MIND BBS 〜掲示板〜

まだまだ死にたくないな

愛虹ことり魚

21.09.10 22:55

なんか気になる症状があって、大したことはないかなって、そのまま治るかなと思っていたら、ずっと治らなくて。
いろいろやりたいこともあるので、念のため、その前にちゃんと診てもらいに行くことにしました。

そうしたら、びっくりな病気になっていました。コロナではないです。
それから、とっても大変な思いをしましたが、無事で良かったです。

このタイミングで、ちゃんと診てもらって良かったなと思いました。
もしも、このくらいは大丈夫だから、病院行きたくないなって先伸ばしにしていたら、もっとひどくなって、治るのが難しくなってしまっていたかもしれないです。
そう思うと恐くなります。

こんなご時世なので、病院行くのはなんとなく嫌だなって思っていましたが、ちゃんと対応してくださるので、不安になることはなく、いつでもどの病院でも、安心でした。
入院前にはコロナに感染しないように、いつもにも増して気をつけながら過ごさなくてはならなくて、PCR検査もちゃんとありました。入院中にもありました。
感染予防のためにしていることは、ほかにもありました。
本気で感染をしない、ひろげないという行動と意識は、こういうことなんだなと思いました。
入院中、面会は禁止なんですけど、その分、お医者様も看護師さんもスタッフの方も、心を寄せてくださったので、心まで元気になれました。
そのことも、すごいことだなと思いました。
コロナでお仕事が増えているのに。

あんまり好きではなかった病院が、いつのまにか好きになっていました。
ほかの患者さんも、つらいのにがんばっていて、私もがんばろうって元気をもらいました。
私も前向きになっていたみたいで、その雰囲気もほかの方にもいい影響があったみたいです。
お互いが、心の支えになっていました。
とてもたくさんの事がありました。
経験値があがりました。

最初の頃、もしものときのことも一応考えてみていましたけど、まだ死にたくないし、死なないんだろうなとは思っていました。
大丈夫だから、一日でも早く退院して、退院したら、コンサート行って、いろいろなところに行って、楽しいこといっぱいしたいな、おいしいもの食べたいなって、あれこれいろいろ思っていました。
明るい未来しか見ていませんでした。

閉鎖空間で、空も何も見えなくて、心が持っていかれそうな時は、音楽を聴いていました。
心だけは自由になれるので、とびまわりました。
空想の世界へ行くことができて、良かったなと思いました。

症状は軽くても、大きな病気になっていることもあるので、何か気になることがあるときは、自己判断は恐いなと思ったので、ちゃんと病院で診てもらったほうがいいなと思いました。
年齢的なものかな?運動不足かな?精神的なものかな?なんて思っていたら、違っていたこともあります。
ちょっと薬でももらって来ようかな、くらいの軽い気持ちだったのに、即入院とか。そんなこともあるのです。
病院も専門が違ったりすると、外れてしまうこともあるので、そこも結構大事なポイントかなと思います。
薬もらっても注射しても全然良くならなくて、悪化したり。
違っても、ちゃんと繋いでくれる所なら安心です。
いいお医者様にめぐりあえると、ちゃんと元気へと導いてもらえる。
がまんできなくなるまでがまんするのは、危険なのかもしれません。
健康診断もちゃんと受けたほうがいいみたいです。
でも、それだけでは不十分なのが残念すぎます。
健康診断の結果が大丈夫だからと安心していたら、病気が進行していた。
そこのところが、もっと充分になればいいのになと思います。

医療の進歩は、すごいです。
ずっと前より、この前より、さらにすごくなっている。
患者側の負担が、前より少なくなっています。
本当にすごいです。

体は神秘に満ちている。
実際に体感しました。
本当にすごいなと思いました。
器官のひとつひとつが、細胞のひとつひとつが、自分の小さなひとつひとつが、生きていこうってがんばっている。
少しずつ治って、元気をとりもどしていく感じはすごいです。
また自由に飛びまわれるようになりたいので、ゆっくりがんばれたらいいかなって思います。

皆さまも
どうぞご自愛わすれずに
お元気にお過ごしくださいね。

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Coco

21.09.10 20:43

溢れるものが沢山おありなのですね...

私もこの数週間考えていました。

最後の『歌』の件を読んでいると
以前に「歌はお経』と言われていたことを思い出しました。

先日、叔母が亡くなりお経を頂きながら
皆、静かに心を落ち着かせていました。
お経は亡くなられた方だけではなく残された遺族の為に詠まれていると聞きます。それは大昔から..

宗派は数あれぞ教えは皆同じ..のはずが..

なぜこの様な社会になってしまったのでしょう?

死を生かす事を失ったのが今の世界

美惠

21.09.09 06:30

死とは何かを石井さんの思いを読み考えました。歌は人の死があって重要な役割をしてきた。余りにも悲しみが酷いときはその感情さえ出せなくなります。無表情になったり逆にすごく笑顔を作ろうとしたり。側にいる人達がなんとかその気持ちを素直に出して心を救ってあげようと変わりに歌にし、心を開き痛みを流してあげようとしたのではないかなと思います。
人の死に向き合う事で悲しみを知り、その悲しみから救う為に寄り添おうとする、そうして心を知ろうとする事が日常の相手を知る事に繋がり、こうしてあげれば楽かな、こうすれば安全かなと、物や環境を発展させたのだと思います。
人が生きる為に、呼吸でさえ他の生命が必要で、人の生死を通し他の生命の悲しみも知る。他の生命にお世話にならなくてはいけないから、他の生命の為になる事を同時に考える。決して人だけ寿命を伸ばす事、生活を発展させる為だけに死と向き合ってきたはずではなかったと思います。
死というとてつもなく深い悲しみを知り、相手の悲しみを理解しようとする。他の生命の悲しみを知る。それは自分以外を思いやる事。一番大切な事で言葉が通じなくても身体が違っても察する事が出来、自然の僅かな変化も感知し互いに危険な事から救う為に必要な感性だと思います。
危険を感知出来るから共に生きていける。けれど思いやる事から得る感性を育てず、ただ生命や金銭に強欲になり便利な物に勘は任せ自然は科学的に全て理解できると大きな勘違いをし、感謝をわすれ自分の物だと生きていけば、必ず人が追いやられる時が来て当たり前だと思います。
今、世界は貴重な生命が亡くなり教えてくれる事を生かす事を忘れてしまっているように感じます。
もっと生かしてきたはずならば全てが物質や金銭の欲が中心ではなく、心が中心の世界が出来ていたはずで自然や他の生命もこんなに壊されていなかったと思います。
死。死は死んで永遠に亡くなってしまう事ではなく、その命が存在した事が永遠に生かされると言う事、生かす為にその死から悲しみを知り互いを思いやらなくてはいけない。生きる事は死を生かし心を育て続けていく事。沢山感じ自然との会話も楽しみ、他の生命との対話も楽しむ。温かい環を感じ心を満たすのが本当の生きると言うことだと思います。

寿命。そして死と愛、歌。

ジャッコ

21.09.09 00:02

石井さんの書き込みを拝読して(有り難うございます)。
「死」が訪れる事は生きとし生けるものの、逃れられない「定め」ですよね。今の世の中、特にそう感じてしまいます。
.....でも「寿命」というお話で。もう新たに細胞分裂や活性化する事も無く、肉体・様々な機能が衰え停止する...限界が来たという事。それも自然界の生物としたら普通の事ですが、人間は長生きを...不老長寿・不死を夢見たり。自分の帝国を築き上げた人は、特にそう思うかも知れませんね?(また脳が大きくなっても使い熟せなければ、宝の持ち腐れですし。)
それでも昔よりは、かなり寿命が延びましたよね。それは進化なのか?無理矢理に歪めて来た結果なのか?でも不治の病とされていたものや癌等が、今では治療・完治したりと有り難い事も多いと思います(衛生面でも)。また、どうしても大切な人達・存在には、元気で長生きして欲しいと願ってしまいますね...愛故に。
この命が尽きるまで...私は何が、何か遺せるのかな?と考えてしまいますが。.....でも、誰かの心に、ほんの少しでも存在出来て。時々、思い出して貰えたら...嬉しいな。

滞れば淀む。生と死、破壊と再生...新たな流れ・道、種・命を繋いでいく為には必要な事でもあるんですよね...。
そして「歌」。喜怒哀楽、様々な心を表現してくださいますね。時には吐露出来たり、浄化・癒やされたり。言葉(会話)よりも歌の方が伝わったりも。石井竜也さんの歌にも、沢山、寄り添っていただいていますよ...有り難うございますね。
また石井さんのお話から、映画『十艘のカヌー』が、頭に浮かびました。

気温差が激しいですが、皆様もどうぞ御大事に(御怪我が早く治りますように...)。

手のひらを太陽に

葉月

21.09.08 11:18

皆様、今夏どんな想いで過ごされましたか?

私は、物心付きはじめの幼子の小さな耳にマスクをかける度に、これが、この世のスタンダード、全てじゃないよ。本当は、思い切り遊ばせたいのに。窮屈感、胸の苦しさに、青空を仰いだ夏でした。

子ども達に大人以上の我慢を強いられるコロナ渦2年目の夏。

夏まつり、花火大会、アニメキャラクター
イベント等中止、動物園、遊園地等閉館。

そんな中でも楽しい雰囲気にしようと、手作りおうち夏まつり、おうちプール等、工夫凝らして、大分やること尽きた親御さん多いと思います。

そんな中でデルタ株子どもクラスター感染懸念の2学期。分散登校、リモート授業、引続き黙食給食、友達との距離。戸惑うばかりです。学校関係者も感染予防徹底に頭下がります。今後の学校行事、運動会、遠足、修学旅行も計画変更余儀なくされるかもしれませんよね。

石井さんの「死」に関するメッセージ、私は、だったら、どう生きるか?レリーフの様に浮かび上がりますが。

幼子が成長して、30年後、50年後、自分がいなくなっても、どうか、どうか、この世界に生まれてきて良かった、笑顔でいられるのを強く願い、その為に今どうするか?自問の毎日です。

まさかの

kimie

21.09.07 20:57

人生で初の肩骨折に!ライブを楽しみに待ってたのに自分のせいで安静生活に!利き手が使えず、みーちゃんの痛みが今分かりました。他の所も打ってるだろうし、今夜どうなるのか心配ですが、前向きにライブへの光の道を求めて前へ進みたいな!

「死」とは、一体なんだろう? その2

石井竜也

21.09.06 12:01

この2億年で、地球上の生物が絶滅したのは、少なくとも2回。全く存在しなくなってしまったという意味です。それでも、生命の誕生は続いていきます。その要因は数多くあるが、いまだにこの完全絶滅の確かな学術的結論は出てはいません。恐竜の時代である白亜紀やジュラ紀を合わせても、1億年に満たない生存期間ですね。この時期の哺乳動物の価値は、単なる餌に過ぎませんでした。ゲシ類的な存在で、岩場の陰、古代のジャングルに逃げ惑う小動物程度の存在でした。それが人間になるまでの進化には、あらゆる特別な身体機能が関係しています。まずは、環境に順応しやすい機能を持ち合わせていたこと、そして子孫を増やすための機能が高かったことに起因します。同じ種類の哺乳類でも、違う種類との交配で、新しいタイプを作り出す事が功を奏して、哺乳類の身体的能力は、どんどんと発展していきます。海の中で単純な脊椎動物であった頃から、脳を持つことにより、身の危険を察知する能力を得た一部の魚類は、両生類、爬虫類と枝葉を伸ばして、水中での生活を離れて地上での生活ができていくときに、初めてオスとメスによる交配により、子孫を残す方法を選ばざるを得なかったのです。これには、永遠に自分の血統を残し続けられるという、一番重要な生命の維持がかかっていたのです。この方法により、多くの新種の哺乳類が現れていきます。今のチンパンジーのような人類に近い類人猿がこの世に産まれたのが5万年前と言いますから、地球の46億年の時間に比べたら、数秒間くらいの時間でしょう。この類人猿たちは、アフリカを起源としていますが、元来ジャングルの中で身を潜められたこれらの類人猿に、緩やかでしかも激しい変化が現れ出したのです。アフリカの台地が二つの異なった環境を作ることで、その変化は起こりました。アフリカ中央部に位置する大陸プレートにより、押されながら隆起することで、この大陸を真っ二つの異なる自然環境にしていったのです。南側は、今までと同じ高温多湿のジャングル、そして、北部はサバンナという、どこにも隠れられない丘陵地帯に変化していくのです。彼らは遠くを監視しながら生きることを強いられます。背骨を伸ばして、立つことを日常としていくうちに、二足歩行を覚えます。そのことが今の我々の持つ「脳を大きくする要因」になったのです。立つことで2本の手が自由に使うことができるようになりました。このことが脳の発達に革命的な発達を促すこととなったのです。つまりは猿の脳みそが大きくなって人間に進化したという説は、今ではあり得ないこととなっているのです。しかしこれらの類人猿だけが進化したわけではありません。他の捕食者も、鋭い牙や強力な力をつけていくという凄まじい進化をしていた関係上、類人猿たちはこれらの肉食動物からは逃げられなかったでしょう。彼らは、洞窟や高い山などに住居を作り、「群」としての生き方を作り出します。これが村や街の始まりでもあります。そして、その中でも家族という概念が生まれていくのです。この時代からオスとメスの役割分担が決まってきます。生きていくには食べ物を調達しなければなりません。家族を守るということは、豊富なタンパク質が必要になったのです。それには、オスたちが共同で「群」を利用して草食動物をとらなければなりません。ここから「狩り」という仕事が生まれるのです。2本の手がここで役立ちます。彼らは肉弾戦の限界に、どこかで気がついたのでしょう。石器を使い始めるわけです。この瞬間から、天才的なアイデアが出始めるのです。人類の祖先は火を手に入れることに成功します。そこから、狩りをしたり、ものを保存するための土器などが考案されていきます。この時期から、隣同士の群から自分達の縄張りを守るという新たな概念も、生まれていきます。これが戦争の始まりです。その様相はその激しさを帯び、威嚇や残酷な殺し方、相手より強いというパフォーマンスにまで発展していきます。この時の人類は今の人類より、はるかに脳を使っていたと最近の学術調査からも出てきているほどです。ここで、相手には悟られないための「印」が必要不可欠になっていきます。つまり、「合図」です。これが言葉を作る要因になります。この時期の人類の寿命は、30年弱とされていますが、僕はそうは思わないのです。おそらくこの寿命にはあらゆる要因が重なっては来ると思いますが、より群を率いる能力に長けた「部族長」や、あらゆることを目にしてきた「長老」などの、ご意見番的な奴がいたはずです。このような奴らからは、おそらく季節を当てたり、雨が降る匂いを嗅ぎ付けるといった、特技を持つものも現れたでしょう。これが宗教の始まりだと思うのです。この複雑化していく人間関係は、仲間同士の諍いをやめさせたり、善悪もあったことでしょう。それが、生きていくための「法律」の始まりだったのではないか?と思うのです。人類は単なる力任せの生き方に、「秩序」を導入することで、暴虐無尽な強い個体を押さえつける術を持ち、より、優秀なリーダーを選ぶ必要が出てきて、これは原始の「政治体系」になって行ったのでしょう。人間たちは、いつしか、移動をすることが必要だと悟ります。それは、気の合う群同士が一つになり、より大きなコミューンを作り、天才的な子孫も増やすことを経験により、学んで行ったと思われます。おそらくここまでは「死」という概念は、さほど大きなことではなかったと推測します。しかし、違う群との合体は、新しいDNAを進化させる要因にもなり「仲間」という概念もできて行ったでしょう。これは「愛情」になりうる現象です。死ぬことに無頓着だった人類は、初めて、悲しさを知るわけです。「愛」の出現が、「死」の概念をも変えていったと推測されます。この時から、「死」という概念は発展し、悲しむという感情にまで行きつきます。おそらく歌はそこから始まったと僕は思うのです。「誕生」や「争いを食い止めるための平和的な歌」というのは、「合図」や「悲しみ」よりも、深くはありません。人類はインパクトのあることから学んで行ったと僕は仮定しています。確かに、愛する人が、または友人が殺されれば、その怒りは、半端なものではなかったでしょう。ましてや子供を殺されるということになれば、その怒りと感情は、愛を知ったが故に、激情に駆られたことでしょう。怒りに満ちた心に歌は生まれません。その表現は遠吠えのようなことの方が表現しやすかったでしょう。「死」という概念が浸透する頃には、愛する人への感情や情緒、感性が働きます。「歌」は「愛する人との永遠の別れ」を意識してから、絶対的に必要な表現だったのではないか?と、僕は思います。大切な人を亡くすことで、生きている喜びを感じ、感性が磨かれていったのではないか?と思うのです。「歌」誕生は、人類の発明の中で一番、重要な行為になって行ったのではないか?と信じています。

人はどうして死ぬのか?

石井竜也

21.09.05 04:07

あくまでもここで言う「死」という概念は、寿命を全うした個体を指し、戦争、病気、事故、天災などで、奇しくも寿命を途中で遮られてしまった場合を除くことにします。さて、何故、哺乳類から植物・動物、昆虫に至るまで、寿命というものが存在するのか?と、考えた事がありますか?我々人間は、ここでは、ある特殊な例として、ちょっと、あとで話しますね。この「死」という概念は、どこから始まったのか?地球ができて、おそらく20億年以上は、なんの生物も生きられない環境が支配していたでしょう。生物とはいえない、生物になる要素がこの世に誕生したのは、だいたい35億年前、地球がある程度、冷えてくる時期ですね。最初の生命を司る養分は、アミノ酸、リンなど、宇宙にもたくさん存在しているものが、元になっていると考えられています。これらが地球に豊富にあるのは、もちろん、隕石などによる地球への衝突が原因です。要するに、命の元になる物質の最初は、宇宙からもたらされたと言っても過言ではないのです。おそらくこれらの、原始的生命の要素は、絶滅と工夫を繰り返しながら、地球に一定の温度が保たれた時に、今の病原菌のような形で、増え続けていったのかもしれません。その時には、地球の環境が著しく変化しない限り、分裂を繰り返し、地球上のあらゆる生存可能な地域で、それぞれの増殖を繰り返していったのでしょう。しかし、ある時、病原菌らしきものたちに、変化が生じていきます。いくつかのとても考えられない奇跡のような出会いで、ウイルスクラスの個体同士が、一つに合体して行くのです。そこに、あらゆる生物の元となる「細胞」が作られるわけです。それらは、ウイルス同様、自分で個体を増やす能力がありました。やがて細胞の増殖により、「生命の形」が形成されていきます。しかしまだ、この段階では、地球の温度が1度上がっただけでも死滅してしまうような脆弱な物体でしかありませんでした。そこで彼らは、剥き出しのDNAより、表皮で包む状態を作り上げます。この表皮のおかげで、細胞は脆弱な存在から、増殖する機能を勝ち取ったのです。おそらくそれからも、この段階では、まだまだ永遠に増殖できるほどの頑強さは持ってはいなかったでしょうから、地球の環境により全消滅と、新たなる細胞の誕生の繰り返しを何億年も戦ったのでしょう。この危険な星で生きるための方法を、違う種類の細胞同士で繋がり、それぞれの得意分野を活かした形になって行くのです。ミドリムシやミジンコのような、植物でも動物でも無いような生命らしき単細胞生物の誕生です。この時期になると、これらの生命は、変化を繰り返し始めます。あるものは、植物として、あるものは魚類の先祖として、そしてあるものは、甲殻類から昆虫に至る道を、環境により進化して行くわけです。しかし、それでも地球環境はまだ、今のような、ある意味安定感のある環境ではなかったでしょう。絶滅しては生き残ったものや、新たに厳しい環境に耐えうる個体が生まれて行くのです。ここからは皆さんある程度、知識のある脊椎動物である魚類など、が、生まれて行くわけです。たまたま脊椎を持った個体は、敵から逃げるという反射神経を持つことになりました。すでにこの時代には、強力な捕食者もたくさんいたのです。そこで我々、哺乳類となるこれらの生物は、「逃げる」と「隠れる」ということを学び始めます。これが「脳」ができる要素になるわけです。捕食者である生物は、「攻める」という概念しか持たないため、捕食する「工夫」をしませんでした。そこからは、目を疑うほどの速さで進化していきます。魚類から陸を目指すもの、水辺の生き物に関しては、そのスピードは加速度的に、早い進化だったと思われます。それらの変化により、恐竜までの進化は始まっていたのです。アミノ酸やリンなどの生命のスープは、今や、弱肉強食の世界を地球上に作り始めていました。さて、この時に、すでに寿命というものは、生物にとっての運命とでも言うべき進化であるとともに、自分たちをより強い個体にして行くための道具として、「劣化」という壁にぶち当たっていたわけです。地球上のあらゆる生き物は劣化することで寿命が決まって行きます。これが「死」の基本原理です。要するに、死ぬという概念は、地球の変動にも耐えられる子孫を確率的に残していく道具として、我々が選んだ、地球という星で生きていくための原理になったのです。ならばなぜ、寿命の長い生物と短い生物とがあるんだ?という問題にぶつかります。これは、より巨大化することで、寿命を長らえる生き物と、小さくて寿命は短いが、子孫を多く残す方法を取っただけのことなのです。ネズミなどの哺乳類は1分間に600〜700回もの脈を打ちますが、巨大な体を有する哺乳類である「象」などの生き物は、1分間に20くらいの脈で生きているのです。シロナガスクジラなどの30メートルを超える生き物は、3回くらいと言われています。この脈の速さで寿命は決まってきますが、生きていく環境により、それらの動物たちは、子孫の数も違っていくのです。小さくて、すばしっこい動物ほど子孫の数は増えますが、反対に、寿命は短いのです。対して大きな動物は、一度に多くの子孫は作れません。これは魚類も哺乳類も昆虫でも同じです。蚊やノミ、ダニなど、小さな昆虫は、途轍もない数の子孫を増やしますが甲虫などの昆虫類は、さほど多くはありません。象の平均寿命は、約60〜70歳です。シロナガスクジラなどは、事故にでも遭わなければ、100歳を超す個体もたくさんいます。その個体の大きさにより寿命は決まると言いましたが、これに反論もあると思います。例えば、犬を見てみると、大型犬では10〜13年、小型犬は長くて12〜15年くらいですよね。もちろん犬種で異なってきますが、小型犬の方が寿命が長いんです。「これは生き物の方程式には合わないでしょう?」という意見もあるでしょうが、実はこれには人間の介入が深く関わっているのです。犬は、今いるほとんどの種類は、人間が、作り出した生き物と言ってもいいでしょう。つまりは、大型犬の直接の先祖であるオオカミは、大型犬とさほど変わらない寿命なのです。さて、それでは人間はどうでしょう。今の人間の寿命は、自然界においては、おそらく40年〜50年は生きることのできない動物のはずなのです。今となっては、一家族に一人か二人という子孫の数です。頭脳の発達した生物の場合は、生きるための食べ物や、バランスを重視していきます。今ある薬のほとんどは、不自然に長生きさせるための薬やビタミン剤などがほとんどです。医療知識を、あらゆる残酷な方法で、勝ち取った人類は、自分たちの生きるべき時間を長くした分、楽しいこともあるでしょうが、かなりの苦しみに耐えていかなければならなくなったのです。そこに発生したのが「欲望」です。人間に欲望ができたのはネアンデルタール人の時からであると、考えられてますが、クロマニヨン人などの頃には、すでに縄張りというより領地の概念が、あったのではないか?と言われているほどです。4万年ほど前にすでに、人間は欲・得の世界で戦っていたのです。これまでの世界大戦や、宗教戦争、資本戦争など、全ての根源は、4万年前から行われていたと言ってもいいでしょう。これは全て、頭脳の発達による、情緒観念、所有欲の表れです。つまり、今の人間は、寿命を延ばすために生きていると言っても過言では無いのです。しかし、寿命をもし300年に延ばすなら、この佇まいでは無理です。細胞も、体内機能も、このままでは、せいぜい、100年がいいところです。300年の寿命が欲しいのなら、体の細胞そのものを変えなければなりません。そうなれば、今の私たちの作り上げた「美」の世界は、完全に変わらなくてはならないでしょう。「死」は自然現象であり、人間が生きていく上で、とてつもなく大切な現象なのです。

学習支援・相談窓口。

ジャッコ

21.09.02 00:06

こちらの情報を掲載させていただきますね。

「東日本大震災から10年 親を亡くした子どもたちへの支援」。学習支援団体・相談窓口↓
https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0025/topic016.html?cid=gendaihk-tw-210828

感性を大切にする事

美惠

21.08.30 17:19

感性は感じる力。それはとても大切で何かに置き換える為に絶対に必要な事だと思います。相手の立場や気持ちを汲み取る事、それは赤ちゃんが言葉を話せないように言葉がわからなくても知る事が必要な場面が沢山あります。言語の違いもそうです。病気をしたり、高齢になり上手く話せなくなる事もあります。そんな時に見える事聞こえる事を全てとすれば汲み取れない事だらけで、そんなときに必要なのは感じる事です。表情や目の動き、手の動き、細かい所ですがそれは何よりも言葉となって伝えてくれています。それを受け取る為には知ろうとする事、自分ならどう感じるだろう、何をして欲しいだろう、と置き換えることによってわかるはずだと思います。
そこから相手とはここが違う、ならどう思い何が必要だと発展させる事が出来ると思います。
便利や安全とされているものは、誰かにとって凶器でなんの役にも立たないものでもある事、本当にそれらの進化と発達が自分達にとっても将来必要なのかも考えていけるはずだと思います。
それが積み重なり進化させられてきたはずなら、便利の裏に崩してきた大切なもの、失われた大切な命はなかったはずだと思います。
一方向だけ一つの立場だけで考え進めた結果、安全や便利でないものに気づかず、他の立場や命から学び感じる事を放棄し、その結果全ての事は自分達にも返ってくる事もわからず、とても苦しく生きづらく自分達も生きていけなくなる状態を作り出しています。
動物も植物も感覚が優れ危険な事も生きていく為の情報も自然から察し生きていると思います。
自然から感じて生きる。空模様、風、温度、それが生きるという事なはずなのに人も動物であるならばそれを感じて生きる事を最も大切にしなくてはいけないのに、生まれてから勉強に追われ開発された便利とされるものに包まれ毎日が慌ただしく過ぎ、ゆっくり感じるという時間を育てる時間が費やされていないと感じます。
学びは、学問だけではないはずです。全ての事から学べます。目に映る物全てです。そんな時間こそ与えてあげなくてはいけないし、生きている間ずっと人は学んでいくべきだと思います。
人の痛み悲しみ、喜びを知る事も感じて初めて本当に知る事が出来ます。人の為に自然に存在する全ての命の為に考える事は自分の為に繋がる事だと言う事、それらは感じる感覚として知らなくては理解できるはずがないという事、だからこそ感性を育て磨く事がとても重要で必要な事だということを忘れてはいけないと思います。

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