MIND BBS 〜掲示板〜

作り手の気持ち。

手紙

14.08.02 04:41

どんなことでも依存は身の破滅だと思います。
でも子供の頃、思ったのが
『漫画ばかり読んではいけない』
そう親に怒られるたびに
『大人が描いたもの。
大人が子供達に夢を届けたくて描いたものを。
そんなふうに言わないでほしい』。
きっと絵文字にしても、バーチャルな世界にしても。大人が作ったもの。大人が子供達に夢を届けたくて作ったものだと思う。依存は身の破滅だけど
作り手の気持ちを考えたら。そこまで悪く思うことに複雑な気持ちになってしまいます。

24時間支配される~便利な道具の奴隷

kazu

14.08.02 02:23

いまでも思う・・・。
街や電車の中 職場まで スマホ片手に 下を向いて歩く
人たち【サラリーマン・主婦・学生・ご年配の方】
そんな光景に 異常なほど恐怖に思える

事件事故が続くのは…もう嫌です…

匿名希望

14.08.01 22:51

少女の事件の背景、生い立ち、誰にも助けることはできなかった…いえ、どう助けられることができたのか…、幾度も行動で現れていたのに…。
愛情不足もあったのかもしれないけど、この悲しく残酷な事件は二度とこれからあってほしくないと願います。被害者の友人やご親族の心の傷を…どうしていけばよいのか…この事が、何より痛みます。どうか…と祈るしかない無力感が残ります。

そして、
あの台湾の爆発。次々と…市街地で、踏み切りまで吹き飛ばされ…。
道路は陥没。
住宅街にあってはならない地中の危険物。

日本にそういう危険物はないと…?本当に…?
これも、この国には、ないですから…。を信じることで、一定の危険物への安心は得られるのでしょうけれど…地震国。
火山だって爆発しないとは、言えないですよね?

工場と住宅地は本来別々でなければならないですが…。あの国はなぜ、無防備なのか…予測できなかったのか?
自分はまさか巻き込まれないだろう…では、済まされない 映像、報道でしたね…。
住宅地がある場所に、設計図を出すなら、
このように、死傷者を出さないような設計であるべきだと思います。パイプのこと等聞かされずにそこで暮らしていた人からすれば…もう遅い…起きてしまった事故の後に説明され…またどこかで爆発したら…不安を感じながら過ごさなければならないのですよね…。自然災害にも、どこか似たような、不安を感じるのですが…?

血の通わない世界で

花実月

14.08.01 22:43

確かに、若者や子供たちは、バーチャルの世界でいろんな敵と戦ってストレスにさらされ、その中で友人らしき?関係を作ったり擬似恋愛をしたりで現実からますます離れ、他人の本当の痛みや苦しみを想像する力、感じる心も考える意味も麻痺していって、どんどん心が空虚になっていってるような恐ろしさを感じますよね…。

以前の戦争は、情報を遮断された一部の指導者たちの洗脳のような形で巻き込まれていったとすれば、これからの時代の人たちは、溢れ過ぎた情報に全てを麻痺させられたり操られていくような危険を感じますよね…。

どこかおかしいと感じながらも、1人ではどうにもならない無力感と絶望感の中、無関心である事の方が無難で安全かのように何も考えようとしない変えようとしない私たち大人を、今の子供たちはどんな風に感じているのだろうな…。

私もこうしてバーチャルの中で考えた気になっているだけでとても空虚な気持ちにもなりますが、目の前に現実にいる我が子が幸せになる為にどんな小さな事でも見つけて希望にしていかなければと、いつも自分に言い聞かせています…。

笑っていても泣いていても同じ限られた時間ならば、くいのないように毎日を出来る限り明るく有意義に使っていきたいとだけは思いながら生きていきたいから…。

道具を使うのは人間の『心』であるという事を忘れず、今の時代に合った新しいコミュニケーション方法も、修正し模索していければと思う…。
人の『心』が何かに気付き変化していけば、きっとその使い方、活かし方も変化していくと信じていたいです。

‥繋がる

匿名希望

14.08.01 22:12

今日、ラジオ等のメディアを通して佐世保の少女に接見した弁護士のコメントとして発表された「父は尊敬している」「再婚には賛成していた」との内容を知り、コメントの真偽は兎も角、この少女は父‥母‥特に父を庇っているのではないだろうか?と、感じました。昔‥親の愛は『無償の愛』などといわれていましたが、今や『無償の愛』という言葉自体、死語と為ってしまったかの様な時代となり、今を生きる子ども達は競争社会の中で疲弊欝屈し、母の死をきっかけに目覚めた死生観の様な物に翻弄されてしまったのではないかと思いました。このような時に真剣に支えてやれる大人が傍にいなかった事が残念でなりません。

この様な事件が起きた時、いつも感じるのですが、被害者と加害者‥いつも加害者の人権の方か尊重され、被害者の人権は二の次の様に扱われている事に疑問を感じます。

意味がある

愛虹ことり魚

14.08.01 18:59

KAZ様、ありがとうございました

突き詰めるのはなぜかというと、答えが欲しいからなのです
ずっと長い間、気になっていることだから…
関係した言葉があると、どうしても、そこへと思いがつながってしまいます…何気ない普通の言葉から…

ひとつだけだったのが、ひとつ…またひとつと増えていきます
不条理だなって思うような出来事が
どうしてなのかな…って、どうして、そんなことが起きるのかなって思うような出来事が…

ドラマや映画ではない現実だから、そんな最悪な偶然ってあるのかな…っていう、信じられない気持ちです

そういう気持ちのある人も、増えていっているのではないかなとも思います

どうしてなのかわからないときに、スピリチュアルの世界に出逢い、そこに答えがあって、気持ちが楽になったのでした
スピリチュアルの世界は、すべての出来事には意味があると教えてくれました
だけど、私にはその中にも、そうなのかな…?と、納得出来ないものもあります

命を大切にということは、宇宙の始まりから、生命の誕生、自然のお話し、そういうところから見ていくことも、深くつながることと思います
今ここに生きている命は、ものすごぉ〜〜〜く奇跡的だということに気がつくと、大切にしないといけないな…という気持ちになります
でも、そこまでいくのには、興味がないと、伝わらないかもしれないです
興味があることは、深まるけれど、興味がないことは、なかなか中には入っていきません

手品をはじめて見た、という他の国の子どもたちを見ました
眼をきらっきら☆に輝かせて、喜んでいました
日本の子どもたちは、手品のたねを知りたがる感じ
物が豊かになって、情報があふれて…その変わりに、少なくなってしまったものがあるなって思います

何か楽しいことはないかなぁ?とか、あなたは楽しみがあっていいね…とか言われたことがあります…私も相手も大人です
私は、楽しいことはあるので、逆に楽しいことを見つけられないこの人が、かわいそうだなって、思ったことがありました
こんなに身近に、こんな小さな楽しみもあるのにな…って
私は、しあわせです


☆皆さま、お身体に気をつけて、じゅうぶんに守られますように…
こういう思いも、powerがあるのではないかなぁと思っています

情報という名の落とし穴。

石井竜也

14.08.01 12:05

人間社会の根幹の部分が、今では『情報』という目に見えない敵との戦いなんですね。昔は、「一人の時間は、自分を見つめ直したり、せいぜい、映画を見て発散したりと・・・」自分個人として、自分を見つめる良識ある孤立の時間を持つ事が出来たのですが、今は、インターネット、極悪サイト、から始まって、何気なく、言い放つあの投稿者達の心ない、WWW(ワラワラ)とか、絵文字みたいな気味の悪い表現。最初は、キーボードを使っての工夫だったのでしょうが、今となっては、なんだか、気味の悪い「悪癖」にしか見えませんね。この間、高校生くらいの女の子達がケイタイ片手に絵文字の比べっこしていたときは、ゾッとしました。あの小さな世界でしか、自己表現を考えられない友情?・・・同士?言い方は、解りませんが、気が合うという表現より、むしろ、同じ美意識にしか結びつきを持たない冷血な人間関係を構築してしまっているようにしか見えないのは、僕だけでしょうか?だから、中学生にもなれば、自分だけの世界というのが、パソコン内に現れ、顔も見た事のない、嘘も本当もごっちゃな世界に、バーチャルな「友情劇」を作り出す。送り手が受け手になり、受け手が送り手になる。ミサイルと同じ論理ですね。打ち込んでしまえば、そこで何が起こっていようがかまわない。顔も見られないし、罪悪感も生まれない。肉が挽きちぎられ、内蔵が道ばたや、壁、そこにいた人びとに、血飛沫が跳ね上がる。そんな光景は、薄いパソコン画面の中に、『興味』としてみる事はあっても、殺された側の心情を掘り下げるまでには至らない。これは誰も予想のつかなかった時代の様相ではないでしょうか?それこそ、自殺の仕方から、遺体映像、噂に寄ると、闇サイトでは、危険ドラッグの買い方、斡旋に始まり、遺体の防腐処理から、解体までを、説明するサイトまであるそうです。こうなると、既に「家庭内の・・・」とか、「親の躾が・・・」とかの、範囲を十分に超えてしまっていて、親が監視出来る余地があまりにもないのではないでしょうか?要するに、個人的という言葉が通用しない。だから、責任も感じない。孤立は、孤立じゃなく、妄想と、事実という皮をかぶっただけのインターネットを見る事で、世間とのコミュニュケーションも取れていると勘違いする。実社会に出て初めてわかる、会話の難しさ。言葉をのばさないままに、社会に出る訳ですから「品性のある言葉使い」や「思いやりの意味」そんな物が欠落した、『超個人主義』の社会が出来上がってしまう。かといって「利己主義」にまで、確立する勇気はない。どこかで、繋がっていたい細いロープが、サイトだったり、ケイタイのメールだったりするのでしょう。使い方と、依存の程度で、きっとこれからの人間社会は、大きな転換を余儀なくされるかもしれません。世界の問題の80%くらいは、拡散された一方的な情報により、偏見も、喧嘩も、差別も、強いてはそれが戦争にも繋がって行くのかもしれませんね。恐ろしい時代になったもんだ。

佐世保の事件を通して

葉月

14.08.01 11:28

少女殺害事件、想様がおっしゃるとおり、加害者の人権以上に被害者の人権保護、周りの方への心のケアはとても大事だと思います。。。昨日、地方紙の社説を読んでいて、10年前に起きた小学生殺害の被害者の親と兄が今年講演された話がありました。当時、兄は学生だった事もあり、事件のショックで自分の気持ちを言葉にできなくなったそうです。でも、親の職場関係の記者からの温かい心遣いで救われて今があると書かれていました。周りの大人のサポート絶対必要なんですよね。。。


報道で詳細が見えていく上で、精神科医が児童相談所に女子生徒について相談していたそうですね。SOS、サインっていくつもあった気がしてなりません。犯罪が起きてしまう前に、誰かがストッパーになりえたら・・・。まさか、そんな事起こす訳がない。ってどこかでタカをくくっている部分があるのではないかな?身内だと犯罪者にしたくない気持ちもあると思います。


然るべき所に、相談に行く事、アクションを起こす事、本当に勇気がいるなぁ。と思った事があります。敷居が高く感じてしまいます。自分の中で問題解決、消化すれば済む話かどうか?も考えます。相談に行くまで、相手の事も考えて、悩んで悩んでドアを開けるのに時間がかかりました。でも、相談して沢山見えてくるものがありました。自分はその時、感情的になっていましたが、相手への接し方だったり、冷静に客観的に見えてきました。それから、信頼できる方にアドバイスもらうのも役立ちました。行動して良かったと思います。周りは、事無きを得ようとする気持ちが大きくて、なかなか相談までいかないのです。。。誰か行って!みたいな。


今回の事件を通して、皆様の意見が真剣にお考えになっている事を感じます。少なくとも他人事には感じていないと思ってます。大人はどう行動すべきなのか?考えさせられました。

PS
8月ですね。高校野球楽しみの一人です。この暑い中、熱中症には気をつけて欲しい。マー君や松坂選手のこの頃の姿、目に焼き付いています。頑張っている男性の姿はどの分野でも好きだな。

追伸

まり

14.08.01 01:24

すいません。また、コメントしてしまいました。愛は、「愛情」と言いますから、「情け」と、表現しました。

なんで加害者ばかり守られるのか

愛知県東部の匿名さん

14.08.01 00:39

申し訳ないのですが、私は加害者にはこれっぽっちも同情できません。そして報道姿勢も絶対におかしい。
なぜ加害者に対する制裁がこんなにも甘いのか。被害者は個人情報を晒した状態だというのに。

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