MIND BBS 〜掲示板〜

できること

E.T

12.04.22 18:49

色んな立場の意見が有り、
共感できる部分もあれば、全く違う環境に理解できないことだってある。それでも「何か」は伝わってきます。

ここを訪れて、一日考え込んでしまうこともあるのだけれど、
私には心休まる場所。
色んなことに対する問題意識も、そして優しさも、沢山溢れているから。

聞くこと・・・それしか出来ませんけど・・・。

それだけなら出来ますよ

限界・・・

ケイ

12.04.22 16:41

耐えがたい出来事に突然地獄に落とされ心身ともに変調・・
日々の生活にも支障が出、1日1日をリセットするつもりで
なんとか1年以上過ごしてきました。

いつまでこんな気持ちのまま過ごさないといけないのか。
もう限界。
誰かに聞いてほしくて
誰かに救ってもらいたくて
甘いですよね。自分で収拾するしかないのに
自分で・・・どうにもならないから。

誰にも言えずにと耐えてる人はたくさんいるでしょう。
どうして自分はできない?
ここまで我慢したから・・・。
もう辛過ぎて。

石井さんのコンサートにも行けないかもしれない。
ますます遠くなってしまうけど
このプロジェクトといっしょに応援はしてますから。

はなひとひら

Y.

12.04.22 13:43

季節違いに…無理矢理に…花を咲かせば…枯れて行く…
なんですよね。でも、人は一人では生きて行けないから周りに合わせようとして、焦り苦しむことにもなってしまう。
自分のペースで無理せずに生きて行けるのなら…
人生って人それぞれだけど、しんどい事の方が多いのかも…
だから小さな幸せ…今日は綺麗な空を見れた!とか…お安いけど美味しいケーキみっけ!とか
自分が本当に体で感じられる幸せ!?
勿論、夢を持つ事も大切でしょうけど
自分の幸せは いつも 自分が決める ですね。

春夏秋冬ともう一つの季節

わたし

12.04.22 05:00

私は季節に春夏秋冬がありますが、
それ以外にもう一つ季節があると思っています。それは、自分の季節です。
いくら真夏に皆が、うかれてみたくなる…や秋に食欲が出て
食べ物が美味しいわ…やと思っていても
そうでもないと自分で思わなく、険しい季節が来ていれば、冬と言って下さいましたよね。その通りと思います。蓄えておいて、必ず芽を出す時を待つ。本当に嬉しいお言葉です。

ただ、やはりもう一つの季節、そう自分の季節とは……
その名の通りに〈自分の季節〉なのです。一般に流れいる季節と違う季節に、最大級の事柄を感じて
みる事かな…。『春なのに冬を感じているんです。でも、冬の中にもとりあえずは春の装いをしてみる事。』勿論気持ちですよ。想像です。
苦しみでもがいています。でも、ふっと寝る前の一瞬間だけでもいい。春を想像をする時があるはずです。
《現実を見つめている時間と離れる時間。そこを行き来する時間の一瞬間に、
石井さんの話す本来の自分なんだよね》

私は、あれからそう思っています。
涙が出ない訳も固い雪が積もる訳も書けなく、申し訳ありません。

ただ、その春夏秋冬以外のもう一つの季節を少しずつ増やしていっています。

…冬におられている方々。その季節に本来の自分を見つけて下さい。
本来の自分の季節は……春夏秋冬を生きてる事でしょう。

ここへ来ると、皆さんが見えてきますね。不思議です。
うれしく思います。

例えば・・・。

石井竜也

12.04.22 04:47

例えば、貴方が生きていなかったら、自分で人生の中で会得した素晴らしい経験を、後輩達に伝えられない。そこが危険な場所である事を、アクシデントに見舞われたからこそ、本気で伝えられる。例えば、貴方がこの世にいなければ、天に昇った幾万の御霊が、一生懸命に人生を歩いていた事を伝えられますか?一人一人の心はさまざまです。「愚かだ」と言われて、冗談で終わるひともいれば、喧嘩になるひともいます。また同じ言葉でも、その状況と言い方が相手の心を傷つける事もあります。ひとは、生き物で、気持ちを持っています。貴方が泣くときは、おそらく貴方が一番素直になれたときだと思います。「笑い」は、つられる場合もありますが、いっぱしの大人がなくという行為に至るときには、つられて泣く・・・なんて事は、なかなかありません。しかも、臆面もなく人前で、泣き伏してしまう状況はよほどのこがない限り、起こらない事です。今、この日本で、悲しさと戦って、寝床の毛布の中で、声を出せずに泣いている人々がどれだけいると思いますか?アジアでは?世界では?・・・ワルと言われる人々の中に、時々正直な人間の本性を見るときがあります。また、虫も殺さないようなひとの中に異常な執念や憎悪がわき上がるのも見た事があります。日本では、いい意味でも悪い意味でも「こらえる」という美意識が存在します。この言葉の裏には、「自立した大人が、人前で、泣くような恥ずべき行為をしてはならない」という意味にも取れます。しかし、ひとは必ず子供の頃からの記憶や状況が大人になっても身体で覚えているものです。いくら、大人ぶっても、そういう自分の原点からは逃げられません。たとえ、その原点が醜悪で、醜い思い出、あるいは残酷で非常な経験であったとしても、子供の頃に受けた心の傷や、感動したり心から楽しかった思い出を取り去る事は出来ないんです。でも、それこそが貴方の魅力を作り出す要因でもある事を、絶対忘れない事です。とてもじゃないがひとに話す事なんか出来ないような思い出でも、時間が経つにつれ、いろいろな方向から見つめられる時が必ず来ます。だからといって、傷の痛みが消える訳ではないのです。ただ、貴方以外の方に、そういう巨大な渦に巻き込まれた経験から会得した、心の防衛の仕方も一緒に考えてあげられるものです。生きていればこそ、泣いて、悔しくて、愚かで、弱くて、・・・でも、そんな人生でも愛は、かならず成長するんです。この世で、一番悲しい事は、苦労してでも生きていく意思を放棄してしまう事です。そこからは、何も生み出せません。「愛」は、誇りであり、喜びであり、美しさであり、「人生の水」なんです。

冬・・・そして春

Around T

12.04.21 20:15

占いをする人が言ってました。
人間にも春夏秋冬があって、冬の時には、じっと土の中で種を育てればいいのだと。
何もせずにじっとするのではなく、春に備えて、蓄えるときなのだと。
たとえば、書物を読む、学習するなど。
運命論者でも、占いの信奉者でもないのですが、何をやっても上手くいかないとき、冬なのかもしれないと思うことがあります。
雪が解けて、出てくる芽がきっとあるはずだと信じて。

どうして

つつじ

12.04.21 03:22

どうして、仕事だと出来るのに、私生活では出来なくなってしまうのだろう。
怒ってもいないのに、怒って聞こえてもしまう。悲しいけれど、現実の事。

今度ふるさとに用事で行く事があります。その話を沢山してあげようて思います。

私たちがここにいる本当の意味。

あゆ子。

12.04.20 18:43

私たちがこの世界に生まれてきた本当の意味を私はインドの瞑想の先生から教わりました。日本でもヨガのブームで多少は知識として知っている人もいらっしゃっると思いますが、ずばり私たち人間は自分自身の本質ーは?ということを知るためだそうです。しかもそれを悟っている人を聖なる人ですとか賢者などとよばれてきた人になります。そしてこの現代にもそういった方々は生きていらっしゃいます。そういった方々がみなおっしゃっるには私たちの本質とは愛です、と言います。そしてすべての人がそのことに早く気づいてほしいと願っていらっしゃいます。ウソのような本当のはなしです。ひとりひとりがそのことを知りたい、そうなりたいと望むようになればこの世界の問題はあっという間に解決へと向かうことになると言います。さてどう思われるますか。

今度会える時は

ゆめ

12.04.20 02:48

今、家から離れて暮らしている人も沢山います。そうではなくとも、てっぺいちゃんとも離れたくないのに、そうせざるおえない人もいます。
*離れいっても、待っているよ。*
こちらこそ、待たせてしまいますが、大きな優しいてっぺいちゃん。絶対に会いに行きますからね。
大きくなっているてっぺいちゃんに歌と話を聞ける喜びを胸に、頑張ります。
ありがとうございます。

子供の目になる時

みらい

12.04.20 01:53

石井竜也さんの六角堂のメッセージを読んでいたら思い出しました。昔、介護をしていた時に童謡や
歌を聞くお年寄りの顔がとっても好きでした。子供の頃の目になると言うのでしょうか?目尻も口元も夢みている少女と少年になるからです。
私達が同じお年寄りの年代になれば、今の若者が私達の懐かしい歌を歌ってくれたり演奏をしてくれると思うのです。

私もあの時に感動をし、涙も流して、また次の演奏を期待しお願いをしてくれた
お年寄りになれるのかな…?
なれると思いながら、毎日を過ごして生きたいですね。

子供の目をしたお年寄りの方々へ。
長生きして下さい。
まだまだ、童謡や歌を聞けるチャンスは沢山ありますよ。

子供達へ。
未来の自分に沢山の優しい歌を歌って下さいね。

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