MIND BBS 〜掲示板〜

幸せの基準

花実月

14.08.01 00:01

石井さんの仰るように、『幸せの基準』は、その人自身が選択できるという事を知る事で、随分世の中の見方が変わると思いますよね…。

今、自分の家庭や仕事などの境遇に対しても、『ないもの』より、『あるもの』に目を向けて、皆さんよくこの場所で書いて下さっているように『感謝の気持ち』を持てるかどうかで、どんなに心も満たされ『幸せな気持ち』が湧いてくる事かを、実感している今日この頃です。

どなたかも書いて下さっていましたが、今、この平和で物や食料に困る事のない社会は、私たちのお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんたちが、戦後の苦しい生活環境の中、私たち子供や孫たちに、なんとか食べるに困る事のない便利で平和な世界を熱望し、必死に思考錯誤し続け、一生懸命に働いて働いて、やっと実現させた、その頃に思い描いた『幸せな世界』だという事への感謝も忘れてはいけないと思います。そして、その次の段階として、今を生きる私たちは、決してそれだけではない事に気付いた事…その気付きに目をそらさず、次の世代の子供や孫たちが本当に幸せになれる世界をイメージし、今ここからそれに向かって、何を選択して行動していくか、考えていかなければと思います。

そして、どんな事があっても戦争にだけは結びつかないよう、考え続けていきたいと私も改めて思います。

この夏休み中、図書館で『はだしのゲン』をかりて、子供と一緒に改めて読み直そうとしています。私は子供にこんな悲惨な事が現実となる戦争の恐ろしさ、戦争が始まれば人間の心が麻痺し、全てを異常に変えてしまう現実、子供自身が心で感じて考える機会を、少しずつ作っていきたい…絶対に自他共に命を慈しみ守っていく事を何よりも優先するように、一生懸命に伝えていきたいと思っています。

応援したいな。

KAZ

14.07.31 23:40

今日私の町に石原環境相が来ました。おいしそうに桃を食べていたのが印象的でした。一時「金目でしょ」でバッシングを浴びましたが、言い方が悪かっただけで、今も避難所生活して故郷に帰れない人達からすれば、生活する為には最終的にお金は必要だし絶対だと思うんです。お金で全てが解決するわけではありませんが…
9月の内閣改造で辞めると言われていますけど、今までの努力とか頑張りを、これからの石原さんを私は応援したいな、と思います。げっそりした顔がいたたまれなく感じました。

本来人は残酷性を持ち合わした生き物…かも…

千

14.07.31 23:00

「残酷」と一言にいうと「とてつもなく悪いこと」として嫌悪感をあらわにされる方が多いかもしれませんが、私は、この地球上で生きる動物として「残酷である」ということは、ある意味、生きることに必要として全てに備わる性質のひとつだと思っています。そして、そんな「残酷の善悪」ということをどの位置(どのライン)で分けるかが、個人(または社会)の道徳性によって大きく異なってくることなのだとも思います。「残酷なんてありえない」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、子供のころなんかを思い出してみると…「確かに今思えば残酷なことをしてたなぁ」というようなかたちで、昆虫などを捕まえては死に至らしめてしまっていた経験や記憶などがよみがえる方も多いのではないでしょうか。また、命あるものを殺生して食していること自体、ある意味十分残酷なことだとも思いますし…。だけど、ひと昔前なら、そういったことの理解を前提に「食べる」という当たり前の行動のなかでも「命をいただく(食す)ということはどういうことなのか」とか、また、昆虫や草花などに触れて遊ぶなかで「小さな生き物であっても同じ一つの命を宿し生きる存在であり、むやみに殺生してはならない」ということなどが、そんな何気ない日常のなかで、何気なく様々に様々なひとから諭されていたりして………、本当に、何気ない日常のなかの体験に基づきながら、単に「言葉」だけではなく身を持った「経験」として、道徳感(心)が養われていて…「命の尊厳」や「事の善悪」「価値基準」…そして「自然の摂理(命の循環)」「感謝」など…を心身の全てで覚えてきたと思うのです。だけど、今の時代は、日常の時に、心の成長過程として見つめたり向き合ったりする必要性のある「闇」となる部分にも、間違った蓋(過剰な防御?)がされてしまったような……、妙に「きれいごと(光)」だけで子供たちの表面を固めることが「良し」とされるような風習(環境)が根付いてきたりしているっようにも感じて……、健全な成長過程で生まれてくる様々な心の闇も見えない(または、あえて見ない)まま、対処されないまま(または、対処の方向性や対処の方法を学ぶ機会がないまま)に放置となっていて………、だけども、一方では日々、異常感じる様々な報道や、インターネットの普及などにより危険極まりない世界などの闇は無防備にさらされているという、変な矛盾が広がっていて…………、本当に、大人である私たちでさえも、ふと、何が正しくて何が間違っているのか判らなくなるような混沌に混乱の今の時代に、未熟で純粋な子供の心が侵されていかないわけがないと思うのです。なので、今回の…、確かに理解しがたい異常性の訴えのなかで引き起こされた悲惨な、本当に言葉にもできないくらいにショックな事件ではありますが……、だけども本当に「他人事」ということで、その個人だけを、単に「病気」とか「異常」ということで責めて終わらせていていい問題でも時代でもないと、危機的に感じるのです。本当に…、大人たちも、連日、信じがたい訴えでの様々な凶悪な事件や事象を引き起こすような世の中です。だから…、本当に心して…、「心の深い闇は誰にでも突如発生する可能性があるもの」でることを自覚しながら…、特に、良し悪しの判断もまだまだ未熟で、価値感や興味も様々な方向へと流れやすい…不安定で…ある意味純粋に柔軟な子供たちの心(情緒)を、真にどう守り、どう育むかを、今一度、真剣に見直す必要性があると、危機的に強く感じました。

少女A。

ゆきみかん

14.07.31 22:40

彼女は、幼少時代に、家庭の中で、「何か」があったのかもしれない。
その、「何か」は何なのかは分からないが、
そのことで、人間不信になり、空いた心の傷から血が噴き出し、自分でどうすることもできないような「怒り」があり、
母親の死によりバランスが崩れ、人間としての感情が消えたのではないだろうかと、ふと思う。

家庭の中のことは、当事者でなければ分からないことがある。

まして、受けるアンテナが高いのであったなら、受ける傷みも並以上だったに違いない。

彼女の年齢的なものを考えても、彼女の背景や環境の、周りの大人達のことに、どうしてもフォーカスしてしまう。
耐えられない傷みを受け、神経がおかしくなったワケがそこに必ずあると思う。

ちからと宝。

まり

14.07.31 22:26

権力や暴力は力を必要としますが、愛は、情けをかける事ですよね?愛力とは言いません。家庭でも「ちから」の配分に目がいってしまっているようです。もっと肩のちからを抜いて、情けを「かける」ようになれればいいと思うのですが、、、。「上を向いて歌おう」を聴いて浮かびました。「ときの旅路」を聴いてもそう思います。

少女の事件…

はなはな

14.07.31 21:20

私の友人もある通り魔事件で命を奪われました。
なのでニュースをみると、他人事ではない。身近におこりうることばかりなんだといつも感じています。少女の気持ちを考えると苦しい。。けれど被害者側の気持ちを考えるともっと苦しい。今日も四月まで住んでた市で中学生虐待自殺のニュース…私自身、子をもつ親ですが子育ての難しさをひしひしと感じてしまいます。。。

みなさんだったら何かできましたか?

リーファ

14.07.31 18:58

少女の事件ですが、加害者の女の子は給食に漂白剤を入れたり、父親へのひどい暴力があったということなので、周囲の人は危険人物として認識していたかもしれません。
だからといって、このような事件を起こすかもしれないとは誰も想像していなかったでしょう。
被害者の女の子だってそんなことは疑いもしなかったでしょう。

サインがあった、そうかもしれません。
でも、自分がその子の身近な人物だったとして、何ができたでしょう。
距離を置く選択をするかもしれません。
それが自分が被害者にならない正しい方法とも思えます。

もちろん、それでは悲惨な事件を未然に防ぐことができないのは分かりますが
この子は人を殺すかも、と疑うこと自体正常じゃないと思いますし
いつか何かしでかしそうと思ったら、なおさら距離を置くのが本能だと思います。
親にはもちろん責任がありますし、見放していいわけはありませんが
命の危険を感じるほどだった場合は、手に負えないと思うのも仕方ないかと・・・。
実際の親御さんのことは知りませんが、たとえば自分の友人が子供の家庭内暴力に悩んでいるとしたら、我が子であっても「逃げて」と言うと思います。
もちろん逃げるだけじゃなく、専門家に相談して、放置しないことがセットだとも思いますが。

大変優秀だったという加害者少女ですから、このような事件を起こせば
自分の未来がどうなるかは簡単に想像できたはずです。
ということは、将来にも特に希望を持っていなかったのかもしれません。
もっと周りが声をかけていれば、親が愛情を深く注いでいたら…確かに
そうかもしれませんが、結局は他人事の意見のように聞こえてしまうのです。
みなさんが近くにいたら何かできましたか?
私は自分の無力さを学びました。

どちらにも必要な周囲の支え

想

14.07.31 14:24

加害者の人権も守られるのであれば、
被害者の尊厳やご家族の人権、プライバシーこそ
しっかり守られなくてはならないのではないかと思います。

過去の事件で、幼い子が未成年の子に殺害された事件の
被害者のご両親が、お子さんにもご両親にも
何の落ち度がないにも関わらず、
根拠のない、事実無根の噂をたてられ
被害者側にも非があるようなことを言わてしまうなど
大切な我が子を失った悲しみだけでも耐え難いのに、
さらにご両親が深く傷つかれた内容の手記を
読んだことがあります。

加害者を責め立て、追い詰めても
根本的な問題解決には全くならないと思いますし、
そのようなことをする人の心にも闇があるのかもしれません。

でも、もし自分の子どもが同じ被害に遭い、殺されてしまっても
それでも加害者の気持ちを考えてあげられるかどうか考えると…
私はそんなに冷静に、寛大な心でいられないような気もします。


加害者の少女が、今後自分のしたことを理解し、
被害者やそのご家族に対し、
心からの償いの気持ちを持てるよう、
大切なことに彼女自身が気が付けるよう、
周りの方の少女との関わり方は重要なのでしょうね。

そして何より、被害者のご家族への配慮、サポートが
きちんとなされますように…


「人と違うこと」を受け入れられる世の中

月姫

14.07.31 13:43

16歳の少女の、今回の行動に至るまでについて

何方かも書かれていましたが、とても好奇心旺盛な子だったのでしょうね。

報道などで伝え聞く、彼女の興味や関心には

多分、小さな頃から、周りの同じ年頃の子や、
大人でさえ、「何でそれが面白いのか?」理解されないジレンマが絶えず在ったのだと思います。

周りが彼女を理解できないから、ちょっと遠ざける
と、同時に、彼女の側にも、どうせあの人達は自分の言う事を理解しようとしてくれないと、周りに期待すること、関心を持つことを止めてしまう

才能があり、頭の良い子だっただけに、確固たる「自分の世界」を創り上げ、その中で、自我を守る事で、生きて来たのかもしれないですね。

彼女にとっての、そういう全ての理解者であり、盾であったのが母親で、母親が、母親さえ、自分の事を理解してくれれば、分ってくれれば、他の人間の存在など、どうでもよかったのかもしれない...。

自分の存在の全てを肯定してくれている「母親」という唯一の人間を失って、彼女はむしろ「人の死」について、考えてしまったのではないでしょうか?

「なぜ人は死ぬの?なぜお母さんは死んでしまったの?」と。

亡くなったお母さんの姿を見ながら、身体に触れながら「人の死」というものを考えたことが、彼女の欲求に繋がってしまったのかもしれないと、考えることは出来ないでしょうか?


「怨みはなかった」という少女の言葉どおり、加害少女にとって身近に、母親のように自分を理解しようとしてくれる者の存在に気がついて

彼女ならお母さんと同じように理解してくれる、自分の考えや行動を理解し、受け入れてくれると、思ってしまったことが悲劇だったのではないでしょうか?

報道で、少女の供述として伝えられる「人を殺したいと思った殺したかった」というショッキングな言葉も、

現段階では、周りの大人や人間に対して「説明しても分ってもらえない」という心情が見え隠れした「型どおり」の表現のようにも感じられます。


事件に至るまで、なぜそうしたいと考えたのか、2人で、どんなことを話したのか、どんな時間を過ごしたのか、なぜ、そうせずに止める事が出来なかったのか・・・

亡くなられたお子さん自身や、ご両親のためにも、そして加害者となった少女の為にも、心を開いて深い部分まで、引き出して、双方への救いの道を見出して欲しいと願います。

現代社会は、大人の世界も、子どもの世界も、自分と考えることの違う人間、自分の理解の出来ないことを言う人間は、疎んじて排除する、傾向にあるといわれます

福祉や、今頻繁に起きている、幼児虐待などにも関連して、互いに「人と違うこと」を受け入れながら、他人と関わっていくこと、人それぞれに、違う、成長の度合いや、理解の度合いを「待つこと」の出来る余裕が、社会全体に求められている

報道で、留学を考えていた・・・というお話も伺いましたが
こうなってしまう前に、彼女という個性を受け入れ、導いてくれる世界と出会えていたら...
沢山の人生の方向性が、もしかしたら変わっていたのかもしれないと思うと、残念でなりません。

100%の国なんて絶対にない。

石井竜也

14.07.31 13:02

世界広しといえども、完璧(何が完璧かにもよりますが・・・)そんな神の住む国なんて、どこにあるのですか?いいな、と思う国にも、重大な問題は山積しているものです。貴方の家庭を見て下さい。そんなに完璧な家庭ですか?みんな、それぞれ事情や、生きてきた家庭、環境、時代、家族構成、経済的問題など、数え上げたら切りがないでしょ?国同士もそうなのです。ただ、大きな人数になるだけで、夫婦喧嘩、親子喧嘩、友人とのトラブル、あらゆる事が、僕らの身の回りに起こっている小さな事と思い込んでいる事と、意外に似ています。外交問題にしても、隣の人と同じ考えであるべきだ!とか、俺の国の考えに合わせろなんて、気候も、歴史も違う国に出来る訳がない。その表層だけを見て、あの国は、醜いと、決めつける事こそ、品がない。だったら、国交を断絶すればいい。それまでの覚悟がないのであれば、相互理解の窓口を、大きく開いておくべきです。人は様々です。いいも悪いも、所詮は、100%とは到底思えない人間達が、その時の状況次第で勝手に作り上げられた歴史や、法律に過ぎない。こう考えると不安になる事もあると思うでしょうが、大人になって行く過程に起こるこういった、世界や、国、身の周りに起こる、悲惨な事件も含めて、所詮、人間の判断基準なんて、大した事はないのです。愚かしい好戦的で、自分のテリトリーに絶対の信用を置く・・・・いや、信用以上の、異常な固執を持つ人間のテリトリー意識は、実は、人間が本来持っていた物ではないのです。国という単位が、勝手に作り上げた、極め、あやふやな『なんとなくの境界線にしか過ぎません。そんな理路整然としている訳でもなく、社会常識を作る事もなく、利益だけを優先に世界を作り上げたのは一体どいつなんだ!・・・つまりは、100%の幸福感を持つ国等、存在しないのが現実です。まず、その事から、考えると、自分の世界に置ける、自由度や、ランクが何となく見えてきますよ。不幸と思えば不幸になる事だらけの今の時代背景には、人間が作り上げた、ヨチヨチ歩きの法律や、自然とは全く関係のない決めごと、経済しか目に入っていない利益優先型の社会構造、いろんな要因が重なっての今なのを、忘れない方がいいですよね?

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