MIND BBS 〜掲示板〜

神戸女子児童殺人事件。

石井竜也

14.09.25 19:36

まず・・・言葉が出ない。この国は、ロリコンの巣窟か?なぜに殺す?いたいけな子供の瞳を観て小さな女の子をよくも、殺せるものだ・・・涙が出てくる。どれだけ、痛くて、怖くて、悲しかったか・・・。日本中に設置されているカメラは、3000万台とも4000万台とも言われている。だが、それでも足らないのと言う事か? トイレまで監視される世の中が近いうちにくるかも? いや、もうあるのかもしれないけど・・・。悲しいかな、カメラの台数に等しく、人を信じられない証拠でもあるという事だ。日本は、単一民族意識が強く、昔から、共存型社会だったと思われる。しかし、ここまで個人の趣味嗜好が尊重される、あるいは、選択肢の多い時代になると、日本人という大きな枠ではくくれないのかもしれない。既に、他人と自分というこの二つしか、人間関係にはないのかもしれない。家庭内暴力、耐えない暴力団抗争、隣国との不協和音、島国故の抜け落ちた安全意識、隠れた誹謗中傷、かつてあった武士道や、紳士協定、隣人同士のいざこざ・・・数え上げたら、キリがない程、今の日本には、欠如した部分がいくつもある事に気がつく。それは、経済的に、豊かな時代が終わり、子供を育てる事が、夫婦で働く場合、非常に困難になってきているのかもしれない。所詮は、若い夫婦が必死になって二人だけで子供を育てるという事は、非常に困難である。だからこそ、人間は、70年という時間を生きる細胞に進化したとも言われている。要するに、必要にかられて、寿命を延ばし、祖父母の力も交えて子育てをする時代を作り上げた訳だ。はたして、これが進化という言葉に値するのか?は、置いておいても、時代の厳しさを考えると、納得出来る説にも思える。少子高齢化をひた走るこの国は、何の対策も講じないまま、今に至っている。その全ての状況設定を、見抜く政治家も居なかっただろうし、解っていても、誰も真剣に考えなかった。津波、土砂災害、地震、大雨、多少の対策に酔いしれているだけだったのかもしれない。塀だけ高くした「あばらや」のようなモノだ。こうした結果が、福島の放射能問題に繋がり、今回の猟奇犯罪にもつながっている。はっきり言おう、日本人は変わったのだ。それがアメリカに負けただの、教育がどうのと言ったことで誤摩化してきただけで、実は都合のいいように、間違ったグローバリズムに惑わされ、自分たちの美学も忘れ、ご都合主義に酔いしれているだけだ。自由には責任が伴う事も、独創性にはリスクが伴う事も忘れ、誰かのせいにしながら、生きてきてしまった、この50年だったのだ。低い投票率、無関心な政治、倫理観の欠如、知識人と富裕層だけの満足する社会体制、保証してもらう事ばかりを考える大人という生き物は、怪物になりつつあり、子供はその大人の表情を読んで、どんどん病んで行く。そんなところには、夢のかけらもない。夢は、貧困であれ、病気であれ、一生懸命生きている国にしか存在しない。他人まかせで自己崩壊している人間が多い場所には、夢も少ない。・・・・子供達を守れない、この国が情けない。

闘っていた時。

紫陽花

14.09.25 17:58

私が空手を習っていた時、もし、こう捕まえられたらこうする。とか護身術を習っていたのだけど。そんな状況になることは、まれだし。

そんなに襲われたりしない。もし、全員が戦いに行くなら。私も。って思うかも。

でも、師匠との日々が、大切な宝物だった。たかだか、中学校の体育館で、凛としたものです。もう師匠には会えません。

 だから、今を大事にしたいの。人の命は永遠じゃないから。

命

葉月

14.09.25 16:50

人として涙が出ます。。。神戸の小学生殺害事件の残忍な犯行に。何故、幼い子どもが体をバラバラにされてまで命を絶たされてしまうのか?身勝手な大人から守りきれない社会の病み。犯行が障害者と言えども、現在の法の在り方にも問いたくなってしまいます。前は、監視カメラの増加設置の意見に何もそこまで?と思っていましたが、今では違和感も感じなくなってきてしまいました。なんだか悲しく思います。。。こうするしかないのかな?って。監視社会を名付けても仕方がないのかな?って。


PS
ご先祖様の生き方、生き様を知ると、今ある命は、ご先祖様からも命を託されているんだなぁとも思います。だから、自分一人だけのものじゃない気がします。。。


時代、時代に歪められた形

月姫

14.09.25 15:00

でも、根本にある普遍なもので、解り合っていけないか・・・というところなんですね。

先の戦争で、日本は敗戦国となりましたが
亜細亜の国々の中には、小さな島国の日本の姿勢に勇気を感じ、自国の歩みにとっての倣いと見て下さった国も多く
戦後裁判で、日本が苦しい立場に立たされた時にも、日本への配慮を訴える演説をしてくれた国もありましたよね。

日本が「操り人形」と見られる現状に至るには
長い長い時間を掛けての、国民の意識や文化に
誇りを失わせる働きかけがなされてきた結果ではあると思いますが

石井さんの仰るように、日本人の中に受け継がれてきた国民性や、勤勉さに裏打ちされた優秀さ、繊細な情緒と技術が支えている美学など、根底にあるものが失われていないことは、東日本大震災という、手痛い教訓を通して、日本人だけでなく、海外の方々にも改めて認識していただけましたよね。

「共存」という言葉ですが、私が書かせていただいたように、同じ一つの言葉でも、その前後に付随してくる言葉によってもいろいろな意味合いがもたらされてくるものですね。

私の言った「共栄」という言葉は、理想的ではあるのだけれど、関わりあう国々に対する「過剰な干渉」という受け取られ方も在りうるという事は、先の戦争での日本の立場からも想像できますし

先日ラジオで石井さんも言っておられましたが、資本主義なんだか社会主義なんだか・・・という現在の情勢から、冷戦時代のように「平和的共存」というスタンスも考えられます。

今、日本が打ち出している「集団的自衛権公使」云々という方針についてもそういった懸念が、国内外から持たれて注視されていますよね。その懸念を払拭する為にも、石井さんの仰るような浄化・・・複雑な立場にある女性や、危険に晒されている幼い子どもたちの命を「きちんと護る意志のある国である」ということを示す事が必要なんでしょうね。

石井さんの「GROUND ANGEL」「の「共存」は
だからこそ・・・の余計なものを付随させない「共存」なのかな・・・と。(勝手な解釈です、すみません)

確かに「欧米」の亜細亜諸国に対する意識は、古くから変わらない共通のものがありますが、ヨーロッパについては、石井さんが仰るような、日本的美学に共感していただける文化や国民性が今もあると、私は感じています。

その中で、前にもお話させて頂いた事ではありますが
互いの国々の、文化や宗教観、国民性の違いを「違うから」と言って低く見たり、否定したり、破壊し、自分たちが「正しい」と信じるものに置き換えていこうとするのでは無くて

日本人が昔からやってきたように、違う文化や宗教の良い所を取り入れ尊重しながらも、自国に合うものとして、改めて創り上げ、発展させていく・・・と、いったような形の中で、解り合っていければいいのかもしれないですね。


戦争の一人一人の人生に与える影響

花実月

14.09.25 13:49

メッセージがアップされるのにタイムラグがあり、先ほどの私のメッセージの投稿、石井さんの今日のメッセージを拝読させて頂く前だったので、連投失礼いたします。

石井さんのおじい様のお話…戦争が一人一人の人生に、その心に、どれだけ深い傷を残すものか…改めて深く感じ、考えさせられます…。

私たちが今こうして生きている時代は、戦争という異常な状況下の中、どれだけの沢山の方々の苦悩、悲しい物語が現実にあって、この時代に繋がっているか、次の世代にそれをどうやって伝えていくのか、考えていかなければと心から思います…。

人間に愛が有るならば。

依田志保

14.09.25 13:03

竜也氏の祖父の御話・・・・今は何処から覗かれて御聞きしてるでしょうか・・・・何故結えの愛だったでしょうか??私は思うのですが、ニュース等々もいい事だけに成ればと思います。悪い事を真似する人間が居るのですから。もう御法度だと。平和を求めるならば。

許せない事件が…

花実月

14.09.25 10:16

神戸の六歳の行方不明だった女の子…人として、子を持つ母親として、またいたたまれない、悲しい事件が最悪の結果となり、とてもつらいです…。
こういった事件が起こる度に胸が痛み、どうしてこんな可愛いらしい未来ある命が、こんな形で奪われなければならないのか…なんとかして防ぐ方法はないのか…考えても考えても、悔やまれます。
私の住む地域にも不審者の情報はよくあり、その度に子供には、絶対に1人では行動しないよう、知らない人に何か声をかけられても応えないようにと、繰り返し伝えていますが…少し下校時間が遅れたり、遊びに行って帰宅時間を少しでも過ぎると、とても心配です。
これからの未来を作ってくれる子供たちの命、その心身共の安全が、何より大切に守られる社会である事を、ただただ祈るばかりです…。

ある兵士の物語。

石井竜也

14.09.25 08:22

その日は、兄弟3人と戦争に徴兵され、奇しくも、兵役免除で、家に戻された。弟達は、みんな旧大日本帝国陸軍に所属。第二次世界大戦の頃の話だ。その人は、弟達と、お国のため戦いたかった。弟達の活躍を手紙で知るたびに、彼は、兵士になれなかった自分のふがいなさに、いつも情けなさを感じていた。そんなさなかにも、生きて行かなくてはならず、日本は一層、配給物資が少なくなる一方だったので、皮肉にも彼の作ったお菓子は売れた。兵役について1年目の秋、一番下の弟が、サイパンで戦死したと、通知が届いた。遺品は、旧陸軍勲章たったの一つ。彼は、送られてきた小さな箱の中に、手紙を発見した。読むと「兄貴と、もう一度、釣りに行きたい・・・」と走り書きで書かれていた。その手紙は、僕が小学校のときに、仏壇の引き出しから、見つけた物だった。話を戻そう・・・。彼は、兵隊になりたかった。弟の敵を討ちたかった。徴兵に落ちたのなら、兵学校への編入を希望し、関東兵学校を受験。元々優秀ではあったため、すぐに編入は決まった。しかし、彼が兵学校に通い始めた頃、既に日本の敗戦は、色濃くなっていた時代だった。結局、通信士資格と、兵器管理業務という地味な後方舞台にまわされそうになるのだが、彼は戦いたかった。そんなときにもう一人の弟までもが、戦死した。彼はその優秀さを買われ、海軍の士官学校を出て太平洋で戦艦とともに沈んだ。遺品は、あるはずもなかった。弟達の敵を討つために彼は焦っていた。早く敵を一人でも倒し、弟達の無念を晴らしたかったのだ。そんなときに、発覚した腸チフス。彼は敗戦を、病院で迎える事となるのだが、当時男子3人1女子の父親でもあった彼は、自分の町が空爆にあった事を知る。港にへばりついているような小さな港町なんかに、なぜ? 結局、気まぐれで落とされた焼夷弾で、町は粉々になった。年老いた父親が、頭に爆弾の破片を受け、重体。彼はふらふらの身体を引きずって、2日かけて、自分の町に歩いて帰った。そこで見た光景は、焼け野原と、犠牲者の山。酷い匂いが町中に充満し、吐き気をもよおしたという。彼はようやく家族に会えた。奇跡的に、自分の家は半壊で、全焼は免れていたが、状況は酷い物だった。そんな中、自分の父親の瀕死の姿を見た。達筆な父親は、懐に、手紙を持っていた。差し出し先は、自分であったという。いろいろ書かれている中にある言葉を見つけた「負ける戦争に参加する事は愚かだ。弟達の御霊になんと説明するのか?兄を思いながら死んで行ったに違いない、二人の命を弔って行くのが、お前の使命である」その人は、死に行く父親の前で、自分の情けなさに、泣きじゃくったと言う。東京大空襲の3日後の事であった。彼の父親は、文筆家を目指し東京で新聞社に入社していたが、胸を患い田舎に帰ってきた。死ぬ間際まで、一冊の小説でもいいから書きたかったと、言っていたようだ。そして迎えた終戦。自分が生きている事を、彼は一生恥じていた。彼の口癖は「芋の皮むきもできなかった・・・」兵士になれなかったその人は、戦後、弟達と家族を養うため、家業である小さな製菓店を町一番の大きな店にする程、必死に働き続けた。やがて息子達は、東京の大学に進学、3人共に努力し、いい大学にも入学出来た。孫が生まれ、彼は老人になった。だが、口癖は変わらなかった「芋の皮むきも出来なかった・・・」彼の庭を観てタバコを吸う横顔は、いつも何故か寂しそうだった。元気な頃の彼の身体に前掛けがなかった姿を観た事がなかった。孫達に囲まれた正月でも、彼は、いい年になった息子達の酒盛りに一緒に参加している姿を、観た事がなかった。正月気分に酔いしれる幸福な家庭と、その頃の僕は、楽しくてしょうがなかった。彼は「おじいちゃん」と呼ばれる年になっていた。享年88歳。うちのおじいちゃんは、お尻のポケットにいつも入れていた物があった。それは小さな手帳だった。職人らしく、砂糖の分量とか、片栗粉の入れ方等、細かく記してあったが、一番最後のページには、2人の弟達の写真が、挟まれていた。怖かったイメージのおじいちゃんには、悲しい思い出が忘れられずにいたのだった。彼の父親の手紙は、祖父とともに焼かれた。兵士になりたくても慣れなかった、兵士の話である。・・・それが、俺の祖父である。

竜也氏♪♪

依田志保

14.09.25 08:08

竜也氏の御父様、御母様が居らして竜也氏が選んで誕生したんですよね♪♪私もそうでしょうし……♪♪竜也氏の御両親にも有り難う御座いますって伝えて貰いたいです♪♪竜也氏に逢わせて頂けて♪♪竜也氏も苦労した事も有るでしょうけど、乗り越えられる素晴らしさがとても支えに成ってますし、存在がいいんです♪♪素敵な方です。竜也氏♪♪有り難う♪♪偉大な竜也氏を愛しく狂おしく成っちゃったな♪♪♪♪♪♪♪♪

宇宙

依田志保・愛

14.09.25 07:26

共存、、興味有ります♪♪

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