お盆
yoko
14.08.14 22:35
私の、おじいさんの弟さんは、満州へ戦争に行って亡くなりました。
おじいさんは、長生きしましたが亡くなる前やっと会えると、喜んでいました。
お盆休みは、天気が、あまり良くなくて、神宮外苑花火大会は、晴れほしいです。

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お盆
yoko
14.08.14 22:35
私の、おじいさんの弟さんは、満州へ戦争に行って亡くなりました。
おじいさんは、長生きしましたが亡くなる前やっと会えると、喜んでいました。
お盆休みは、天気が、あまり良くなくて、神宮外苑花火大会は、晴れほしいです。
ガザの悲劇。
石井竜也
14.08.14 21:09
今現在、イスラエルの攻撃で、2000人以上が虐殺された、現実。攻撃の武器が問題で、粘着質の花火のように広がる、火薬。これは、煙が猛毒になっており、やけどのケロイドが広がって行く悲惨きわまりない武器です。これを、ガザというパレスチナの中心街に打ち込むその気持ちがわからない。居るのは全てパレスチナの普通の人びとなのは、完璧にイスラエル側でも理解しているはず。あくまでも、イスラエルの的は、ハマスというイスラム原理主義者が中心の反政府ゲリラであるのにも関わらず、一般の人びとを殺す理由がどこにあるのか?こんな事をすれば、自分たちの宗教の原理にも、つばを吐く事になるのではないのだろうか?結局、戦争というのは、狂気なのだ。狂った思想や、宗教解釈、歴史の誤った見方。寛容になれない、民族の暴走。人間には、ある一定の時間を過ぎた事については、『慈悲』という感覚があるものだ。それがなくなった時に、悲劇は起こる。丁度、今の韓国の反日1000年思想は、これとそう変わらない感覚だ。これによって、お互いの国に何の利益と幸福があるのか?・・・政治に疎い自分には、全く理解しかねる考え方である。『人は完璧ではない』まずこれを、世界中の優れた人材までも、自覚すべき時代に入ったのではないか?自分だけが正しいという教育や、法則が、どんな残虐な歴史を作ってきたか?よく考えるべきだ。ガザの一番の残酷な事件は、教会に、何十人もの教徒達を集め、「明日までそこを動くな!」と命令し、次の朝に、その教会にミサイルを打ち込んで、全員が死亡した事件だ。こんな事が世界では起きている現実だけでも理解してほしい。そして、そういう思想や危険分子の考えは、こういう悲劇を必ず生む事が、この極東の諸国にも起こり得る事を、考えてほしかったのです。間違った恨みや妬みは、人を狂わせ、国を狂わせます。その前に、国民の平和を望む声を静かに起こすべきです。それは家庭内の教育だったり、学校の数少ない、中立の立場の先生の同意だったり、隣近所の分け隔てない、倫理観の教育だったりするのだと、思います。誰かが出来ないのなら、自分でするしかないのが、今の世界の共通認識である事だけは、本質のように感じる今日この頃です。
戦争をしていないから
月姫
14.08.14 15:33
「平和」であるとは限らない・・・。と、いう言葉を思い出しています。国の中に在って、社会や、人の心が「混乱状態」にあるのは、「戦争」をしているのと同じ状態なのだと。
柵様のお話されていた番組、私も、偶然、本当に最後の最後だけ、見ておりました。複数の生徒から、虐めを受けていた娘さんを、自殺で亡くされたお母さんが、娘さんを死に追いやった生徒達に「極刑」ではなく「更正の道」を望まれた・・・というものでしたが、柵さんの仰ったもの違っていたらごめんなさい。
私は、そのお母さんの選択を知った時、そこまでの経緯を見ていない事もあり、「本当に更正する・・・と思えるんだろうか?」という疑問の方が大きかったんですね。
その後、虐めを見過ごした学校に重い処分が下り、州の法律として「今後、虐めを行なう者を許さない、また虐めが行なわれている状態を見過ごした場合も罪になる」と、いった内容の法律が整備され、最終的にアメリカ全土に適用されるようになった・・・というのを聞いた時にも、
そういった法律があっても、自宅や、スクールバスやオフィスにまで、監視カメラが付けられていたとしても、今も、虐めや差別や、虐待は起き続けているという現実を思い
「法律」が、虐めや、差別や、虐待に対して、大きな抑止力にならないんだな・・・という怖ろしさと、歯痒さを感じます。
私自身の言葉の中に「差別」という言葉を入れましたが、民族同士の差別というだけでなく、家庭の中で、無意識に植えつけられている「差別意識」が、社会や学校に於いての、自分以外の人間への考え方の、根底に在るのではないか?と感じるこの頃です。
葉月様も、その先生の発言に、同じように感じられたんですね。虐めや、暴言にも繋がる事だとは思いますが、「冗談」や「ノリ」という奇妙な約束事に疑問を感じますよね。
人の感受性というのが様々で、些細なことでも大きな衝撃を受ける方も沢山いらっしゃる・・・という現実を無視して「冗談で通じないウザイ奴」とか、「ノリのわかんない重い奴」とか様々・・・。挙句の果ては、目の前の当人の意思や思惑も無視した「キャラ」という役割付け。
相手の事を少しずつ知りながら・・・のコミニュケーションを持つのではなく、まず相手を、自分の都合良く合わせさせるところから始まる「仲間作り」
テレビのバラエティなどで、未だに無くならない「〇〇出来なかったら罰ゲーム」とか、大掛りに騙した挙句、その人間を笑いものにする企画なども含めて
「人との信頼関係」や「人の心」そのものを、余りにも安易に繋いでいくことが出来る・・・という「錯覚」が、子どもだけでなく、大人にも及んでいるのを感じますし
死に直結する言葉や、連想させる言葉を余りにも軽々しく使うだけでなく、時に、それで有無を言わせない選択を迫り、強制的に従わせようとする思惑を、あちこちで感じずに居られません。
お話が前後して申し訳ありませんが、事前学習が足りなかったのでは?というお話と重なるかと思いますが「修学旅行」の「修学」という意味を、学校も生徒も、もう一度認識する必要があるのかもしれませんね。
以前、耳にして気になったことですが、今の教育委員会では、神社仏閣への「修学旅行」を認めない風潮があるそうです。未熟な子どもに対して、宗教教育をするのは良くない・・・という理由だそうですが。
そういう偏った指導方針があっての「修学旅行」で、子ども達は、何一つ大事なことを知ることは出来ないような気がしますね。
長くなりましてすみません。お墓参りにはいけていないですが、毎朝お香を上げて、手を合わせています。
明日は、毎年恒例にしているお盆の行事、戦争で亡くなった、義祖父に手向ける「お水」を、戴いて御供えしたいと思っています。
今朝「いいな」と思ったお話ですが「盆踊り」は家に戻ったご先祖様だけでなく、帰る事の出来ない御霊を慰め名残を惜しみながら、彼岸へ追いかえり願う為のものでもあるそうです。「祭」の中にはある「優しさ」を感じたお話でした。
久しぶりの。
atsuko
14.08.14 11:19
久しぶりの書き込みです。
石井さんの一方方向と、手紙のメッセージを読んで久しぶりに
書き込みがしたくなりました。
ここに来るようになって毎日書き込みをしていた時、
自分の考え、感じたことを出来るだけ自分の中で理解をして言葉を選んで書いては消しての繰り返しで皆さんのメッセージを読むのも石井さんのメッセージを読むのも、日常の会話にはない想いを固める、自分を律することが出来る場所として今でもメッセージはしないものの大切に思っています。
一方方向、メディアで伝わってくる色んなニュースを見るたびに
その時、その時は感情的に良い悪いを判断する気持ちが芽生えますが、そのまた奥の当事者の方やまた相手の方の心、その事は起きた途中経過を想像すると
なかなか当事者ではないことに想いを発することの難しさ、判断するだけの情報が足りているのかを考えてはメッセージする難しさを知りました。一方方向になりそうで難しいなと思うようになりなかなかメッセージできずにおりました。
でも一方方向ではない考えを念頭に置くことの大切さ、
より沢山の想いを計ることの大切さを教えてもらえたと以前の自分よりは自分を好きになれたと思っています。
毎日みなさんのメッセージを読んで言葉の流れの巧みさ、
ニュースにはない側面を知ることができています。
また、前みたいにメッセージを書けるだけの言葉の選択、勉強を深めたいなと思っています。
久しぶりのメッセージなのに上手く書けないことに歯がゆさを感じながら、メッセージを残させて頂きます。
真剣に向き合い、叱ってくれる大人の存在
花実月
14.08.14 07:31
今週の石井さんのメルマガにあったお話、石井さんからお聞きするお祖父様の姿は、お父様同様、石井さんの、『人』としての格のところをいつも支えていて下さっているんだろうなと感じます。
昨日、ニュース番組の中で、高校生のダンスの世界大会でヒップホップ部門で優勝した、京都の高校のダンス部の事が紹介されていました。その顧問の女性教師の方が、いわゆる昔ながらの鬼コーチで、練習中、生徒たちをかなり厳しい言葉で罵倒し、中には涙を流しながら聞いている生徒もいます。でも、先生から感じる熱意…生徒たちの先生を見つめる目はキラキラ輝いていて、尊敬と感謝に満ちているのを、画面からでもひしひしと感じます。その先生は、もともと違うスポーツをやっていたそうですが、ダンス部の顧問となり、人一倍の努力をして、ダンスを一から独学で学び、ダンスの指導はもちろん、衣装のデザインや音楽の事も全て自分1人でこなし、生徒たちを全国大会、そして世界大会へと全身全霊で導いてこられたそうです。先生の厳しい言葉の奥に、生徒を心から大切に思う気持ち、真剣に向き合い見つめ支え続けようとするる姿に、「こんな先生もちゃんといて下さるんだな…」と感動しました。一つの目標を持ち、それにむかって辛くても努力を続ける、一緒にそれをわかちあえる友や、それを温かく見守り真剣に叱咤激励してくれる先生や家族、大人の存在を感じれる事は、どんなに不安定な思春期の心を支え、大人になった時のその人の基盤となってくれるかと思う…。信頼関係と感謝の心が、人の心をつよく豊かに育てる事を、すごく感じさせられました。
バウムクーヘンのように重ねていく自信…とても素敵な表現ですよね…フワッと優しく食べた人が幸せな気持ちになれるようなその人の印象…いろんな経験、喜びや悲しみ、辛いこと悔しいこと、嬉しいこと楽しいこと重なってその人の心が作られている…そしてまた、新しい心を育てていく影響をまわりに与えながら、人は生きているんですよね…
お盆、そして終戦記念日…私も御先祖様、私たちへと命を繋ぎ、この国を守ってきて下さったたくさんの先人たちの御霊に、私も石井さんや皆さまと一緒に、心から鎮魂と感謝をこめて、手を合わせていたいと思います。
今ある幸せは…。
KAZ
14.08.14 00:27
お墓参りして来ましたか?春彼岸、お盆、秋彼岸はご先祖様を思い出す為にあると言われています。普段は仕事に追われ家と職場の往復だとしても、その時くらいはご先祖様を心に思うこと、そういう意味もあるそうです。もし、お墓参りが出来ないとしても、目を閉じてお墓に行って花と線香をあげるくらいのイメージは出来ますよね?それで良いと思います。
今ある“幸せと感じるココロ”は、ご先祖様のお陰だということですね。
やっぱり、日本の昔からの習わしというか、風習は代々受け継がれてきて残っているわけだから、「時代は違うんだよ」…ではなく、残さなければいけないのかな、って思う今日この頃です。
追伸
今の先生は、威厳が無いな〜と思います。例えるならば、軟体動物みたい。
終戦記念日
君
14.08.13 14:39
今年も終戦記念日が間近に迫りました
幼い頃は 訳も解らずに合掌していましたが、 歳を追う事に、 如何に大切な行事であるか身を持って体験しています
当時は戦争を正義と信じ、お国の為に戦い、犠牲になられ儚く散った貴い命があり‥今、現在の私達の生活が成り立っている
その御霊に心から手を合わせ‥二度と再び起こしては為らない『戦争』について深く考えなければ為らない大切な1日
‥『戦争』という惨劇が倦みだした様々な狂気と凶器‥お国の為にと信じ、自身の矛盾と肯定と闘いながら亡くなられた命‥
此処に来て1年‥皆さんのご意見を拝見しながら、 私自身も学ぶ事の多い場所です。
‥今‥戦争は形を変え、様々な犠牲を生んでいます
どうか誰1人 犠牲者の出る事がない国造り‥世界へと続く事を心からお祈り致します。
言霊
葉月
14.08.13 11:12
月姫様がおっしゃったように、子どもの中でのコミュニケーションに死に直結する言葉や、連想させる言葉を、私達の世代より軽々しく使っているようにも思えるのです。前に、石井さんがココで言葉そのものには悪意はないけれど、言う側の思いに悪意が込められている事もあるのでは?というお話も考えさせられました。
それから、修学旅行で長崎、広島へ行かれる学生達の事前に歴史を考える時間が足りてないのでは?とも思います。思い返すと、私の時もそうだったような?仲間との思い出作りが優先だったりで、ある子が行程で原爆資料館の記載を見て「シラける」と言った言葉が忘れられません。長崎、広島の学生達は、原爆投下日は出校日でもあるのですよね。全国出校というわけにはいかないんでしょうけど、この日原爆で苦しまれた方々(今も)の事を想う。平和を考える事大事に思います。。。そうしたら、暴言を吐くだろうか?
昨日、6月に長崎雲仙市の小学校で教諭が生徒とゲームをしていた時「先生が勝ったら、ここから飛び降りて(3階の教室)、冗談だけど」の問題発言が報道されました。「冗談」をつければすべてチャラになる考えは理解できません。ここにも言霊って宿っていると思うのです。この教諭は、2004年佐世保の小学生殺人事件の担任でもあったそうです。命の大切さは誰よりも分かっているはず。何気に言った言葉でも、受け取った側は言霊も受け取っているのですよね。何かの拍子に思い出して苦しんでしまうって事ありますよね。
お互い優しい気持ちになれるような言葉を伝えたいです。。。
戦争のせいだったのでしょうか
mayuminx
14.08.13 00:06
祖父は戦争から帰って来ておかしくなったらしい。
家を出て死んでから見知らぬ土地で見つかったと聞きました。
祖母と母たちは親戚の家で暮らしていたらしいのですが
そこでのイジメで母は家を出たらしいです。
その時受けた傷を、娘にも与えたかったのでしょうか。
そう思える事が多かったです。
もし、戦争がなく祖父がそのようにならなければ
母もまた別の人生だったのかもしれませんね。
そうすれば私も…。
イジメについては体の痛みはそのうち忘れる事が出来る。
でも言葉で受けた傷は忘れる事はないですね、
今もしっかり言葉として覚えています。
いろいろ、人として支障は出ていたと思います。
最近やっと人らしい感情を持てるようになった気がします、
人と人の関係、大事ですね。
「縁」あればこそ。大切にしなければ。
こう思えるようになったのは石井さんと出逢ってから。
感謝しています。ありがとうございます。
大事
yoko
14.08.12 23:59
語り部さん対して中学生が暴言を吐いたことは、戦争を経験を、したことがない子ども達が、ただふざけて言ったのか、悪意があって暴言を吐いたのなら大事だと思います。
今の時代は、私はやった事が無いから分かりませんが、Faceebook Twittet などで、小さな事から 知らない間に大事に、なってしまう ことが怖いと思います。