MIND BBS 〜掲示板〜

東日本大震災4年から5年へ

柵

15.03.12 00:47

      震災4年 変えられない未来はない
   心の復興の体現者 青年が故郷再生の思いを語る。

震災と原発事故の影響が色濃く残る。時の経過とともに、被災者の課題は複雑化・深刻化の一途をたどり、県内外で避難生活を余儀なくされている住民は多い。震災から4年。被災者に必要なことは何か――。それは、一人一人の『心の復興』である。
そして、『変えられない未来はない!』との確信で行動し、地域に希望の波動を広げる『青年力』である。

           福島県南相馬市
高校2年生
これまで『震災さえなければ』と何度も思った。でも、『震災があったからこそ』と気付いたこともある。『新しい友との出会い』『さまざまな新しい経験』。

青年
故郷・浪江町を決して諦めることなく、必ず復興させる!青年の行動力を結集し、若者の笑い声あふれる町に再生したい。

青年(女性)
自分が変われば環境も変わる。

青年
波乱の半生を振り返り、『人は人で支えられる』津波で失った自社工場を4年越しで再建した。『負げでたまっか!』を合言葉に、相双地域が復興宣言するその日まで行動します。

大人
本当の苦しみを乗り越えた人の言葉は、哲学者の言葉である。

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           『思い出す』
思い出すのが周囲の被災状況ではなく、みそ汁の温かさだという事実。『3月12日 はじまりのごはん』東日本大震災の翌日以降に食べたもの。商店の主人が『小さい子供がいるんだろ。あるだけ持ってけ』と分けてくれた食材で命をつないだ。毎日、若者たちが自転車で何往復もして、年寄りの私たちに届けてくれた水を沸かして食事をした。心で感じたぬくもりは、手や口で触れた温かさとして記憶されているのかもしれない。

東日本大震災から4年。風化が進む現実と『あの日を忘れないで』という声のはざまで、何を伝え、何を残すのか。ある人は言った。『他者に尽くし抜く気高い生き方に、自身の未来もある。あの日以来、この確信が揺らいだことはない』崩れない『心の財(たから)』を受け継いでいく。それが復興という。

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         いとしの人よ ともに
       愛する人を失う悲しみと向き合う
       心の中に生きる家族との4年。
       涙の後には、いつか虹が懸かる。
      
       『ぼく、野球を始めたんだよ』

大きめの軟式グローブを左手にはめる、小学3年生の少年、当時76歳と68歳のおいじいちゃんとおばあちゃんに見てほしかった。

       『みーくんは、そばにいるよ』

当時5歳だったお兄ちゃんであり弟でもあった。今は家族の心に生きる。バレンタインデーの日に手作りチョコを遺影に供えた。
お兄ちゃん、今はお兄ちゃんの年齢も身長も超えた。ママの買い物かごに入れるお菓子はいつも二つ。2人じゃない。いつまでも3人きょうだい。

       『泣いてもいいよね。娘へ』

強く生きると誓ったのに、今も涙か止まらない。当時52歳の娘を失った。孫は『ばあちゃんだけでも生きててよかった』と言う。『でも母ちゃんの代わりはできないよ……』。あの日、足の悪い母を案じて駆け付けた娘。悔しくて、切なくて。だが震災を振り返ると、娘をそばに感じられる。『旅行に行こうね』と笑った最後の約束。悲しみを懐かしさに変える涙なら、『泣いてもいいよね』。

       『パパさん。針灸院1年です』

当時63歳の夫を亡くした。立ち上がるためにも、流された針灸院を再開したかった。腰を据えた借り上げアパートは「住居のみ」と言われた。施術の腕はあるのに、場所がないのが悔しかった。復活を望む声を力に変える。土地を探して35ヶ所目。ようやく昨年の3月11日に自宅兼針灸院を建てた。夫の墓前に手を合わせる。『パパさん。針灸院1年になりました』。

         『見ててくれよな』

当時62歳の妻、被災後、借り上げアパートに移った。茶碗や皿。ペアのコーヒーカップ。片付けの最中、何を手にしても妻の顔が浮かぶ。『皿が多くて大変だよ。あいつが好きで集めてたから』。悲しみと同時に、妻の優しさも浮かぶ。『頑張らないとな』。思い出の品々が踏ん張る夫に温かく声を掛ける。『あなたなら大丈夫』。

        『父さん、頑張ってるぞ』

当時37歳の息子を亡くした。鮮魚店の亭主、息子を亡くしたことを一度も顔に出さなかった。つらいのは俺だけじゃない。心の傷に気付かない客もいた。この道40年。慟哭を笑顔で隠す、頑固なまでの父の意地がある。

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         『集中期間』後も支援全力

いまだ約23万人が避難生活を余儀なくされている、被災者が当たり前の日常生活に戻れるようにしなければならない。2015年度が集中復興期間の最終年度となることから、これから先、不安が募る人もいる。ここからが本当の復興への本番・本舞台だ。怠けた気持ちでは前には進まない。被災者の方々がどのような日常生活に戻れるのか、息の長い支援と見守りを一段と強く心に誓う。
希望灯(とも)す闘いへ新たな決意で進みたい。『心の復興』をテーマに進む、新生の道。

東北の皆様へ、心よりの御冥福を申し上げます。

311

TATUKO

15.03.11 23:28

今日、東日本大震災から4年経ちましたね。私は東京在住でしたので、そんなに被害は受けませんでした。

今日は特別な日です。被災されて、大切な人を亡くされた方にとっては、毎日が本当に辛い日々で、時間の感覚なんかないのかもしれませんね。
今日テレビで政府主催の追悼式を観ました。もちろん14時46分には黙祷させていただきました。被災された方の言葉が離れません。家族で津波に襲われ、流された後、声が聞こえたそうです。声の主は釘や木材に身体中さされているお母さん。「行かないで」と言うお母さんに「大好きだよ。ありがとう」と言って逃げたという、本当に辛い体験を話されていました。聞いていて涙が止まりませんでした。私だったら、どうしていたんだろうと。私は年齢的にはいい大人です。結婚していますが、子供はいません。もし母に「行かないで」と言われたら。私はどういう決断をするのでしょう。私は臆病者です。母を残して行ける勇気があったのか。母と一緒に死ぬ勇気があったのか。
きっと、このような決断を迫られた人はあの日たくさんいらしたのではないのでしょうか。

今日の追悼式。なんで現地でやらなかったのか。下らない討論をしている国会議員達は恥ずかしくないのか。私だって決して立派な人間ではないけれど、責めて恥ずかしくない、後悔をなるべくしないで、生きて行きたいと改めて思いました。

一日でも早く、少しでもその苦しさが和らぎますように。

2015.03.11

GAスタッフ

15.03.11 23:24

2015年3月11日
あの日から4年の歳月が経ちました。

東北は厳しい寒さが続いています。
4年が経過した今でも復興にはまだまだ時間が必要です。
あの時、あの時間に
沢山の苦しんだ命の数だけ
この先明るい笑顔が増える日が来ますように。
皆様と東北に想いを届けられたらと思っています。

石井自身も、故郷、北茨城市が津波の被害に遭い
多くの尊い命を失った現実を忘れることはできません。
人々の笑顔。
穏やかな港。
優しい陽射し。
そして今もなお、北茨城の皆さんは故郷を愛し、故郷で生きていらっしゃいます。

石井竜也にとって何ができるか、何をすべきか。
想い悩んだ日から早4年。

地元の皆さんからの強い希望と有識者の皆様のお力添えもあり
今春、北茨城市大津港にモニュメントオブジェを設置することとなりました。
鎮魂と未来への希望を象った「TOMORROW」という名の、地元の方々と
石井の想いがたくさんつまった石井竜也デザインのオブジェ作品が
ブロンズ像となり、北茨城市の方々とともに大津港の一角から広く
末永く太平洋を見つめることとなります。
穏やかな大津港の景色がこれからも続くことを祈って・・・。

実際にご覧頂ける状況が整いましたら、改めてお知らせさせて頂きますので
詳細につきましては今暫くお待ちくださいませ。

東北は4年目の春を迎えます。
今日は、皆さんとともに東北へ祈りを捧げることができればと思います。

GROUND ANGEL PROJECT

4年目の3.11

浅野洋子

15.03.11 23:12


4年目の3.11がやってきました。
東北の皆さんが普通の生活に暮らせるように1年、1年少しずつ問題を解決をしていくことができるように、祈っています。

心

愛虹ことり魚

15.03.11 21:40

自分では、むずかしすぎるなと思っていることが、次元が違うと、もしかしたら、少しだけだいじょうぶみたいだったり、実は簡単みたいだったり

あれこれ、こじれて思えることは、ひとつずつ、少しずつ、ほどいて、整えてみたりしているうちに、気がつくと、軽くなっていたり

自分ひとりではどうしようもなくて、身動きとれなくなってしまったら、やっぱりそれは、自分ひとりだけではなくって、誰かの力を、借りることができたなら、それはいいなって思います

たとえば、修理できなかったら、専門家みたいなほうが、早く良くなおすことができる
修理するためには、やっぱり、よくわからないと、直すのはむずかしい

吐ききる・・・っていうのは、本当のことを吐ききることができたなら、それのほうがいいと思うのです
本当のことが、心の中にまだあるうちは、それは、扉が閉じたままみたいに思えるのです

この場所では、自分の中の本当を吐ききるのは、むずかしいかもしれないです

そういう場所、素直に言える場所がどこかにあるといいなって思います
いざというときに、なかなか見つからないときもあるので・・・
探しても、求めても見つからないときもあるので・・・

想いを綴るだけでも、本当の気持ちを綴るだけでも、いいみたいで、この場所へは投稿できなくても、とりあえず、心の中のたまりにたまってしまった本当の心を、思いっきり綴ってみるのは、なんかいいみたいです
私は最初のころ、いっぱい吐き出してました
すごすぎて、投稿していないのがいっぱいありました

私は、よく自分の言葉を読んでいます
投稿する前にも、文章を作って保存してあるので、何回も読んで直したりしてから投稿しますし、投稿したあとも、投稿しなかったものも、何回も読んでいます
自分で自分をわかるためとか・・・自分のためにかな
だって、よくなりたいから
あとはただ、しあわせみたいに、普通みたいに生きてゆきたいなと思うから
私のしあわせは、私だけがしあわせになることでもないので、いろいろいっぱい必要なのです

過去には、戻れない
過去の事実は、変えることができない

過去を悔やむのなら、未来からみたら今、現在は過去になります
未来になったとき、今が過去として、悔やむことになるとしたら、それも嫌だなって思って
やっぱり今を生きるのが、今を一生懸命生きて、今を楽しむのがいいのかな・・・って思ったりしました

そのためにはどうしたらいいのかな・・・っていう感じに、いろいろ考えてみたりします

皆さま、どうぞお身体、お心、お大事になさってください
愛しています


☆あの日から、私もいつでも思っているので・・・
今日という日に、どういう言葉にしたらいいのかわからなくて・・・いつもすみません

モラハラが奪うもの

ユキエ

15.03.11 20:37

今、モラハラを受けています。主人は10歳上、最近話題に出ていましたが、やっぱり年の差があると起こりがちなのでしょうか。
何年も前からそんな流れはあったのですが、ここ数ヶ月もうどうにもならない位…。とにかく私を駄目な人間として罵倒します。

「やる気あるのか?」
「普通ならそれぐらい考えて生活するだろ!」

家事も育児もきちんとこなしていると思ってます。でも主人が何か不安を抱えた時、気持ちが不安定な時、決まって標的となります。最初は外で仕事・人間関係でのストレスがあるから、私への甘えとして我慢しないと!と思っていましたが。ずっと罵倒し続けられるうちに本当に私は駄目な人間だと思うようになりました。すべての事から自信をなくし、何かをする気力さえ出なくなりました。存在価値をもう持っていません。ただのお荷物、だから言われるまま言うことを聞かなくていけない。そんな気持ちでいてはいけない!奮い立たせようとしても、涙が出てきて押しつぶされる圧力で痛いんです。
いつも持ち歩いている鞄は陰でチェックされ、信用されてない哀しさと自由のなさ。今、この時代に生きてるとは思えないですよね。高校生の息子からは「お母さん、もっと自分を大切にしな」と響く言葉をもらいました。でもまだ小学生の次男は皆でいて欲しいと。ここから飛び立てない(勇気もないのでしょうね)現実にもどかしくてイラ立ちも覚えますが、日々の生活の振動で生じてしまったこの「歪み」がまたこれからの振動で小さくなることを願う日々です。

3.11

春の夜の…

15.03.11 15:24

ずっと精神的に辛く落ち込む日が続き、ここからも距離を置いてしまいました。家族のことでいろいろありました。でも、今日思いました。生きているからこその、悩み。たとえ、酷くののしられようとも、酷い言葉を発したその人にも、体温のあたたかみがあるんだということを。ひとりひとり愛おしいいのちが、あればこそ。悩むことが出来る有難さを。
今日という日が、大切なことを思い起させてくれました。
そして、誰のところにも、春がやってくる…

岩手県出身の童話作家の友人が、18年前の結婚式に贈ってくれた詩が、なんだか、四年前に苦しい思いをされた方々のこれからの為の詩であるかのような気がしてならないので、ここに書かせてください。


          ~春をはじめてくだい~

 春をはじめてください     草原を行く風のように
 春をはじめてください     陽気に歌う小鳥たちのように
 あたたかくなると  春となって  花はひとりでに咲く…

 春をはじめてください     雪どけの小川のように
 春をはじめてください     陽だまりに寝そべる猫のように
 何の心配も   何の用意さえ   いらない

 すべてはそのように   ただ起こる
 春がくることで      ことは足りる
ただ ” 春 ” がやってくるだけでいい
 すべてはそのように   ただ起こる

 今 あなたに 春はやってきた
 さあ   春をはじめてください

 しあわせ
 幸  福という名の花々が  あなたのまわりで待っています



まだまだ東北はあたたかくはないですが…

被災者の方々、大切な方を亡くされた方々、どうか元気になれますように、しあわせに感じられることが訪れるように、願ってやみません。 誰のもとにも 春がやってきますように  と。



小さくても長く続けていきます

キョウコ

15.03.11 14:08

 東日本大震災から4年が経ちました。
あの時をきっかけに被災地で編み物を通じた仕事・生きがいづくい「ソーシャルニットワークプロジェクト」を始めて、いろんなことに気づかせてもらえました。

 1つ目は、日々自らが手を動かして時には汗を流し、頭で考えたものを形にする、これを楽しいと思えて続けられることが、本来の働く喜びであることを、福島や岩手の編み手さんたちから教わりました。
 2つ目は、手仕事は人々を夢中にさせること。先週末に横浜の保育園や目黒のカフェをお借りして編み物のワークショップをやりました。石井さんファンのお友達にも声をかけて、集まっていただきましたが、皆さんとても上達が早かったです。難しくて、たとえ出来上がった形が多少いびつになっても、その達成感と愛着は並々ならぬもの。物を大事にする原点がここにあります。
 3つ目は、編み方を覚えて余裕が出てくると、必死になってうつむいて編んでいた顔が自然と上がり、周りの人たちに教え合い、だんだんと世代に関係なく、会話が弾みます。スマホには決してない効果です。
 そして4つ目は全国から善意で毛糸がいっぱい集まってきたこと。1つの部屋では入りきらないほどあり、提供して下さった方々の想いも込めながら活動が出来ています。

 「ありがとう」を周りの方に言い続けることから、「ありがとう」と感謝される存在になろうと、被災地のお母さんたちは考え始めています。これからもまたこの場で報告させて頂きたいと思います。

同じ空の下3.11

mayuminx

15.03.11 12:05

どこまでも続く同じ空の下、東北へと祈りを
いまだ苦しい状況の方々に願いを
犠牲になられた御霊に黙祷を捧げます。

      
      命にありがとう




3.11

ふゆ

15.03.11 11:19

本日、Yahoo!検索で「3.11」というキーワードを検索すると、
ひとり(1端末)につき10円が、Yahoo!検索から
復興支援のために寄付されるそうです。
福島の子どもたちのためのプロジェクトも支援先にありました。
GAの活動ではないですが、
今日という日にできる具体的で身近な行動だと思い、
PC、スマホから検索いたしました。





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