って愛情を注いで、その力を信じて助けていってあげたい。咲いた花は、結果ではあるのですが、それがどんな花でも、万が一咲かなかったとしても、そこまでの道のりを本当に大切に感じる事ができたら、心穏やかに、全てを受け入れられそうにも思えますよね。

ヒロシマ

Around T

13.08.05 03:42

メモリアル リーディング コンサート 参加しました。
当日、コンサート前に、平和記念公園を訪れました。
中学の修学旅行以来でした。
原爆ドームの周りをゆっくり歩き、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしました。
そこから、公園内を歩き、たくさんの碑にお参りしました。
修学旅行で、訪れた場所もありましたが、訪れなかった場所もたくさんありました。
供養塔の下には、多くのご遺体が荼毘に伏されたとあり、お参りさせていただきました。
そして、私が歩くここにもきっと多くのご遺体があるのだろうと思いめぐらしました。
朝鮮・韓国の犠牲者の碑も1999年に公園外から中に移設されたということで、今回初めてお参りしました。
その後、資料館にも入館しました。
子どもの頃に見た感覚が彷彿とし、また、新たな感覚でそれらを見つめなおしました。
多くの外国からのお客さんもおられました。
石井さんがおっしゃったように
「広島は、恨みや憎しみを祈りに換えた街。さらに平和を発信する基地にした街。」
唯一の被爆国であり続けたいと願わずにはいられません。
でも、フクシマという新たな被曝を産んでしまいました。
往き返りに乗ったタクシーの運転手さんとお話をさせていただきました。
「みんな、放射能の怖さを知らなさすぎる。」
「逃がすのが、逃げるのが遅すぎる。私らだったら、すぐに車で逃げられるところまで逃げたよ。」
「あの町には、帰らない方がいい。」
「あの佐々木禎子さんも、10年後に発病したんだよ。福島の子供たちの10年後が心配だ。」
「なんで、あの時子供たちにすぐヨウ素を飲ませなかったのか。」
「みんなが、ガンになるわけじゃないけど、なるかもしれないと怯えながら暮らさなきゃならないんだよ。」
「放射能の研究は広島が一番だから、あんたの友達になんかあったら、広島で見てもらいなさい。」
病院の名前も場所も教えてくださいました。
その一つ一つの言葉が重かったです。
第二のフクシマを産まないように、日本中、世界中に放射能を拡散しないように、何とか早く手を打ってほしい。
そう思いました。
「広島に来たらいい。放射能の怖さを知ってほしい。どうにかしないといけない。」
運転手さんは話されました。
石井さんのお蔭で、また、心の眼を開くことができました。
ありがとうございました。

咲かない花も良いもんです。

石井竜也

13.08.05 03:00

「花は、咲いて当たり前」という考えは、ある意味「肉はパックに入っている」と同じ意味になります。数ある花の中には、咲かない花もあるのです。でも、僕は思うのです。でもその咲けなかった花も、花には違いがない。たまたま、気候のせいか? 人災か?何かの加減で、咲けなかったのです。でもこの季節が来て、きっと、咲こうと努力したはずです。一生懸命、水を吸い込んで、養分を取り入れて、弱い体を一杯にのばしてお日様を受けようとした事でしょう。彼女の努力を、計り知る事は出来ません。でも想像はできます。花は花のように生きたい。人間が人間らしく生きて行けるのが幸せのように、どの生命も、そのありように忠実に、自然と平和に暮らしたいのです。憎まれ口を叩きながら、母親の弁当の温かさを、鞄から取り出して、ほっぺたにくっつけて、僕はいつも真冬の登校を我慢出来ました。「ああ、今日も卵焼きだよ・・・」と思いながら、嬉しくて、スキップまでしゃちゃった。子供が親を思うときの表情はそんなときです。夏休み、海水浴に行った時、パラソルの下でお父さんがビールを飲んでいて、言った言葉「水平線を追っかけて行くと、いつの間にかここに戻るんだぞ」ってね。学校から帰ってきた時に、破けたつま先を見つけて、お婆ちゃんが言った言葉「どれ、その靴下の穴、縫っといてやるからこっちによこしな」俺は、当たり前のように靴下を渡す。するとあばちゃんは「こうやって、繕っているのが、おばあちゃん、だ〜い好き!」こんな愛情に満ちあふれている言葉がありますか?おじいちゃんに叱られてメソメソしてたら、おじいちゃんがそっと、泣いてる俺の耳元で行った言葉「お前は、お父ちゃんにそっくりだ。お前は甘っちょろい人間にはなるなよ」あの笑顔は一生僕の心の宝です。そして、最後を迎えた頑固爺を最後まで看病した母親が行った言葉「おじいちゃん、はじめて、ありがとうなって、言ってくれた・・・」なんだかその時にお袋の顔は、重い荷物がなくなって楽になったというより、大切なものをなくした顔だった。感謝して生きて行く事を、僕の両親は教えてくれました。子供に教える事なんて、大層な事じゃなくて良い。立派になれ!!なんて、言わなくて良い。「お前には、お前の良さがきっと、あるんだよ」って、ただそれだけで良いのかもしれませんね。人は、一度しか生きられません。花が咲こうが咲かなかろうが、ただ一度なのです。花が咲かなかったから、気の毒とは思いません。花は咲いてこそ当たり前とも思いません。そう思うと、咲かなかった花には、「よく頑張ったね」と、頭をなでられる。咲いた花には、「よく咲いてくれたね」と、これも頭をなでられる。結局、咲いても咲かなくとも、花は、花。奇麗なもんです。

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