小さな小さな世界でいうなら。
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17.06.11 22:03
競争社会という大きく区切って世界、国、企業。
私の働いている小さな小さな中小企業ですら競争社会の
一つなんですよね。日常には確実に競争社会が存在していて
上司の想い描く言動をすれば微々たる程度でも
お給料は上がります。上司、常務、社長に
目をかけてもらえれば少しのミスでも許される、
1度くらいの外食が出来る程度の月のお給料が上がることに
必死になって働く1年間。年に1度の査定に一喜一憂。
そんな小さな小さな会社でも
人を蹴落とすようなこと、社長の愛人になること、
様々な人間模様があります。
縮図だと考えれば国レベルとなれば
色々な更に醜い競争社会があるのだと思いますし
現にニュースを見れば人対人のやりとりは
まさに競争社会の真っ最中で。
子供の学校では【没個性】な指導。
少しでもまわりと回りと違うことをすれば
すぐに電話がかかってきたり、
子供同士の喧嘩では親の職業、親の強き度で
善悪の判断ではなく弱肉強食状態で先生の判断が
決まる恐怖感。
散々、没個性、協調性を求められる学生生活の中で
いざ社会に入る前段階の面接では
【個性】【人より秀でる才能】を求められ、
そして入社して社会人になれば
また【協調性】や【イエスマン】としての人間性を
求められ、没個性を理想とされる。
正直、なんだこりゃ?!とは常々思いますが
それでも理不尽なのは世の常だと飲み込んで
その中で自分のなりたい自分に近づけるよう
批判だけには走らず腐らず…と
その中でどう生きるかとか考えたりして
目の前の毎日の日常を見ています。
小さな小さな範囲の目線ですみません。
決して愚痴で書いてるつもりでもありません。
異常だと感じれば異常な気もしますし、
それが日常だと思えば当たり前の風景で
その風景に麻痺している自分も異常なのかもと
ふと思いました。
最大でも8割の人間関係、
それが優しさや気遣いの出来る割合だとも思っています。
10割ではバランスを崩し逆に誰かを傷つけるレベルだとも思ったりも。でも残りの2割がたまに寂しくて虚無感で
苦しくなったりも、たまに、極々たまにあります。
この感情、どうしたものかと思うほどに厄介だなぁと
最近考えてます。
小さな小さな目線ですみません。
