よっちゃんさん
kimie
13.04.12 16:02
この世に生まれてきた意味がすごくあった方なんですね!みんなにかわいがられ…エンジェルのような方…今でも石井さんたちをずっと見守ってくれてるんでしょうね。

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よっちゃんさん
kimie
13.04.12 16:02
この世に生まれてきた意味がすごくあった方なんですね!みんなにかわいがられ…エンジェルのような方…今でも石井さんたちをずっと見守ってくれてるんでしょうね。
何がちかうのですか?
@かまくら実和子
13.04.12 15:59
てっぺいちゃんのお菓子工場と私の知っている工場では、何がちがうのでしょうか?
時代が違う?
地域的なこと?
…そうではないですね、人=心が違うだけです。
みんながてっぺいちゃんのおじいちゃんやお母さんみたいに、当たり前に平等に一生懸命の人には、心から一生懸命に接してくれる心があれば、、
悲しい思い、くやしい思いをしなくてすむのに…
でも、人の心ほど 他人にはどう変えることも出来ないものです。
涙が止まりません。。。
とても素晴らしい環境で働いていたよっちゃんという方がいたんだ、そして、今もそんな優しい場所に身をおく人もきっといるんだ。と思えて、心が軽くなりました。
てっぺいちゃんのお菓子工場(なんだかチャーリーのチョコレート工場みたいですが)のことを彼らに教えてあげたいと思います。
きっと、今の状況の中に本の一筋の光を見つけられるかもしれないので。
てっぺいちゃん。皆さん。本当にありがとうございます。
無題
いちじく
13.04.12 12:59
いつも肩に力がはいって、
がちがちになりながら、
必死になって生きている・・・
自分を守る為に、必死になってる・・・
自分の消えそうな「自己肯定感」を守る為に・・・
自分という「商品価値」をあげる為に・・・
でもそんな必要なかったのかな・・・
『結局、人』
石井さんの言葉で、
少しわかったような気がしました。
誰に対しても、自分に対しても、
子供を見守るような温かくやさしい『微笑み』
そんな気持ちで物事を見る事ができたなら・・・
すごく気持ちが楽になりました。
人のとがった感情にぶつかっても、
自分のネガティブな感情も、
ふ~っと、やさしく包み込むことができて、
みんな違うんだって事が、
す~っと、わかりました。
小さい頃から、当たり前に
一緒に過ごしてきたなら、
障害がある・ない、なんてくくりを作らなければ、
子供達って、すごく自然に
当たり前に、助け合って生きていますよね。
本当に支援が必要な子には、
自然と手を差し伸べてくれています。
学校や就職も、
区別なく、最初から、
当たり前に一緒に過ごすことができたなら・・・
日本では、長い間、
精神疾患の人を社会から隔離してきた結果、
もう何十年も入院生活を続けてきた人たちは、
高齢も手伝って、
社会復帰が難しくなっています。
「頭おかしいんじゃない?」
ちょっと人と違った行動
をする人に対して、
何気なく発せられた言葉・・・
そしてそういう人に対して、
冷たい視線が向けられる・・・
受け入れられないことに傷ついてきた人たちは、
人を信じられなくなってくる・・・
もし温かいまなざしで見守ってくれたなら、
何かが変わっていくのかもしれません。
どうしてこの人はその行動をするのか・・・
相手のことを知ることから、
「考えることからはじめよう」
本当に大切なことだと思います。
いつか、どんな人も当たり前に
生きやすい社会になるように・・・
まずは自分の心から・・・
ポジティブに考えていると、
不思議とポジティブな事柄が戻ってきますね!
よいスパイラルになりますように。
いつも石井さん、皆様の言葉に、
いろんなことを考えさせていただいています。
この場所にとても感謝しています。
いつも、ありがとうございます☆
苦くて、温かい思い出。
石井竜也
13.04.12 11:31
昔、家は、お菓子の専門店として、かなり手広く和菓子から洋菓子まで扱っていました。もちろん、工場で働く社員も、あの小さな町にしては、多い方だったと記憶しております。お袋が潤滑油のような役割で、無口な親父を支えていました。また職人肌の厳しい指導をする、祖父のクッションにもなっていて、お袋は、職場では、「お姉さん」と呼ばれていました。小さな俺はこの「お姉さん!ここはこれでいいかな?」とかと聞いてくる従業員の人たちを、敵対してました。「ママは、俺のママだ!」とかいう風にね。そんな中、お袋は、「あいよ!」っと、快く説明、指示しながら、誰にでも、平等に接していました。今考えると、びっくりする程、人に値段を付ける人ではなかったなと、感心します。その職場に、近所から、アルバイトで手伝いに来ていた、オーティズムのお姉さんがいました。工場では、「よっちゃん!」の愛称で、親しみを込めて、そう呼んでいました。僕の子供の頃の目線で見ても、健常者と全く変わらなく、怒られたり、かわいがられたりしていたのを、覚えています。ある時、クリームの中に、石が入っている事に、気がついたよっチャンが、社長であるおじいちゃんに、その事を伝えました。すると、おじいちゃんは、凄く怒って「作り直せ!」と、一喝したのでした。その時、工場の全ての人が祖父の周りに集まり、よっちゃんのせいではない事を、涙ながらに言うんです。「親ッさん、(当時おじいちゃんはこう呼ばれていました)これは、俺の不注意でこんな事になったんだから、よっちゃんのこと、怒らねえでくれねえかな?」そう言ったのは工場長のおじちゃんでした。彼は、いつもは、寡黙で黙々と和菓子を作る腕のいい、和菓子職人でした。おじいちゃんは、次の瞬間、よっチャンに、「よく見つけてくれたな、凄いぞ」と言い直してました。こう言う事は、子供はいくつになっても、覚えています。必至に働く障害を持つ人、それを温かく見ている健常者、そんな堅苦しい事じゃなかった。少なくても、あの職場には、よっチャンは必要だったんです。彼女がいてくれたおかげで、お袋もいい役割として、職場になじんでいた。「人間らしい社会」なんていうより、日本の美しさは、人情の美しさでもあったのです。よっチャンが、身体の変調を来し始め、工場を去る時、おじいちゃんにホイップクリームをかき回すための泡立て様の道具を、ほしがっていました。それを、知っていた親父が、「持って行きなさい」と、よっチャンに記念にあげていたのを昨日のように思い出します。俺が絵を始め、親父もこの商売に見切りを付ける頃、ふらっと、こんな事を言ってました。「あの頃は、よっチャンが、随分助けてくれたなあ・・・」ってね。おじいちゃんが寝たきりになり、経済的にも過疎化の進む一方だった小さな町での、未来は見えなかったのでしょう。商売をたたむ方向に舵を切った親父の中には、寂しさの中に、いい思い出の断片として、確実にインパクトのある思い出として、よっチャンがいたのでしょう。人は、一緒に何かをする事で、障害も、何もかも、飛び越える事が出来るんです。あの頃の工場には、笑い声が響いていました。思い出すと、今でも目頭が、熱くなります。みんなが必至で生きていた。生きているからには、誰でも並列に見る癖がついていた。怒るものあれば、かばうものありというチームワークがあった。社会がこんな風に動いて行ければ、きっと、奇麗ごとじゃない、障害を持つ人々との関係も上手く行くのでしょうね。僕の人間形成にもきっと、大きな1ページだったんだと、今考えても思います。40年も前の事でしょうか?記憶も断片的ではありますが、その頃、子供だった俺には、色濃い情景として、今でも心に残っています。その後、いつの間にか、時間が経ち、よっチャンは、亡くなったと聞かされたのは、俺が中学を出る頃でしょうか? まるで、天使の様に現れて、消えて行ったようなイメージがありました。人は、こんなに優しくなれるのですね。
理想と現実。
花実月
13.04.12 10:12
世の中にはいろんな人がいる。いろんな国がある。いろんな考え方がたくさんあって。
わかりきってる当たり前の事なんですが、みんな仲良く、みんなが幸せになるという理想と現実はかなりギャップが大きくて。
みんな誰も間違ってないと思いながら、自分を信じて(信じようとして)、必死に何かを守りながら生きているんだと思います。
相手とわかりあう、心が通じあう、親しくなるという事が、同じ価値観を共有しあう事か、互いの価値観の違いを楽しむ事なのか、それはその時と場合、互いの今置かれている状況や心の成熟度によって、また全く変わってくるので、本当に難しいですよね。
私も関西に住んでいた影響で、小さい時から落語や漫才などのお笑いが大好きでした。笑いって、何かその人の本質に触れる時に起こってくるものなのかなと昔からよく感じてて、うまく言えませんが人間と人間との受容力や共感力の、相手への表現手段にもなってるなと感じる事は、よくありました。
お母様が、お隣の方と言いたい事いいあって、最後は互いに笑いあうまでいくっていう過程には、いろんなヒントがあるなぁと私も思います。
人と人とが、本当にわかりあうのは、相手との沢山の壁を取り除く作業の連続ですが、その中で互いに自分を発見していったり、この世界の仕組みや、自分が今、ここに生きている意味や価値を、見出だす事にも、繋がっていったりもする。
だから、人と人との関係って、難しいししんどい事なんだけど、とて興味深い面白い事でもあると思いますよね。
虐げられているものは喜びなさいー?
あゆ子。
13.04.12 07:17
と確かあの聖書に書いてあったと思いますが、これはそういう苦難を経験している人のほうが本当に大切で大事なことを思いだすことができるからだと思います。そうしてどうしてこんな目にあわなければならないのか、と自分を振り返るきっかけになりますよね。私もそうです。慢心して生きている人より神様の愛に早く?心を向けたくなる。助けてください、と。心からの呼びかけに応えない神様はいないと個人的な体験から信じています。
いつかはみんな大人になります
@かまくら実和子
13.04.12 04:05
悲しい現実ですが、、私はここ数年、障害の有無に関係なく一緒に遊んで違いを楽しむ。という主旨の会に子どもと参加しています。
もう40年にもなるこの会には長い間参加されている方たちが沢山いて、昔は子どもだった人が、当たり前ですが大人になり30代、40代になってたりします。
そこで初めて社会の現状を知ります。
障害の軽い人は工場などに就職していて、毎日一生懸命働いています。
本当に真面目で 尊敬します。
でも一方、彼らはいろんなことを諦めています。
例えば、他の人のミスやごまかしを全て自分たちのせいにされること。
こんなに真面目にやっているのに、何を言っても聞いてもらえないこと。
私は聞いていて、この社会はこの国はダメだと思いました。
今まで、学校のころは、当たり前のようにイジメの対象になってきて、今は会社で、どんなに頑張ってもこの有り様。
小さい時には力になってくれた親も年老いて、いったいどうすれば彼らが心から幸せを感じられるのだろう。
私はただメールなどで聞いてあげることしか出来ないのがくやしくて、、悲しくて仕方がないのです。
でも、そんな中、てっぺいちゃんの発言や行動で弱い立場にいる人たちのことを、ここで話すことが出来、ここに来る人たちだけでも、わかってもらえるようで、嬉しいです。
天におられる神様はお姿を変えては、
土筆
13.04.11 23:14
35、6年前の話しですが…子供が虐められたら、いじめっ子が帰る道筋で待ち合わせ仲間がいるなかで、「虐めや仲間外れは駄目だよ」と注意する母でした。良くない行動が理解できない、いわゆる天然(今は天然ボケなんだ〜と自身で意識していますV(^-^)V。誰もが良い人だと思い付き合い振り回されてはいるけど、ついてゆく‥信じる者は救われる。石井竜也さんを信じて今は此処に来て救われている私たち。私が住む地域や場所に仲間内では、此処での話し内容は語られることはありません。誰も知らせてもくれません(が〜、詳しく話しができる人が二人います)。本屋さんに出かけると、石井さんからのメッセージと同じ意見ある本はほんのわずか有ります。この場所では伝えることが難しい内容ばかり。ただ、これから起こる可能な出来事は石井さんからのメッセージを読むと納得。ホントに、私たちは天使であり神の子であるなら。どうか神様お願いいたします。身体に纏わり付く悪霊を速やかにこの場所から退散していただきますように願います。正しき未知をお教えくださいm(_ _)m
ネガティブな感情は悪霊が近づきますね、注意し気をつけましょう。
階段とか
愛うさぎ魚
13.04.11 21:11
Yoshimiさま、大変でしたね…痛さが伝わってきました…お大事になさってくださいね
電車ホームの階段とか、エスカレーターとか、人がたくさんだったりするので、思わぬ大事故になったりするので、私も気をつけないといけないなぁって思いました
かけこみとか危険ですよね…
雨の日とかだと、すべりやすくなっています…
あと、子どもって転ぶとき先に手をつかない子が増えたとかっていうような話を、聞いたおぼえがあります
転んだときに打ち所が悪いともっと大変なので、どんなときにでも気をつけていた方がいいなぁ…って思いました
『意思』〜いい意味での思い込み〜。
石井竜也
13.04.11 17:02
いろいろな人がいます。当たり前ですが、その分だけいろいろな国があります。人を、好意を持ってみるには、まず、信じないとならない。信じるには、僕らは信じるための証拠を見つけるか、提示させる。信じる事が、まるで恐怖のように、お互いに思ったりする訳です。隣同士、同じ会社内で隣の席同士で、信じる事の大切さは、誰もが解っているし、大切だとも思っている。だけど、まずは疑いから接する事の方が、この社会には、適した人の見分け方なのかもしれません。うちのお袋は、時々とんでもない事を、お隣さんにでも食って掛かります。でも、次の瞬間、向こうも食って掛かる。そのうち、笑うまで言い続ける。僕はここに人との付き合いの根本があると、母親の態度を、見て思います。「せっかく、隣になったんだから、お互い様!おたがいさまは、言いたい事を言って、いい関係を作る事!人はそんなに立派じゃない、立派じゃないから、お互い悪いところも目立つ。だから、私は、言っちゃうの!」と笑います。確かに、僕らは体裁屋、遠慮を、間違って使っているのかもしれませんね。そんな細かく小さい事だと思うような事が、実はとても大切で、『絆』とか奇麗な事じゃないのかもしれない。いろんな事を言って、その人と自分の違いを、確認し、うまい距離感を掴む。こんな簡単そうな事が今の人には出来なくなっているのかも?「子供の喧嘩に親が出る」と昔はよく親が馬鹿にされていました。いい距離感を掴めないから、イジメも陰湿で、死に追いやるほどまでの攻撃をしてしまう。別に子供のせいではないでしょう。どんな時代だってイジメはあったし、いじめていた方が逆にいじめられる方になったりと、ある意味、お決まりの年中行事のようにイジメなんか、神代の国からあったでしょう?落語なんて、ある意味、イジメのオンパレードですよ。だけど、そんなことも笑い飛ばせる力強さが現代とはかけ離れいます。「たくましい」という言葉の定義が違うのだと思います。多分思うに、生きる事が前提で生きて行くのと、生かされている事に慣れてしまって生きているのとの違い。つまりは、自意識を持って生きているのと、生きる場所を与えられて生きているのとの違いなのでしょうか?野蛮さは、時におおらかさにも繋がります。繊細さは、時に冷徹にも感じます。そのどちらでもない、自分という意識が、この時代には、欠落しているのかもしれませんね。「痛み分け」「お裾分け」「喧嘩両成敗」いろいろ言葉張りますが、気にしないようにするのも、大人しか出来ない事かもしれませんね。