MIND HAND
C-CHAN
13.02.13 14:07
MIND HAND 一人が手を繋げば、沢山の人に繋がっていく。
被災地へ祈りをこめて、写真を撮って送りますね。
世界に繋がれ、GROUND ANGEL。

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GROUND ANGEL 2002-2011の
活動内容はコチラ
MIND HAND
C-CHAN
13.02.13 14:07
MIND HAND 一人が手を繋げば、沢山の人に繋がっていく。
被災地へ祈りをこめて、写真を撮って送りますね。
世界に繋がれ、GROUND ANGEL。
無題
愛うさぎ魚
13.02.12 20:30
介護のことも、仕事のことも、子育てのことも…言いたい言葉が、たくさんあります
でもここでは言えない…
たぶん、そういう方がたくさんいらっしゃるのではないかな…と思っています
様々な問題があって…
確かによーく考えていくと、社会のシステムのせいなんだ…とも思いました
お金よりも、安心が欲しい
長生きすることが、しあわせであるように
生きていくことが、しあわせであるように
新聞で読みました
デンマークのこと、認知症のこと、福祉のこと…
認知症のことは、環境が症状を悪化させてしまうという考えがあるそうです
認知症のこと…認知症になると、何もわからなくなるという風に思われてしまっている
徘徊している方を理解するためにも、認知症サポーターを増やしたい…など
前に先生に教えていただいたことです
☆なぜ徘徊するのか
それは、ここは自分の家じゃないと思っているから…
施設だったり、ずっと住んでいる場所ではなかったり…環境がかわったから
☆なぜおむつを取ってしまうのか
…気持ち悪いから
☆自分におきかえて考えてみること
…1日に何回トイレに行きますか
…1日に何回きがえますか
福祉のことも、本当は学校でそういう事が普通に学べるといいなぁ…と思いました
施設に行くこともあったようですが、たとえば普通科でも枠を作って、たくさん学べるといいのに
みんなで一緒に生きていくのに、必要だと思うから
生命としての人間を知らないから、教えないといけない…という記事もみました
私の時は授業でありましたけど、今はないのでしょうか
学校だけでは勉強が足りなくて、塾へ通うのが当たり前のようにもなっています
いい学校へ入るために、みんながんばっています
このことも私は言葉がたくさんあります…心の中に…
お金のためとかではなくて、もっと大切なことを大切にできる世の中になれば、みんながしあわせになるような気がしました
※いつも情報がきちんと表現できなくて、中途半端ですね…申し訳ありません
思うこと。
すみれ
13.02.12 18:08
いつも拝見させて頂いてます。ここの場所での、介護や認知症の話題に驚いています。私も介護の現場で働いている人間で、今まさに研修中で、介護の現場の質の向上、認知症とはなど受けている最中です。私が聞いて印象に残った事をいくつか恥ずかしながら、投稿してみようと思いました。あまり難しく考えないで聞く程度でお願いします。1,認知症とは脳の判断する所(幾つか種類はあります)が血流が悪くなる為に、普段私達が無意識にしている当たり前の判断が出来なくなり、自分で自分の事が出来なくなり、中核症状がそれであって、その人を否定してもそれは病気なのだから、怒ったりやろうとしている事は取り上げないで欲しいと。否定されると恐怖感だけが残り不安になる。2,介護者も孤立はいけない。3,1人でも介護難民がでないように地域で助け合う事が大切。4,人間も宇宙の一部、人の生き死には潮の満ち引きに…などその道を歩んできた先生の言葉…なんかてっぺいちゃんの言葉と重なるな…と思いながら、聞いていました。1人じゃないって事ですね。この現場にいると心折れる事の方が多いですが、頑張ってます。
もうすぐ二年なんて。
K子
13.02.12 14:03
昨日は大震災から早くも、一年と11ヶ月という日でした。
武道館では(10日は)東一階席から、西に設置していた募金箱を帰りにもちょっと見てみたいと思い、寄ってみました。
個人的な思いですが、計画あってもなかなか上手くいかないのかなと感じてしまいました。控えめに置いて下さっていたと思いましたが、終演後には位置を移してありましたよね。近くを通る人よりも圧倒的に目にも触れず歩いて行く人が多いように見えたのですが、いかがだったでしょうか?
軽やかな口調ででも、協力を呼び掛けるのは難しいでしょうか?普段てっぺいは日本の外交、世界の情勢など様々な課題を書いてくれているから、多くを自分が感じています。
若い人達があんなに集まる場だからこそ、石井組のリーダーから募金活動を続ける必要性を訴えてもらいたいと、願ってしまうのです。お金って自分の為に使った分は返ってこないけれど、人の為に使った分は返ってくると言いますし、被災地のことは日々忘れたくない。
仮に東京で直下地震が来た時に、例えばマンションが住めなくなったからといって、管理組合がプレハブの住まいを建ててくれるかも判らない。今、被災地では人や資材の不足で復興が遅れていると今日の国会中継では言っていました。小泉議員はこのところ、名をあげているように思えますが、仮設住宅では、一年より二年目の方が辛い気持ちを抱えている人が多いでしょう。
自分達の立場を心配している議員や、原発推進派、お金が絡むと望む事は中なか叶わないのでしょうか...。
教育、福祉、社会のシステム作りも待った無しなのに、国はなかなか変わらない。
てっぺいの考える意見を遡りって読む度に、日本人はもっといろいろな国と比べて、多様な文化の違いを学び、日本人としてどのような誇りを持つべきかを考えながら、日本独自の進んだ社会システムを作って欲しいと思います。
武道館では3時間近くの熱唱を有難うございました。月姫さんと、高校生活の息子さんが何処にいるか、私はオペラグラスで捜し出そうと思いましたが(半分冗談ですが)ちょっと無理でした(笑)
頼りになるお母様と一緒で息子さんは幸せですね。
月姫さんのように私も小6の息子と仲良しのまま、高校生になっても変わらないでいられたら嬉しい=好きな人のコンサートに親子で行けるなんて=豊かな心根は子から孫へと繋げていきたいですね、てっぺい様。
気になることが未だありますが、ジェームズ小野田さんは人間ドッグの結果どうだったでしょうか?悪くなければ良いですが。
中国の大気汚染より心配で。love
将来の不安。
祥子
13.02.12 12:57
この前、40代の女性芸能人が「結婚してないし、このまま一人だろうから将来老人ホームに入るために今貯金してるの。」と話しているのを聞いて、私は今20代ではあるけれど、今のところ結婚の予定もなく、怪我や病気をして病院に入らなければならない万が一のことを考えて、今からそのために貯金した方がいいのかなぁと、本気で悩んでいる。というか、何十年後先のことが不安で不安で仕方ない毎日…。
【てっぺいちゃん GA staff 感謝 】
kazu
13.02.12 03:49
米米のライブ会場に 募金箱が 設置されたこと
とてもうれしいです!ありがとうがざいます。
ただ・・・。
設置情報を MIND BBS 掲示板以外に
てっぺいちゃんの フェイスブック または ツイッターでも
大きく 告知して もっと みんなに 知ってもらうべきだと!
呼びかけをしても 良いと思います!!
すいません・・・。一方的な事ばかり書いて。
どうか ご検討よろしくお願いします。
※GA staffです。
kazu様 貴重なご意見誠にありがとうございました。
武道館では出入口が複数箇所あったこともあり、
設置場所を急遽BBSでお知らせさせて頂きました。
名古屋以降の会場では、facebook等でお知らせできるように
していきたいと思います。何卒よろしくお願いいたします。
介護される側の気持ち
bahya
13.02.12 00:27
うちにも介護を必要としている94歳の祖母がいます。
去年の年明け早々、心不全、肺気胸と立て続けに体調を崩し、入退院を繰り返していました。
でもおかげさまで脅威の回復力で持ち直して退院しましたが、大病を患った事で体力が落ち、今までのように1人家にほっておけなくなりました。
そのため、週2回のディサービスも利用しながら、家族で協力して祖母を介護する生活が始まったのです。
実の娘である母は、週の半分は神戸と京都を行ったり来たり。
往復だけでも疲れるのに、ましてや介護となれば、しんどくない訳がありません。
今まで、私の祖父母、さらにはガンで亡くなった父親の世話まで、結婚してから介護中心の生活だった母。
でも母は笑いながらこう言いました。
「子供が親の面倒を見るのは当たり前やろ?“みんなに迷惑かけるし、もうこんな体で生きててもしゃあない。はよ死にたい。”なんておばあちゃんに思わせたくないから。いつか亡くなる時には、ああ幸せやったなあ、と思ってもらえるように精一杯、悔いが残らんようにしたい。」
またこうも言いました。
「私がいつも行ったらな、おばあちゃんが、“みんなにようしてもろて私は幸せ者や。おおきに。みんなに迷惑ばっかりかけてなあ。ほんまにすまんなぁ。” 言うて泣くねん。おばあちゃんが幸せやと思てくれてくれるのが一番嬉しい。だからいっこもしんどいことあらへん。そんなん苦労なんて思た事ない。」と。
介護という言葉は、あくまでもする側を軸にした言葉で、される側の事は何ひとつ入っていません。
介護される側の気持ちを考えた事ありますか?
一番辛いのは、実は介護される側なんですよね。
それに気づくだけでも、少しは気持ちの持ち方が変わるんじゃないでしょうか。
うちは痴呆がないだけまだ幸せだと思いますが、終わりの見えない介護と向き合っていく過酷さに変わりはありません。
介護には、家族の協力と適度な息抜きが絶対必要です。
ひとりで抱え込んでしまったら、先の見えない不安に押しつぶされそうになり、先のお話にもあったように、人としてあるべき姿が失われてしまうのです。
利用できるものは利用し、みんなで協力する事で、逆に家族の絆が深まったりすることもあるんですよね。
介護=苦
でなく、
介護=幸
こういう方程式もあるんだということを、うちの一例でお話させていただきました。
実際問題、痴呆がある方を介護されてるご家庭は、言うに言えない苦労がおありだと思います。
私にも、若年性痴呆症のお母様の面倒を見ている友達がいますが、一人っ子でなおかつ独身の彼女は、介護に追われ、結局仕事を辞めざるを得なくなりました。
そんなことが起こらないよう、北欧のように福祉面でのサポートが万全な世の中になるよう、切に願うばかりです。
社会のシステムの問題です。
石井竜也
13.02.11 15:18
お金があるから、素晴らしい看護が受けられるというのは、本当の特別階級のみです。99%の人は、たいした変わりはありません。北欧のように、税金は高いけれど、老後と子育てに使われることに社会全体が納得している仕組みが日本にも必要になってくるでしょう。要するに「ケア」という事がキチンと高いビジネスになれば事は簡単なのです。日本はあまりにも、教育の現場も、介護の現場も、国の庇護が受けられなさすぎます。ただ、それだけの事です。これだけ世代別に生きる世界が違ってしまった世界では、絶対にこの社会保障は、不可欠です。その仕事に従事する人々を、国がキチンと認定し、保証してあげる事が出来れば、介護や子育ては、とんでもなく楽になるでしょう。働く人間と、子供を産む母親にこんなに厳しい国は、ありません。単純にお金を考えなければ、介護には大人は3〜5人かかりきりになります。子育てはその倍です。それを、日本では一人か二人でやってる訳ですから、悩む人間が出てきて当然なのです。介護は教育のレベルと同様である事が統計で解っています。つまりは、教育も介護も、その国の政治の反映なのです。政治の民度が低ければ、介護も教育も低くなるという訳です。結局、政治家といってもお金の上に背広を着てるようなもんでしょ?昔の政治家は、人情の上に金を積みました。それが当たり前だったのです。人のために命を張るのが政治家だる者の信条。金権政治の終焉を今俺たちは体感しているのかもしれません。所詮、こんな島国で、秘密なんて作れる訳がない。だだっぴろい国では、小さな事は見逃されてしまいますが、この国では、見逃されません。必ず見つかる。社会全体で考えると、出来そうもないように思いますが、会社のシステムや、家族同士の話し合い、友人や、介護サービスの方々とのディスカッションなどで、少なくともあなたの周りは変わります。社会が変わるとはそういう小さな事からなのです。それに、福島の問題が解決する20年後までは、日本人の体力、免疫力は、落ち続けます。インフルエンザの流行も、ノロも、そんなに簡単に広がる訳がないのです。既に出始めている放射能の影響だという専門家もいます。そこにもってきての中国の高濃度汚染物質・大気汚染の脅威。食べ物、大気には注意しましょう。頼むぜ中国!!なんとかしてくれよ。
祖母を想う
mayuminx
13.02.11 12:00
私にも認知症になった祖母がいました。
小学生の頃に祖母に預けられて中学まで過ごしていたので、母親より、子供の頃の思い出は多いです。
自転車でスーパーに買い物に行ったり、休みの日は電車に乗り、数駅先の大きな商店街にいったり・・。
夜、具合が悪いと夜道を歩いて病院まで連れて行ってもらったり。
私が大人になると、たまに街に出かけたりもしました。
その時はファミレスのようなところで食事したり、私の買い物に付き合うだけの、些細な事でしたが、とても楽しみにしていたらしく
精一杯のオシャレをしていました。
戦時中に青春時代を過ごし、まったく裕福ではなかかったと思います。遠い所まで家にある着物やらを持って、食糧等と引き換えるために歩いて行ったという話や、闇市の話も聞きました。
そんな時代を生きていた人です。
とても、物を大切にする人でしたから、そのオシャレが相当昔の物であったり、手縫いであったり、セーターをほどいて作り直したものばかりだった事を知っていました。
でも、私がよく行っていたショップの店長さんは行くたびに祖母に「おばあ様、いつもとてもオシャレですね~。ステキです。」と言っていました。
それはもちろん御世辞なんでしょうが、祖母はその言葉を素直に受け止めて、ニコニコしながら「こんなん、自分で作ったんや~」と言ってとても嬉しそうにしていました。
私は子供の頃、祖母が作ってくれた服を着るのがイヤだったんですが、そう言えば、生地を買ってきては嬉しそうに縫っていた事を覚えています。
母親と離れて暮らす孫に、せめても何かしてやろうという思いだったんでしょうね・・。
そんな祖母がある日脳梗塞で倒れました。
幸い一命は取り留めましたが、その時の後遺症からか認知症を発症してしまいました。
しばらくして母が引き取る事になり同居し始めた頃は相当に進んだものでした。
今の部屋に引っ越した時には重度の認知症で、母も私も働いているため、昼間は祖母1人。
母は帰ってくるなりいつも祖母を怒鳴りつけていました。
冷蔵庫の物を全部、食べてしまう。
介護用の下着をトイレに流し夜中に業者を呼ぶことになる。
ポケットから使用済みのマッチがいっぱい出てくる。
私が帰ると「アンタ誰?どこから来た?」と言い。
それで、福祉の方と相談し、ヘルパーさんに来てもらったり、数日間のお泊りのデイケアサービスを受けるようになりました。
でも、やはり介護システムには限界があって、毎日来てもらうわけにも行かず、症状は悪化の一方です。
その上、それでも結構な費用がかかり、そのうち母が病に倒れてしまいました。
こうなると、とうてい祖母の面倒は見る事はできません。
母自体の医療費で祖母の自己負担分を負担することなんてできないからです。
最終的にケアマネージャーの方と相談し、祖母を特別特別養護老人ホームに入れるよう福祉の方に相談し、手配していただくことが出来ました。
徘徊が著しくなった祖母はホームでも夜中に歩き回り、一度転んで
骨折したり・・・。
ただ、そのホームの隣には病院があったので、何かあるとその病院に入れていただけました。
最後に見た祖母は、徘徊の為、ベッドの上で拘束され、とても痛々しく、拘束を解くように叫んでいた姿でした。
元気だったころの祖母を思うと、あまりにも悲惨な光景に何も言えずにその場を離れる事しかできませんでした。
その後、母の病が悪化し亡くなったのですが、それから半年後、その祖母も亡くなりました。
私は一人でその祖母と対面する勇気がなく、逃げてしまいました。
自分自身、心がすさみボロボロだった頃でした。
今となっては、なぜ もっと会いに行ってあげれなかったのかと悔やんでいます。私こそ人としての心がなかったと・・・。
これから高齢化社会は進んでいきます。
それにともない重度の認知症も増えていきます。
経済的に豊かな者とそうでない者。
大きな差が出てくるのは避けられない事でしょう。
お金があればより良いサービスが受けられます。
患者さんにとっても、ご家族にとってもいろんな方面で、負担は軽くなります。
今の、国の制度ではそう言う事になります。
介護疲れにより起こる事件の数々。
どうか未然に防ぐことが出来るように、制度を現実に合った方法で定めて欲しいと思います。
愛情が憎しみに変わる事のない未来であって欲しいです。
みんな繋がってる。
祥子
13.02.11 07:56
私の祖父も痴呆でした。長年連れ添った祖母を病気で亡くした後、娘(私から見ると叔母さん)を病気で亡くし、そのショックでおじいちゃんはかなりの精神的ダメージを受けてしまいました。『お金を貸してほしい』と家へ来てみたり、娘の墓参りに行こうと高速に乗ったものの道がわからず車を降りて高速道路を徒歩で逆走し、それを見かけた方が警察に連絡してくださったり、病院に入院してすぐに自分が痴呆だということが受け入れられず、病院を抜け出し近くの線路に入り自殺を図ろうとし、それ時もたまたま見かけた方が助けて下さいました。あのおじいちゃんが変わり果てていく、とても悲しいことではありました。布団の上からそっと触ると足はやせ細り、背中は床ずれで痛々しかった。でも私のおじいちゃんには変わりなく何が一番辛かったか、それはおじいちゃんの娘にあたる私の母の姿でした。おじいちゃんと対面すると、今まで見たことのない母ではなく娘の姿になり、それでも気丈に振る舞う姿がそばで見ていて辛かった。母を支えなければと感じていました。おじいちゃんと最後に会った時、末っ子で親戚内でもオッペケペー隊長のような私に、痴呆で話もなかなか交わらずにいたのが突然しっかりとした眼差しと口調で『しっかりやれよ』と。周りにいた家族も突然のことに驚き、私は嬉しさやら色んな感情が込み上げ泣きそうになりながらも気づかれまいとグッと涙をこらえ、いつものように『わかってるしー』と。帰り道では『おボケさんに心配されてるし〜』と家族で盛り上がったりもして。二日前は、おばあちゃんの17回忌があり、久々におじさんの家に私の家族と叔父さんちの二家族が集まりました。お坊さんに来ていただき、帰り際に『この家の隣に住んでる方に玄関先で、「今日は何かあるんですか?」と聞かれ「17回忌です」、と答えると「今時、17回忌までやるなんて立派だ」と誉めてましたよ。』と。新入りの姪っ子を交えてゲームしたりして、みんなで食事しながらワイワイガヤガヤ。きっかけは法事ですが楽しい時間でもあり。次は来年の秋、おじいちゃんの13回忌です。その前にみんなでどこか行こうよ、と話もしました。早くまたみんなで会いたい。今から来年の秋が待ち遠しい私。おじいちゃんやおばあちゃんが亡くなったことは寂しいけれど、2人をきっかけにこんなに楽しい時間が過ごせました。みんな仲良くやってるからね。またみんなで会おうね。それまでまた私頑張るからね。