被災地に関するサポート情報リンクサイト
ヤッツ
11.04.04 22:32
被災地に関する様々なサポート情報(避難所・消息・炊き出し・給油・交通・トイレ・携帯充電・銀行・電話・健康・住宅・問い合わせ・寄付・相談・公共自治体ミラーサイトetc.)のリンクサイトです。
Twitterでかなり多岐に渡っていると紹介されていましたので、ご案内させて頂きました。
既出の情報でしたらごめんなさい。
http://ow.ly/4ssIJ

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GROUND ANGEL 2002-2011の
活動内容はコチラ
被災地に関するサポート情報リンクサイト
ヤッツ
11.04.04 22:32
被災地に関する様々なサポート情報(避難所・消息・炊き出し・給油・交通・トイレ・携帯充電・銀行・電話・健康・住宅・問い合わせ・寄付・相談・公共自治体ミラーサイトetc.)のリンクサイトです。
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広島県在住の茨城県民より
かけはし
11.04.04 19:58
昨日は、勇気と元気をありがとうございました。
胸を打たれました。胸のつかえがとれました
3.11の震度6強に始まり、6弱、5強、5弱に何度も脅かされている、県内で最も大きな余震が続く地域に住む兄に、「GWに帰って来んのが?」
「家があるうぢに来といだほうがいいど。」
とからかわれました。
震災後ずっと胸に重たい何かを感じていた私。そんな私に言った兄の言葉の裏には、生まれ育った街が、商店街が壊滅状態にある現実を前に、今回の災害を、受け入れようとしている様子が感じられました。
東北の方々もきっと同じだと思います。受け入れなければ始まらない、前には進めない。余震に怯えているヒマはない。そう思うことで、自らにプレッシャーをかけ、頑張っているのではないかと感じます。だからこそ、支援や応援の灯を絶やしてはいけないのだと思います。そして同時に、その緊張をどこかで緩めてあげなければいけないのだと思います。
イベントやTVの自粛ムードは、もう十分だと思います。日本全体が明るくなるように、西から光をあてなければならないのだと切に感じました。
同じ茨城県人として、石井さんを誇りに思います。
大きなことをできない私たちにとって、一人でも多くの人たちの「心」を、呼び集めてくれている石井さんを「心」から誇りに思います。
まだ始まったばかりです。これからも応援してます。一緒に頑張りましょう。
本当にありがとうございました。
ちょっと気になったので
ぷき
11.04.04 19:11
☆ 菜々子 さん
子どもは、おじいちゃん・おばあちゃんが、大好きです。
相手を「思いやる」という心をごくごく自然に学んでいたりするものです。
お年寄りもまた同様で、優しい目で子どもたちの成長を見届けています。
どの世代が欠けてもこの世は成り立ちません。
てっぺいちゃんはご存知ですよ。年配者も助けてくださいます。
お疲れ様です。
あやや
11.04.04 17:53
石井さん、お疲れ様です。
ごめんなさい…大阪・名古屋・広島…参加する事が出来ませんでした。石井さん、最低なファンでごめんなさい。
実は私には、職場でお世話になった男性上司が宮城県の名取市という所に居ます。家は津波に遭い全壊になり現在は避難所に居ます。震災直後から電話やメールをしましたが、連絡が取れず、やっと連絡がきたのは一週間後の17日でした。『生きてます』…ってメールもらった時、職場の休憩室で泣いてしまいました。
その日から、他愛もないメールを毎日毎日…交わしています。
石井さん…、私が提案できる事ではないですが、23日からのツアーにも、募金スペースを作っていただけないでしょうか?今回のツアーが支援コンサートでない事…充分理解しています。可能でありましたら、どうかご検討をお願い致します。
23日の初日参加します。会場にて募金できる事を願っています。
石井さん、忙しいと思いますが、体調崩しません様、気をつけてくださいね。
ぜんそく、アトピー、アレルギーでお困りの方
ぴゅあっこ
11.04.04 17:33
ぜんそくや、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎などで、
お困りの方は、下記にて相談にのってくれるとのことです。
NPO法人アトピッ子地球の子ネットワーク
TEL 03-5948-7891 FAX 03-5291-1392
yoshizawa@atopicco.org
http://www.atopicco.org/10-sien/jisin-sien.html#110312
避難所での生活環境が、子どものぜんそくを
悪化させる可能性があるとのことで、新聞に手当て法と
対策が掲載されていました。ご参考までに・・・
<ぜんそく発作を楽にする手当方法>
※ 水分を多く取る。幼児は吐く事もあるが、
痰が切れるので、呼吸は楽になる
※ 外の空気を吸いに連れ出す
※ 上体を起こした姿勢で、手のひらを胸の上におわんを
伏せた形でおき、さする
※ わきの下を、下から上にマッサージする
(アトピッ子地球の子ネットワークの赤城智美さんによる)
<対策>
ほこり対策には目の細かい「サージカルマスク」の
着用がいいそうです。
布団や毛布は、日中、外で埃を払い、干して使用。
ストレスもぜんそくの引き金になるので、できるだけ
リラックスできる環境を・・・
夜間の突然の発作には、気管支拡張用作用のある
貼り薬「ホクナリンテープ」が有効。
気管支炎や肺炎に進行するおそれがあるので、
早めに避難所を巡回している医師に受診し、投薬治療を。
石油ストーブの排気、タバコの煙、ペットの毛なども、
ぜんそくの悪化に繋がってしまうとのことです。
できるだけ、避難所の隅の換気のしやすい場所や、
喫煙者やペットとは離れた場所で過ごせるのが好ましいとの
ことです。
名古屋に参加させていただきました。
花
11.04.04 17:21
『必ず届けます。』
その言葉がとてもとてもうれしくて...。
それだけで十分です。
広島より
ブリュッケ
11.04.04 15:32
石井さん、スタッフの皆様、昨日はありがとうございました。石井さんのお話から、東北、北関東の惨状、そして現実をあらためて考え直す気持ちになりました。
お話にもあったように、私の生まれ故郷である広島は原爆により焼け野原になり、私の想像も及ばない光景が広がっていたことでしょう。
私の祖父母たちは、どうやってこの街を再建させたのか…。何もなくなり、放射能というものも知らず、無傷で生き残ったはずの人々が何年か後に亡くなるという恐怖、そして差別や偏見。様々な困難を乗り切りながら、70年は草木が生えないと言われた広島の街を、緑豊かな美しい街に再建し、私たちに残してくれました。
「子供たちのために…」という言葉、とても胸に響きました。私たちが受けた恩を返すのは、今かもしれない。そう思いました。大丈夫、私たちにもきっとできます。ですから、どうか笑顔を忘れないでください。不謹慎だと思われるかもしれませんが、もっと笑っていてください。
微力ですが、広島からいつも応援しています。
心が折れそうになったら、また広島の街を見に来てください。私もがんばります。勇気をありがとうございました。
考えること
シベリ庵
11.04.04 11:05
阪神大震災の時、
当日の朝、家族の無事を確認してすぐに、
父親の制止を振り切って職場へ。
月明かりと火事の火の明かりの中、街で見た全ての人が穏やか。
声を荒げる人など誰も居ない。
最初に多かったのが自力で来れた傷や骨折の人。
次第に、戸板に乗せられた心肺停止の人。
着の身着のまま、パジャマの人々の
血糊を取り除いて縫えるように準備する。
水がないのでお詫びしながらアルコールで拭く。
傷にアルコールがしみると痛いはずなのに誰も表情に表れない。
この痛みを感じない程、
静かな興奮状態なのかもしれないと考える。
蘇生される赤ちゃんを囲む両親と祖父母。
4人で必死に赤ちゃんの名前を呼んでいるが、
息を吹き返すことはない。
まるで寝ているような可愛い白い顔。
本当なら見てて悲しいはずの光景だなと考える。
戸板や畳に乗せられて運ばれてくる人を、
ありったけの機材を使って、
床で、机の上で、一度に10人以上蘇生を試みているけど、
誰も生き返らない。
次々と運ばれてくる余りの多さに
5分して反応が無ければ、次の方の蘇生に移るようになる。
誰も生き返らない。
蘇生をして遺体を運んでの繰り返し。
私たちは、人を生かすために存在するのに、
何をやっているんだろうと考える。
重症患者は、他の地域に転送する。
出口に待機しているのは、伊丹や京都の救急車。
かなり広域で支援が始まっていることを知る。
夕方に、蛙の置物をひっくり返したような格好で
戸板に乗せられてきたお婆さん。
うずくまった格好で救助を待っていたんだな、と考える。
体の硬直が完了していることから、発災直後にはもう…と推定し、
苦しむ時間が少なかったことを祈る。
21時頃、新患が途切れたので帰宅。
歩けば歩くほど家に火が近い。
自分の家も実家も火が迫っていることを知る。
グシャっと倒壊して焼けている家々。
せめて生きてるうちに焼かれている人が居ないことを祈るしか、
自分には出来ないと知る。
避難所で再会した家族から
『○○ちゃんの、お母さん死んだんや。
自分も横で埋まってたのに…自分でウチへ言いに来た。』と聞く。
『無事で良かった。』と、ウチの妹の頭を撫で、
お菓子を沢山置いて行ったという。
親友の母親の死を知る。
自分が、そんな時に親友の側に居られなかったことを知る。
その後の親友の消息がわからない。
避難所の体育館で過ごす夜。
ウトウトはするけど、余震が続くたび、
あちこちから漏れる『ひっ』という小さな悲鳴。
焼け出された人が多いので、火を怖がって、
灯油があってもストーブが使えない。ロウソクも灯せない。
夜中、ドカドカと足音。
月明かりに見える、銀の防火服に煤けた顔
『火は食い止めました。ここの避難所は大丈夫ですから!』
自分たちの避難所が焼けそうだったことを知る。
考えないといけない、感じてる暇はない。
想いに自分が占領されたら、身動きが取れなくなってしまう。
水は出ない。電気も来ない。
食べ物も、持ち出せたものに限りがある。
日常生活を送ることに全精力を傾けても難しいことを知る。
医療者が誰もいないので、明日からは、
病院に行かず避難所にずっと居てほしいと頼まれる。
こんな若輩者でも必要とする程、みんな不安なんだなと知る。
一人の一日の体験の一部だけでも、これだけのことがあったけど、
もちろん報道が伝えることはなく、
適度にショッキングなことを選択して伝える。
現実そのものじゃなくて、視聴者を想定して調整している。
切り取った現実を伝えるのが報道だから、
事実とは常に異なっていると思う。
だから、今回の大震災の被害は、
土と火じゃなくて、土と水が起こしたものでしたが、
津波が去った風景をみて、伝えない惨状まで想像ができました。
食べ物どころか、命さえ持ち出せなかった。
安否を確認したい家族や家、
助け出すべき人も、乗せる戸板も、
運び込む病院さえも波がさらっていったんだと…。
更に、原発や大きな余震がまだ被災地を脅かしている。
石井さんが話された通り、ほんの一部であって、
まだまだ沢山の現実が広がっていると思います。
だから、ライブでお話しを聞いていても、
涙が出ることはなく、
想像してた通りなんだなと思いました。
考えないと…。
泣いてる間は、まだ自分の感情…自分に目が向いている。
被災した方のことを本当に考えるなら、
酷いと言われるかもしれませんが、
泣いてる場合じゃない。
私はそう考えました。
…でも、涙は出ますけどね。(笑)←オイ!
風評被害
なかむら
11.04.04 09:46
テレビでの報道で福島米が・・・思わず「馬鹿じゃないの」とテレビに向かい言った翌日、姉から「米が沢山あるから送るね」と茨城米が送られてきました。この報道をしている人、聴いている人、皆お米がいつ収穫され、どのように保存されているのか知らないのでしょうか。どう考えても今出ているお米は安全でしょう。
石井さんが言っていたように未来ある子供たちのために石井さんの力の援助をしていけたらと思います。
広島の会場でお隣に座られたお二人にこの場をお借りして「路面電車乗り場まで誘導して頂きありがとうございました。」
繋げていきたいですね
月姫
11.04.04 09:39
「子どものたちの未来」
石井さんのお話を拝見して
私も「学校ってどうやって作るんだろう?」
と、少しだけ調べてみました。
そして仰るとおり、本当に難しくて
長い準備と、沢山の手続き...
気の遠くなるような大きな責任の伴う
ことなんだな...とおぼろげながら理解しながら
「難しいこと」だから「こそ「誰にでもできること」
ではないし
尚更「必要とされること」なのかもしれない。
そして、それを発想された方の「情熱」こそが
必要とされるのだと感じました。
「9.11」〜「3.11」へ
世界の子どもたちへ向けた「GROUND ANGEL」の支援のあと
3年間、身近な国内の子どもたちへの支援をされたなかで
石井さんが手を繋がれたネットワークや、沢山の人から
アドバイスやご助力いただく事も出来るかも…とも思います。
今までの活動が現在に繋がっていらしたように
未来にも繋がっていく…と信じます。
私が思い描いたのは、石井さんの敬愛するアーティスト
「フンデルトヴアッサー氏」が建てられた
住人の方が自由なコミューンを作られている「アパート」のような施設に
「学べる環境」が付属したスタイルでした。
親御さんを亡くされたお子さんや
働き手や、母親をなくされた小さなお子さんのいる方が「帰れる場所」
そして、子どもさんだけではなく
身寄りも、帰る家も失って
せっかく助かったけど「うれしくないよ」と
生きる意欲を無くされてしまったお年寄りの方々も
そこで、仕事に行っている親御さんの代わりに
子どもたちのお世話などをして「生きがい」を取り戻していただけたらいいな…。
と、そんな事を考えていました。
現実的な支援の「形」が見えて来ることが
被災地の方たちの「勇気」や「希望」になると聞きます。
私などの発想は、かなかなか現実に繋がるようなものではないですが
石井さんのお話に、とても希望を感じました。
ささやですが、実現に向けて、応援していけたら…と思います。