MIND BBS 〜掲示板〜

これからの心構え。

石井竜也

12.05.06 22:49

これからお話しする事は、「もしも」という事で読んで下さい。この話は「空想に」過ぎません。国民の80%以上と言われる原子力発電所の反対意見と再稼働への不満。国は、国民の民意に背き、その反対の立場を取ろうとしている訳です。つまりは、民主主義ではないという事でしょうか?『防衛』または『生産力』、そして『意地』理由はどうあれ、濃縮ウラン燃料廃棄物が、自然の土に戻るのは数万年後、なじんで化石化するのにはさらに1億年の未来。一部の有識者と言われる学者さんや、裏金で雇われたマスコミから、政府に至るまで浸透している、電力関係者の回し者。次々にいなくなる原子力反対派の政治家達。これをして『粛清』というのです。それにも増して許せない事実は、福島の子供達や人々への国の対応です。俺は、原発難民と世界的に指摘しても構わないのではないか?とさえ思います。自分の国に難民を作り出す、国家政策の愚かさか?あるいは、緻密に計算された大量虐殺か?この小さな国に今以上の数の原子力発電所を設置しようとしていた前政権と、現政権の政治家と官僚どものはてしない利権獲得競争の何とむなしく、卑劣で、汚らしい事か。造反議員の歯止めも出来ないで、巨大国家となんとか「なあなあで、収束させたい」と顔に書いてある、虫の息政権。「どうせ、俺らはもうすぐ終わるんだから、憎まれながら一生懸命、支援なんかする必要ないんじゃない?」そんな声が聞こえてきそうな、最終段階の政界。そんな人たちにこの苦境を、食い止められるはずがないのは、実を言うと、彼らが一番良く解っているように思う。だから、インドにでもご家族で移住計画でも話し合っているんでしょう。逃げ場を作りながら、「正義」を語れる人間達とは、一体どういう神経の持ち主達なのか?果たして、日本人なのか?ひょっとして、地球を征服に来た宇宙人の集団かもしれないよ。

心配です

C-CHAN

12.05.06 19:40

次々におこる自然災害。
竜巻や落雷。
被害に会われた方々が心配です。

「歌」があるということ

mayuminx

12.05.06 10:29

「歌」

個人的レベルの話で申し訳ないのですが、
私にとって「歌」は必要不可欠。
「歌」があったから生きていられた、そう思っています。

物心ついたころには「歌」があり、どんな時も寄り添い支えてくれた。

一人っ子で家でも遊び相手がいなくて寂しい時、TVからの「歌」を
大声で歌っていた。
転校してイジメにあった時。
同級生から蹴る・殴るのイジメを受ける時。
私の意識は「苦しみ」「哀しみ」「恨み」「憎しみ」に満たされようとすると、心の中で「歌」が鳴り渡り、別の世界に連れて行かれ、その辛さ・痛みを忘れる事ができた。
「歌」があるから大丈夫って…。

高校生になって、人とうまくやっていけなくて一人浮いていた一年生の時。
人に価値観や趣味を合わせる事が出来ずにそのままだったけど、、同じように「歌」や「音楽」が好きな人が寄ってくるようになってとても楽しかった3年生。「歌」がなければきっと、最後まで寂しい
3年間だったことと思います。

そうやって私の中で「歌」は大きなものになっていきました。
社会人になると、人生はもっと複雑になり、打ちのめされるようなことも少なくない。「裏切り」や「絶望」が増えていく中でも、「歌」だけはずっとそばにありました。
「歌(音楽)は裏切らない」 私のお守り…。

そんな絶対であるはずの「歌」
それが 初めて途切れてしまいました。
2011.3.11
とってもとっても楽しみにしていた、石井さんのアルバム…
手元にあるのに聴けなくなってしまいました。
私の中から「歌」が聴こえない…  
「歌」は絶対っと思っていたのに…
その事が余計に不安にさせていたと思います。

その後、石井さんの「MfM」のライブの頃から、少しづつ また「歌」が戻ってきました。
あの日、聴いた石井さんの「心の歌」。
優しく・強く 心に訴えかけ、力強く勇気づけ、そして心の奥深く癒してくれる「歌」
やっぱり歌は裏切らない。

石井さんの「歌」 これからもず~~~っと、私の心の中に大きく響き続ける・・・きっと・・
世界に「心の歌」届け続けてくださいね。



いまだ「歌」を楽しむことができない方々もいらっしゃるかもしれません。
いつか、心から楽しむ事が出来る、そんな日本になっていくことを願い、望みます。

E.T

12.05.06 10:01

歌というのは本当に心に寄り添ってくれるものだということを実感しています。
この1年、どれだけ救われたか分かりません。

恥ずかしながら、2000年代に入ってからの10年、歌というものを身近に置かず、石井さんからも米米からも離れた生活をしてきました。
色々あって、しんどくて、でも歌を聴くって心境にもなれなくて。
精神的にもの凄く不安定だったとか、そんなのでは無いんだけど、とにかく歌って心境じゃなかった。
ラジオで声が流れてきた時も、シャットアウト・・・完全に心から歌を排除してたんでしょうね。

昨年来、色んなことがありすぎて、抱えきれない不安感とか、そういうものに苛まれたりしてた時、何かの拍子に響いてきたんですよね・・・。
それが11月とか12月とか・・・気付くの遅いですよね(笑)

最近では随分と楽になりました。毎日歌を聴き、歌を唄う。それだけでこんなに毎日が変わるとは思ってもみませんでした。

現実はまだまだ厳しい状況です。
原発が全て停止したからといって安全・安心になったわけじじゃないし、1年以上が経過した今も無策のまま再稼動へ向けて舵を切り続けている政府には絶望感しか感じませんし・・・

でも、私自身は前を向けていると思っています。
ここでの書き込みで色んなことを書いたりもしていますが、それでも人というものを信じていますしね。
頭と心、身体を動かしている今、歌が原動力になっていると感じています。

待っててくれた歌たちへの感謝と、歌い続けて下さっている石井さんへの感謝で一杯です。

歌の力と愛

わたし

12.05.06 07:24

おはようございます。歌のメッセージを読みました。そして、思い出したてた事がありました。

ちょうど、五年前にある病気で急遽に入院を余儀なくされてしまいました。約7ヶ月です。
毎日の点滴とそれに加えて苦い薬の服用と寝たきりの生活です。
病院の部屋から窓の外を見るだけが続けられました。
時期的に天気の良い日ばかりでしたが、その中でも、モクモクとした生きている雲が毎日泳いでいます。最初辛くて…
でも、歌を聞く事を許された時にすぐに石井さんの『雲』が聞きたくなり家族に持ってきてもらいました。

曲が流れている中、
やっぱり歌っていましたものね。
そして、とても救われていました。
毎日聞いて歌って…の繰り返し。看護師さんも『雲』を覚えてくれていたのか?
退院の前に一緒に歌ってもくれました。

歌は力です。そして、愛でもあります。

そして空は癒やしてくれます。
どこまでも続いている空…。私も大好きです。それから、歌の漢字も好きですね。
歌って誰にでもかけがえのない永遠に続いているもの。そう思いました。それで、石井竜也さんのメッセージににて、更に本当を知る今。

嬉しいです。

※被災地の皆様。
※その他の皆様。
亡くなられた方々は最後まで歌を歌っていたのかもしれませんね。故人の好きと思われる歌を口ずさむ。その供養をし、自分にも今、力をつけてみて下さい。

失礼致しました。
石井竜也さん、いつまでも歌をありがとうございます。

六角堂

senka

12.05.06 05:42

テレビ拝見しました。
関係者の方々の叡智と、多くの匠の技。
復興と、未来への希望の心を真摯に傾けて
1年で再建されたということが、奇跡のような出来事ですね。

私の家にも、平成20年5月に描かれた六角堂の水彩画があります。それは観光ホテル側から観た六角堂。五浦の岸壁と手前に広がる海と、小さな岩々が温かいタッチで描かれています。ちょうど今頃の穏やかな季節の温かみのある作風。病気療養中の、ある男性が描いた、思い入れ深い作品です。

私の亡父はこの絵を見て、「これは五浦の六角堂じゃないの…」遠い記憶をたどるように嬉しそうに呟きました。学生時代に胸を患い、大津を故郷に持つ学友に、「俺の故郷で療養して来い」と半ば強引に勧められるままに、大津に数ヶ月滞在し、その辺りを毎日のように散策した70年前の記憶が、父の脳裏に一瞬にして蘇っていました。学友の方のご親戚が温泉を営んでおられ、毎朝の生卵が格別に美味しかったそうです。自然豊かな土地で伸び伸びと過ごすことで、お陰様で入院をせずに病は完治し復学を果たすことができたそうです。

学友と五浦は命の恩人だ。なかなか居ない人物だった。
五浦の風景には厳しさがあった。
赤い六角堂が描かれた1枚の絵を見て、当時を懐かしく思い出し父は話してくれました。

ここにある絵を描いた男性も、私の父も、学友の方も、今は故人。そんな多くの人生のドラマを刻んでいた六角堂が津波で流された事も、多くの方々のご尽力で再建された事も、夢のような出来事です。人の心に生きる思い出というものが、人を形成して支えてているものだということを、改めて実感じました。
生きているということと、関わりということ。
人は繋がっていますね。絆というものの中で。
切っても切れない縁の中で。

心配です。

匿名。

12.05.06 03:45

石井さん。こんにちは。厳しいご意見と貴重な情報をいつもありがとうございます。わたしにはひとつ、昨年の大震災後からずっと気になっていることがあります。それは、石井さんのご家族のこと。とくに、石井さんのお嬢さんのことです。石井さんがこのBBSに発信をしてくれる貴重な情報を読んでいると、関東・東北はもとより、もうすでに日本国自体に住んでいることが危険なことのように思えるのです。そういう警告をしてくれている石井さんは、ご自身のお嬢さんをどう守っていらっしゃるのか、そして守っていかれるのか、、?石井さんにとってはこんなことは大きなお世話でいらない心配だとは思います。けれど昨年の大震災後からとても気になっている心配事です。

気がつけば、いつも『歌』がある!!

C-CHAN

12.05.06 00:15

どんなに辛くて、悲しくてイヤになってしまっても、楽しい時も、気がつけば『歌』があった。

そして、気がつけばいつも、てっぺいちゃんに寄り添ってもらっていた。

だから、私は、どんなに落ち込んでいても、ここまで生きてこれた。

てっぺいちゃんがいてくれたから。

『歌』って、本当に素晴らしい!!
そんな、素敵な素晴らしい『歌』をどんな時でも、届けてくれている、てっぺいちゃんは、本当にいつも輝いている!!いつも、てっぺいちゃんのハートを感じる。どんなに過酷なスケジュールの中でも、てっぺいちゃんは、決して、手を抜かない。中途半端なことはしない。だから、みんなのハートにてっぺいちゃんのハートが届くんだと思う。

てっぺいちゃん、これからも、素敵な『歌』を沢山届けてください。

いつもありがとう、てっぺいちゃん。

そこから…かな

匿名で。

12.05.05 21:37

石井さんのメッセージ。石井さんは〈不安を持たれる方は、見ないで下さい〉と書いてくれました。
ありがとうございます。

でも、とてつもなくなる人以外はやはり、目を通してほしいと私は思いました。
何故なら、私はニュース、真実の伝わる事に触れる事がほぼない生活になってしまっているからです。
考えていない訳ではないけれど、日常的な事に追われていると、悲しい事に被災地、被災者を忘れてしまっている。と思う。
前回に東北は生き生きと と書いたのはその意味合いが含まれているからなのです。
日常的に追われていても、ここで心を思う事はとても大切ですから。

はじめの事、予想の事、小さな日本とは言え必ず起こると言う現実の事。
考える。それはやはり大切です。
今、辛い立場にいる方、これから辛くなるであろう方、絶対に生きている限りは起こる人生です。

『人生に大丈夫はない』私はその言葉を胸にいます。でもかたわら、
『人生と楽しめる』
その言葉も胸にいます。
《生きて行く事は、目をしっかりと開けるんです。》
石井さんの言葉がここのメッセージにいつも、いつまでもある。ありがとうございます。大切にそして考える。

歌が出来た訳。

石井竜也

12.05.05 19:29

昔、幕府の強制労働を強いられた金鉱掘り達が、あまりの厳しい労働条件に弱音を吐いた時、誰かが、歌い始めた。昔、今のイギリス(ブリテン島)に北方民族が押し寄せてきたときに、アイリッシュ達は、あまりの酷い扱いに、苦しみ抜いていた、その時、たき火越しに歌を歌い始めた。第2次世界大戦中、一体、どれだけの苦境に立った兵士達が、ジャングルの中で歌を口ずさんだのだろう。何もかにもなくされた強制収容所で、死を待つユダヤ人達は、一体どれくらい歌を歌って、その恐怖をしのいだのだろう。アメリカに強制的に奴隷として連れてこられた黒人達は、故郷のアフリカの大地に思いを馳せながら、悲しさと絶望から、少しでも心をなだめるために、その悲しさと苦しさをおしのけるように、歌にすべてを託した。ローマ帝国がヨーロッパを席巻していった時代、一体どれだけの捕われた人達が巨大な不安の中で歌で気を紛らわせていたのだろうか?『歌』とは、とんでもなく景気のいい、不安も何も全くない時代には、意外にも単なるゲームに過ぎないのかもしれない。人間は、極限という時代を何度も乗り越えてきた。なぜそんな極限時期を乗り越える事が出来たのだろう。俺は、『歌』が人々の心を一つにまとめていたのではないか?と思う。言葉も、権威も、知性も、全く役に立たない時がこの世界には巻き起こる事がある。そんな絶望的な時代、人々は、一体どうやってその厳しさから逃れていたのだろう?俺たちは、人間の事を数でしか考えていなくないか?あの国は何億人とか、あの国はアレが何千万個あるとか、GDPがこれくらいとか・・・とにかく数字でしかその文化の事を理解する事が出来なくなっていたのではないか?実は心の中の精神的な文化にこそ、その国の本当の気持ちが隠されている。そんな心の中を、言葉や、威厳や教養や強制で、納得させる事は出来ない。人は環境という気持ちや雰囲気で生きている。はっきりとした根拠等存在しない。・・・と、言うより、目には見えない物の方が膨大にあって、それは、偉大な演説や強要、虚飾や虚勢なんかでは、絶対に誤摩化されない『意思』があるんだ。その確固とした形はないが、如何ともしがたい程の強固な『意思』が『歌』になるのかもしれない。世界に歌が溢れているのは、人間という間違いだらけの動物が暴走したときに、その犠牲になる罪なき人々の間で、『悔しさ』『苦しさ』『悲しさ』『恨めしさ』『絶望感』・・・そんな『負のエネルギー』を必至で『正常なエネルギー』に変えるために『歌』を歌ってきたのかもしれない。自然の厳しさ、社会の厳しさ、世界の厳しさ、運命の厳しさ、暗黒の厳しさ、人間の厳しさ愚かさ・・・・そんな、『愚かなどん欲』が生んだ悲劇に身をよじらせながら、人々は、踊り狂い、声がかれるまで歌い、既に神さえも信じられなくなるような状況のときに、歌が、空にこだました。『歌』は、そうやって、人を助け、なにがしかの神と呼ばれる物とつないできたのかもしれない。『絆』という言葉は、人は何かで繋がっているという事だ。その何かの中に『歌』があるのだと思う。素直に「苦しい」を「苦しい」と歌う。「楽しい」を「楽しい」と歌う。「夢のような事」を「夢で終わらないように願いながら歌う」。『歌』はメロディーとリズムとリリックが一緒に耳に届く空気の振動だ。人生の鼓動が音楽なんだ。不安と、残虐が横行する時代には、『歌』が本当に大切な人々の心のよりどころとなる。歌うー聞くー感動するー笑ったり泣いたりー自分になるー本来に戻るー心が晴れるー社会の片隅から世界は明るい方向に向かっていく。『歌』は、誰の物でもない。貴女自身の生きている証しなんだ。

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