ガザの悲劇。
石井竜也
14.08.14 21:09
今現在、イスラエルの攻撃で、2000人以上が虐殺された、現実。攻撃の武器が問題で、粘着質の花火のように広がる、火薬。これは、煙が猛毒になっており、やけどのケロイドが広がって行く悲惨きわまりない武器です。これを、ガザというパレスチナの中心街に打ち込むその気持ちがわからない。居るのは全てパレスチナの普通の人びとなのは、完璧にイスラエル側でも理解しているはず。あくまでも、イスラエルの的は、ハマスというイスラム原理主義者が中心の反政府ゲリラであるのにも関わらず、一般の人びとを殺す理由がどこにあるのか?こんな事をすれば、自分たちの宗教の原理にも、つばを吐く事になるのではないのだろうか?結局、戦争というのは、狂気なのだ。狂った思想や、宗教解釈、歴史の誤った見方。寛容になれない、民族の暴走。人間には、ある一定の時間を過ぎた事については、『慈悲』という感覚があるものだ。それがなくなった時に、悲劇は起こる。丁度、今の韓国の反日1000年思想は、これとそう変わらない感覚だ。これによって、お互いの国に何の利益と幸福があるのか?・・・政治に疎い自分には、全く理解しかねる考え方である。『人は完璧ではない』まずこれを、世界中の優れた人材までも、自覚すべき時代に入ったのではないか?自分だけが正しいという教育や、法則が、どんな残虐な歴史を作ってきたか?よく考えるべきだ。ガザの一番の残酷な事件は、教会に、何十人もの教徒達を集め、「明日までそこを動くな!」と命令し、次の朝に、その教会にミサイルを打ち込んで、全員が死亡した事件だ。こんな事が世界では起きている現実だけでも理解してほしい。そして、そういう思想や危険分子の考えは、こういう悲劇を必ず生む事が、この極東の諸国にも起こり得る事を、考えてほしかったのです。間違った恨みや妬みは、人を狂わせ、国を狂わせます。その前に、国民の平和を望む声を静かに起こすべきです。それは家庭内の教育だったり、学校の数少ない、中立の立場の先生の同意だったり、隣近所の分け隔てない、倫理観の教育だったりするのだと、思います。誰かが出来ないのなら、自分でするしかないのが、今の世界の共通認識である事だけは、本質のように感じる今日この頃です。