さすがはてっぺいちゃん、めのつけどころがちがいますなーーーーー!!!!!
石井はっ花
16.11.30 08:04
朝日が昇る海岸線を疾走するバスで札幌に帰っている途中です。
光をはらみうねる波涛を眺めつつ、皆さんの書き込みを思い考えながら読んでいました。
てっぺいちゃんの幸福の多様化のお話しから、都会田舎論をずっと考えていたけれど、
自分の中ではまだ答えがでません。
というか、うまく言葉にできなくて。
このふたつのお話しは似ているようで違うし、
全く違うようで同じお話しの所もありますもんね。
冒頭にも書きましたが、こうしてバスに乗っていると同じ地域の同じような海岸線の町なのにそれぞれの町の意識が違うのがわかります。
北海道は町ごとに入植してきた開拓者が拓いていった町なので、
余計に感じる事かもしれませんが。
生まれ育つ環境によって、意識や考えが生まれる事は当たり前なのですね。
例えば、今、初めてと言っていいほどですけれど、
朝日に煙る けあらし というものを見ました。
海と空気の温度差によって海から蒸気のようなものがたつ現象なのですが、
ボク1人だけうわーってなって、写真撮りまくっていて。
他の乗客の皆さんは非常に冷静でした(●´ー`●)
でも、これ、当たり前なのです。
だって他の皆さんは、えりも町や様似町の海沿いに住んでいる方々なので、
海のそういう現象は毎日の光景なのですから。
北海道の太平洋南岸をちょこちょこと行き来するボクは、
都会感0だし、人の多い所は苦手だし、想像もつきません。
数日前、実家に帰ってきた姉と都会の人々についての噂話をしていたのですけれど。
今の東京の人たちはいろんな物事が
雑多にあり過ぎて飽和状態になり新しいことを求めて展覧会に6時間も並んで見たり、話題だからと、雪の中なのに並んでかき氷をこの寒空に食べたりすると。
情報に踊らされすぎだし、謎の行動過ぎやしませんか。
また、人が多いと臭いが発生するし、ゴミが散乱して、景観も悪くなる。
ボクの中の都会像はプラス面だけじゃなくてほとんどマイナス点です。
たしかにいろんな物が手に入りやすいし、何時出歩いても咎められる事は無いですし。
でも利便性だけだと思っちゃうんですよね。
人はわがままで扱いづらくなるし。
今中学生の男の子2人が山の上にある校舎を目指して真っ白な灯台の横を歩いて行きました。
彼らも都会のこと全然わからないとおもいます。
ということで、隔たりは必ずあると思います。
ただ想像し、考え、その多様性をそれぞれ認める事はどんな環境でも出来ることだとおもいます。
それには寛容さが必要なのです。
とはいえ、ボクにもまだちゃんと身についてはいないのですが。
でも、考える事がやっぱり必要なことなので 、その機会をてっぺいちゃんが作ってくれて本当にありがとうございます。
こうして長々言葉にしても結論はでませんけれど、
大昔の哲学者がいったように、
人間は考える葦なのだから、
これからも弛たわずに考えていきましょうね(´ω`)
