MIND BBS 〜掲示板〜

残念な事に・・・

K県の匿名さん

14.06.06 19:17

先日の幼児白骨化事件は、私の住む市内で起こりました。
私も幼い2人の子供をもつ母親なので非常にショックですごく悔しいです。子供たちを管理する大人たちがたくさんいるのにどうして幼い命を救えなかったのでしょう。事件が起きてから謝罪して反省しても、もうこの尊い命は取り戻す事は出来ないのです。関係機関はもっと真剣に取り組んで欲しいです。

6/5の石井さんのメッセージを読んで

K県の匿名さん

14.06.06 14:23

自分の立場や周りの人の事を考えると、そんな法に背くような事なんて絶対に出来ないし、そんな事をしようとは思わないですね。そんな事をする暇があったら自分のやるべき事をちゃんとやって下さい!って感じです。よっぽど暇なんだなぁっていう石井さんの思いはとても共感出来ます。

気になっていたので

宮城県在住

14.06.06 11:29

前回の書き込み、長文になってしまい、失礼しました。何度も文章を削ったのですが、植樹祭のこと、被災地のこと、感謝の思いを伝えたく、削りきれず…気になったのですがすみませんでした。以後、気を付けます。

"BBSご利用上の注意"というのが、私の携帯の関係なのか…探せませんでした。いつかパソコンで調べてみます。何か不適切なことがありましたらお許し下さい…


※GA Staffです。
 宮城県在住さま。投稿ありがとうございます。
 今後も現地の声などお聞かせ頂きたいと思いますので宜しくお願い致します。

 携帯をご利用の皆様
 大変失礼致しました。携帯サイトの方には「BBSご利用上の注意」が掲載されておりませんでした。
 現在作成中ですので、アップされましたらご確認をお願いします。

筆洗

葉月

14.06.06 09:57

という東京新聞の社説、6月2日付に考えさせられました。(HP記載有、更新されるので6/7まで閲覧できます)先日の、幼児白骨化事件を受けての内容です。


5歳の子一人を救えぬ世の中をつくり、看過してきたのが日本人であるならば、日本人全員が痛みを覚え、腕組みをして「この国はおかしい」と考えるべきでは。と記者の訴えも交えて記載しています。痛ましい事件に無関心でいることが一番怖いし、おかしいと思う気持ちに蓋をしてはいけないな。と感じました。


話変わりますが、地元で東日本大震災の報道写真の展示が始まりました。期間中に折を見て足を運ぼうと思っています。石井さんがお話された今の東北の状況も踏まえ、自分の場所から発信できること、支援できること考えて行動に移したいです。応援しています。

PS
石井さんのメッセージ、ニュアンス伝わりました。芸術のお話、知識ありませんが、お話されたらいつまでも聴いていたくなります。。。

かざぐるま様の「姨捨山」のお話、うっすら記憶にあると思っていたら、古典、道徳で大和物語「姨捨」を学んだのを思い出しました。その物語からの由来と聞いています。。。

皆様へあえてお伝えしたいのですが、BBSご利用上の注意を今一度読んでいただきたいです。

49日が過ぎたんですね

てっちゃん

14.06.06 07:37

初めて投稿します。セウォル号沈没からもうそんなにたったんですね。犠牲になった方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。また修学旅行に送りだしたご両親の心中を思うと胸が痛んでやみません。
あんまり言いたくはなかったんですが、政治の絡んだ国際社会に訴える人権活動に熱狂的になるのはいいかげんうんざりです。もっと建設的に国民の生活や安全を守るという、1番基本的な人権を守ることに目をむけましょうよ。トップの会見が、原発事故の当時の政権の会見ときに感じた、なんというか無責任でうわっすべりの言葉つないで、とても冷淡にTV眺めてた時とおなじ感覚でした。
海外にも救助要請出せばよかったんです。動ける体制を早期に整えた国は複数近くにあったのですから。

どんなときも

花実月

14.06.06 06:04

私たちファンに対して誠実で、時には自分をさらけ出し、時には大きな愛で包むように接して下さる石井さん。。
自分にも厳しい分だけ、今回のアーティストへの理解できない信頼感を裏切る行為に同情の余地がないことは、すごくわかりますし、私も共感します。

ここでも話題になっていたので、ワイドショーなどみていると、必ず、「やったことは悪いけど、作品を作る時に苦労があるだろうから、可哀想な部分もある、早く回復してまた、良い曲を作ってほしい」という方もいるけど、青少年への影響をもっと考えて、大人として法に反する事をすると、社会からどういった扱いを受けるかを、はっきりしなければならないと私は思う。
そして、一度、深く薬物に手を染めてしまうと、一生、やめる事は難しい、その誘惑に死ぬまで苦しむともききます。
社会的にも、心身に対しても、どれだけ最悪の影響があるかという事を、若者や子供たちに、その恐ろしさをもっと伝えなくてはならないとも思いました。

でも、ひとつだけファンの方々の気持ちだけは、私もずっと石井さんのファンを長年続けてきたから、痛いほどわかります。。もし、石井さんが同じ事になったとしたら(絶対無いとわかってますし、例え話なので怒らないで下さいね)、どんな原因でそういう事になったかこれからどうしていけばいいか、一緒にその苦しみを感じて、世の中にどんな扱いを受けようと、また、その才能を信じ、復帰を信じ、応援し続けると思う。。ファンの方々の痛みや苦しさもすごくわかるだけに、本当に残念な出来事でした。。


石井さんのアートのお話、大好きです。。
また、その時々に応じて、ここでもいろいろなお話きいてみたいな。。
難しいアートの事はよくわかりませんが、石井さんのお話はとてもわかりやすく、私たちの心にスッと入ってきてくれたり、新しい感じ方や考え方をみつけるきっかけや刺激をいつも与えて下さる。。本来のアートや宗教の役割って、もっとたくさんの人々、大衆への影響力があってこそだと思うから、石井さんのような方(ご自身が才能あるアーティストであり、スターであり、アートに関しての深い知識もお持ちで、たくさんの人々から愛される人柄でもある方だから)の発信は、とても今の世の中に必要なんじゃないかと、私はいつも思っています。

水準

瑠美子

14.06.06 01:50


長文でどうしたのか?と思いながら読んで
水準がはっきりしている。
見てそうだ♪ 原美術館に行ってみたい。

っていつか近いうちにいこうと考えてます。

ズバリ言ってしまうのは、大人の魅力を

感じてライブに行きたいワクワク

になります。ああ、アタシ石井さんのいる

この世の中に生まれてこれて嬉しいい~

これからもますます大好きになりたい。

希望ヶ丘の上で・・・

mayuminx

14.06.05 21:30

「希望ヶ丘へ」
朝つけたラジオから、商店街や街角の有線から聴こえてくると
いいですね。
ふと聴こえてくる曲に想いを東北へと寄せ、あの日の出来事や
人々の想いや願いを思い出す。
それぞれの環境にいる方やそれぞれの場面で、大切な役割を担ってくれる曲だと思います。
みんなの思いが一つになり、希望に繋がっていきますように。

今年の3.11 オーチャードホールで聴いた「希望ヶ丘へ」
あの時の思いを忘れません。
1000年後、その丘の上でみんなが笑顔で歌っていたらステキでしょうね。

この曲が大きな意味を持つコンサートで、いつかまた聴ける日を
楽しみにしています。

反面教師になれればまだマシだけど・・・

リーファ

14.06.05 15:49

最近、いい年をした大人の、情けなくなるような犯罪が多いような気がします。
今まで一生懸命生きてきたのだろうに、こんなことで人生を棒に振るなんて、という・・・。
自分を大切にできなくなるって、本当に哀れです。

今の若者はどんな気持ちで、そんな風に堕ちていく
人生の大先輩たちを見ているのでしょう・・・・。
小学生だってニュースで見ているはずです。

こんな大人にはなりたくない!と反面教師にして
素晴らしい未来を切り開いてくれたらどんないいいかと思いますが
そんなの虫のいい話ですよね。

犯罪は個人の問題も大きいと思いますが、
行きにくい世の中であるのもまた事実。
まっとうに生きているつもりの人でも、いつ道を踏み外してしまうかわからないような危うさを感じます。

せめて1日のうち5分でも、心を穏やかに
自分自身を取り戻せる時間がすべての人にありますように。

芸能界の麻薬問題。

石井竜也

14.06.05 10:28

あまりここでは言いたくなかったのですが、やはりこれだけ世間が厳しい視線を送っているブラック・ホールを、語らない訳にはいきませんね。まず、人の前に立つ仕事をしているという事実。感性を武器に、自分で作った作品を自作自演するという事、何より、大勢の皆さんに支えられているという現実。しかもその方達、つまりファンは、彼ら・彼女らの心の底から信じて大好きでいてくれているという責任、自分だけでは、ここまで長いキャリアを続けられてはいないという責任。まあ並べれば、多くの信頼を勝ち取った人が、なぜに悪の道を選ぶのか?という事に尽きる。つまりは、交友関係と、自身の自覚の問題になってくるのだろう。ある程度のキャリアなら、危険人物との関係は、絶対に避けられる。しかし、そういう世界の人たちと仲良くしようとすれば、残念ながら芸能界には、いくらでも、その道の人たちとのパイプは存在する。しかも、いいカモにされているのにも気がつかないのが、愚かとしか言いようがない。危険人物は、この業界でも、一見して解る。どんなに不良な格好をしようが、真面目な奴は、目で解るもんだ。特に覚せい剤や、違法ドラッグに手を染めているような連中の顔は、どこか、忙しい。落ち着きがないのだ。そういう世界が、すぐそばにある事を、俺はいつも注意している。人のやった事を責めるつもりはないし、偉そうな事をここで言うつもりもないが、法に関わる事を、しかも、自分の身体を崩壊に導いてまでする必要がどこにあるのか?が解らない。理解出来ないのだ。かっこいいとも思わない。今回のように、長い間に渡って、危険な交遊と違法を繰り返しやってきた事には、何ともやりきれない、情けなさを感じる。俺は、実は、この業界に浸かってしまう事を、かたくなに拒んできた。友人も作らないし、誘われても飲みに行く事などはない。申し訳ないが、「芸能界」という枠が、大嫌いなのだ。そこに入って「悦」になっている人びとも、本当に大嫌いだ。別に麻薬をやっているから、過激だとも思わないし、俺の思う過激は、あくまでもその人が本来持っている多少変態な部分とか、物事を違う角度から見てしまう癖であったりする事。そこが俺には魅力に感じる。そういう表現を、薬の力で引き出している事で、既に俺には『普通の人』としか映らない。魅力がないのだ。ラリって、不思議な事を言っても、面白くもおかしくもないし、才能も感じない。それを感じているのは当の本人だけで、周りは引いて行くだけだ。そんな物に手を出して何の得があるのか?俺には全く理解しがたい。才能とは、自然にそのアーティストから、乱反射してくる輝きや、煌めきをいう。残念ながら、麻薬でそれは出せない。60年代や70年代、フラワームーヴメント時代に、「ハッパ吸ってラリってるのが、ロックの神髄でかっこいい!!」とか言ってる、馬鹿野郎どももいたが、俺の世代じゃなかったし、よだれ流しながら、ギターを弾いたり歌ったりする事が、見かけで判断しては悪いが、頭がいいとは思えなかったし、才能の高さも感じなかった。・・・まあ、何も感じなかったな。俺が感じたのは、愚かさと、弱さ、だらしなさと、ばかばかしさだけだった。笑って見ていた。80年代までは、正直何組かのアーティストのそういう醜態は、嫌でも見た事を覚えている。でも、見てよかった。「あんな風にだけは、なりたくない」と思えたから。あれが才能・・・ね(笑)チャンチャラおかしくて、この業界にいる自分が情けなくなる時がある。大した才能なんだろうけど、多くの人を巻き込み、家族や親戚、周りのスタッフまでに迷惑をかけても、違法な物に手を染める芸能人や、シンガーソングライターが後を絶たないのは、なぜなのだろうか?答えは、簡単で、チヤホヤされるのだ。今まで食うや食わずで頑張ってきた緊張が一気に安心にかわるのかもしれない。俺は音楽をする時には、ミュージシャンとは、距離を置く。別に信じていない訳じゃない。信頼がなければ、いい音もだせないからね。だけど、ある程度の距離を持つ事で、遠慮なく言える事がある。下手にお友達になる事だけは避けてきた。それは、米米も同じだ。作品を作る段になって、誰かに助けを求めたり、麻薬に手を染めたりしても、所詮、作品に品位なんか生まれない。ましてや、心に響く音楽なんて作れる訳がない。大げさじゃなく、俺はあんな低い人種にはなりたくない(失礼)。ご立派な人も沢山いるのかもしれないが、そこまで、いろんな人を探求する気も興味もない。だったら、ガウディがなぜ空中庭園を、あんなデザインにしたのかを研究する。ピカソがゲルニカを描いた時代を知りたい。アルフォンス・ミュシャの線がなぜあそこまで洗練されているのかが知りたい。世界では、抽象絵画というと、ピカソというが、その前に、ブラックがいるでしょう?ピカソの1000倍才能があるのに、ピカソの商売に負けてしまった大天才。(ま、パリじゃ、違うけどね)アンディー・ウォーホルがなぜに良いのか?どこぞの画商が儲けるために、評論家を囲って作り上げたように思う。本当の天才は、前には出てこない、画家で言えば、エゴン・シーレや、デュフィ、ターナーにベーコン。言い出したら切りがないけど、あまり歴史の教科書には、出てこない。絵の世界にも、大きな変遷期が幾度もあったし、そこで生まれたジャンルもある、丁度、アブストラクトが栄えた1900年代初頭の構成主義と言われていた抽象絵画のブーム、1930年代アール・デコや、その前のアール・ヌーボー、ダダイズムに、クリムトなどを生んだウィーン分離派が起こした幻想主義、フンデルト・ヴァッサーなどは、このジャンルの生き残りであった。こんな時代の変遷機にも、全く時代を読めない画家も沢山いた。ダリが、シュールレアリスムを継承している頃の、マグリットや、タマラ・ド・レンピッカなど、時代にそれてしまったアーティストも少なくない。エゴンシーレなんかも、クリムトの圧倒的な世界観の前ではくすんで見える。まるで、死人が描いているようにしか見えない。アンリ・ルソーや、シャガールのように、趣味が高じて有名に、たまたま・・・たまたまなった画家もいたし、ミロのように、常に洗練され過ぎて、一般にはずいぶんと長い間認められなかったアーティストもいる。音楽でも、クラッシックの世界では、初めドイツのオペラは、イタリアにはかなり馬鹿にされていたし、モーツァルトが本格的に出てくるまでは、お笑いの種だった。言葉の乗せ方が、イタリアが発祥のオペラには、滑稽に映ったのだろう。しかし今では、世界的に演じられているのは、殆どドイツオペラ。イタリアの宗教的世界観から、人間の本来を映し出した、ドイツ・オペラ。その部分が、人びとの感動を呼んだのだろう。結局、歌や音楽の表現とは、人間の内面の表現なのだ。そこは歌謡曲であっても変わらない。ここまでいうと、話がそれているように感じている人も多いと思うが、正直に自分を出したアーティストだけが、この世に名を残しているという事だ。彼らには、麻薬も、違法ドラッグもなかった。酒や女に溺れたアーティストはいたろうが、それさえも、彼らは作品にした。いろんなキャプションをつけたのは、画家じゃない。・・・商売人だ。だから、「あたし芸術はよくわからないの!」という人がいるが、所詮、画商が売るために小難しい説明を付け足しただけで、要は「好きか?嫌いか?」で見ていいのだ。それ以上の何物でもない。・・・とまあ、芸術の話はここまでにして、俺が言いたい、確信に迫ろう。悪いけど、自分で作って、自分で確認し、自分で表現していたら、麻薬なんかやってる余裕はないのが本当だし、夢中になっている時に、そんな物が介在する時間はない。よっぽど、暇なんだな・・・きっと。同情など無く、軽蔑しか無い。

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