時代、時代に歪められた形
月姫
14.09.25 15:00
でも、根本にある普遍なもので、解り合っていけないか・・・というところなんですね。
先の戦争で、日本は敗戦国となりましたが
亜細亜の国々の中には、小さな島国の日本の姿勢に勇気を感じ、自国の歩みにとっての倣いと見て下さった国も多く
戦後裁判で、日本が苦しい立場に立たされた時にも、日本への配慮を訴える演説をしてくれた国もありましたよね。
日本が「操り人形」と見られる現状に至るには
長い長い時間を掛けての、国民の意識や文化に
誇りを失わせる働きかけがなされてきた結果ではあると思いますが
石井さんの仰るように、日本人の中に受け継がれてきた国民性や、勤勉さに裏打ちされた優秀さ、繊細な情緒と技術が支えている美学など、根底にあるものが失われていないことは、東日本大震災という、手痛い教訓を通して、日本人だけでなく、海外の方々にも改めて認識していただけましたよね。
「共存」という言葉ですが、私が書かせていただいたように、同じ一つの言葉でも、その前後に付随してくる言葉によってもいろいろな意味合いがもたらされてくるものですね。
私の言った「共栄」という言葉は、理想的ではあるのだけれど、関わりあう国々に対する「過剰な干渉」という受け取られ方も在りうるという事は、先の戦争での日本の立場からも想像できますし
先日ラジオで石井さんも言っておられましたが、資本主義なんだか社会主義なんだか・・・という現在の情勢から、冷戦時代のように「平和的共存」というスタンスも考えられます。
今、日本が打ち出している「集団的自衛権公使」云々という方針についてもそういった懸念が、国内外から持たれて注視されていますよね。その懸念を払拭する為にも、石井さんの仰るような浄化・・・複雑な立場にある女性や、危険に晒されている幼い子どもたちの命を「きちんと護る意志のある国である」ということを示す事が必要なんでしょうね。
石井さんの「GROUND ANGEL」「の「共存」は
だからこそ・・・の余計なものを付随させない「共存」なのかな・・・と。(勝手な解釈です、すみません)
確かに「欧米」の亜細亜諸国に対する意識は、古くから変わらない共通のものがありますが、ヨーロッパについては、石井さんが仰るような、日本的美学に共感していただける文化や国民性が今もあると、私は感じています。
その中で、前にもお話させて頂いた事ではありますが
互いの国々の、文化や宗教観、国民性の違いを「違うから」と言って低く見たり、否定したり、破壊し、自分たちが「正しい」と信じるものに置き換えていこうとするのでは無くて
日本人が昔からやってきたように、違う文化や宗教の良い所を取り入れ尊重しながらも、自国に合うものとして、改めて創り上げ、発展させていく・・・と、いったような形の中で、解り合っていければいいのかもしれないですね。
