遺書.釈文
しらぽん
18.08.02 00:50
有史以来最大の危機に当り、微力ながらも皇国守護の一礎石として帰らぬ数に入る、二十有余年の御高恩に報ゆるに、此の一筋道を以てするを、人の子として深く御詫び申上候、皇国の存亡を決する大決戦に当り、一魂の肉弾幸に敵艦を斃すを得ば、先立つ罪は許され度、此度の挙もとより使命の重大なる比するに類無く、単なる一壮挙には決して無之、生死を超えて固く成功を期し居り候、兄上には相馬か原にて別れて以来、二年有余なるも魂は何時も通じ隔つとも、何の不安も無之候、御両親様には私の早く逝きたる事に就ては、呉々も御落胆あることなく、私は無上の悦びに燃えて心中一点の曇無く征きたるなれば、何卒幸福なる子と思召され度、祖母上様と共に愈愈御健かに御暮し下さるやう祈上候、歿後の虞理に就ては別紙に認めたれは然るべく、次に二三御願聞き置かれ度、第一に万万一此度挙が公にされ私の事が表に出る如き事あらば、努めて固辞して決して世人の目に触れしめず、騒かるることなきやう葬儀其他の行事も努めて内輪にさるる様、右固く御願申上げ候、又訪問者あるも進んで私の事を就て話さるるやうな事なきやう、願はくば君が代守る無名の防人として南溟の海深く安らかに眠り度存じ居り候
昭和十九年十二月しるす
御両親様
この遺書の内容は昭和20年1月12日にパラオにて戦死した日本人の男性のものです。
