あの日
宮城県在住
13.03.10 01:18
今月いっぱいで、14年勤めた介護の仕事を退職します。先日、後輩と思い出話しをしていた際、震災時の話しになりました。
私は車の運転中だったので、揺れが落ち着いてから自宅アパートへ向かい、まず家の状況を確認しました。
同じ仙台市内の実家の家族とは誰とも連絡がつかず、一人暮らしで近所も全く知らない人ばかり。家の中にいるのも怖いので外に出て、充電を気にしながら携帯のテレビを見ても、何が起こっているのかと頭の中はパニック。
余震も続き、パニックやら不安やらで、無性に知ってる顔に会いたくなり、揺れが落ち着くのを見計らい、車で15分程の職場へと向かいました。
障害者の入所施設なので、もちろん、利用者さんのことも気になりましたし、サポートへ行かなければという思いもありました。
全員無事で、既に勤務していた職員達が対応をしていたので、私も手伝いに入り、その日は残れる職員みんなで職場に泊まりました。
その後、一度、実家へ帰りメチャクチャになった家の片付けを手伝ったり水汲みに行ったりしました。ガソリンの問題があったので、しばらく来れないかもしれないと伝え、帰りました。
その後しばらくは勤務の間は職場に泊まり込みました。仲間もいましたし、食料も、ライフラインが復旧していた地区にすむ職員が差し入れてくれたおにぎりやカップ麺などをみんなで分けながら過ごせましたし、施設なので布団なども確保できました。
もし、あの時アパートの部屋に一人ぼっちでいたら…。実家にも戻れず、食料もなかったら…。いろいろなことを考えると、本当に自分は恵まれた環境にいたなと思います。
次の仕事はまだ決まっていませんが、もしまた、あんな震災が起きたら、私はどうすれば良いのだろう…と、後輩と話しながら急に不安になりました。
パニック障害という病気を抱えている私には、あの震災時、本当に不便なことがたくさんありました…
またいつか、あんな震災が起こったりするのでしょうか…
宮城県に住む私にとっては、あれから何年経ったとか、3月11日が間近だからとか、そんなことは関係なく、常にそんな心配をしてしまいます。
