MIND BBS 〜掲示板〜

時代と表現者

藤吉

17.10.12 23:28

 以前、繁華街の角に立って拡声器で声を枯らしながら、何かを訴えている人がありました。そこを通りがかる度によく見かけたので、たぶん昼間何時間も話し続けていたのだと思います。周囲の雑音と声が枯れている事と拡声器の音質によって、何を言っているのかがほとんど分りませんでした。足を止めて聞く人は稀でしたが、歌にすれば今よりは多くの人たちに伝わるだろうにと思いました。どんな話も歌にすれば、党派の垣根が無くなり、人の心に伝わりやすいと思います。
 いつだったか沢田研二さんがコンサート中に脱原発のお話をなさっている途中で客席から「歌って!」と声がかかって、お怒りになったとのニュースがありました。多分客席の方は単に沢田研二さんの持ち歌を歌ってほしいという意味だったと思いますが、あえて曲解して「その話を歌にしてほしい」という意味と解釈してしまえば、エールになったと思います。
 第三舞台の鴻上尚史さんがエッセイの中で、悲しい事があったら歌にしよう歌はいつも前向きだから、といったことを書いてらっしゃいました。ミュージカルでも悲しい歌は確かにあるものです。でも歌うこと自体は前向きです。
 ピカソの『ゲルニカ』は、個別の事例を描いた作品でしたが、作品化されることによって時代を超えた象徴となりました。いま、相容れない考え方の多くのぶつかり合いの中で、本当に最も重要なのは、考えの核心を垣根無く伝えることのできる表現の力ではないかと思います。

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