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ヌード

みゅう

18.08.06 01:50

この展覧会(ルーブル美術館展)は、17世紀にヨーロッパで描かれたさまざまな絵画の断面図を掲示することを目的としてるため、裸体画や着衣の人物像とともに、風景画や静物画が出品されている。しかし、17世紀ヨーロッパにおける絵画では、他のなによりも人物像の絵画が重要であったことは議論の余地のない事実である。これは絵画の実践においてと同様、芸術家の教育においても強調されていたことであった。つまり、ヨーロッパの本流において芸術家になるためには、人物像を習得する必要があったのである。しかし、この目的のためには、人物像の習得それ自体だけでは不十分であった。アカデミーの教育に通底していたのは、本質的な人体は、その「ありのまま」、つまりは裸の状態にあることが前提だったのである。
もちろん、これは西洋美術の伝統において新しいことではなかった。西洋美術は、古代ギリシャ=ローマの時代から、古代を蘇らせたイタリア・ルネサンスの工房の時代まで、人体表現はもっぱらヌードであった。しかし、すでに述べたように、工房内でのヌードの教育は、教本や印刷物、鋳造彫刻によるものなどに限られており、一般に広く想像されている以上に、生きたモデルを使っての教育は、はるかに少なかったらしい。しかし他方で、アカデミーが、生きたモデルのデッサンを教育の中心に置かれていたことも事実である。つまり、実際に人体を使っての授業はほぼ連続しており、アカデミー会員の教師の指導による講義を、あらゆる(上級の)学生たちは自由に受講することができた。むろん、アカデミーのヌード・モデルは諸般の複雑な事情のため、男性モデルに限られていた(女性が定期的にモデルとなるには19世紀を待たなければならない)。いずれにすせよ、イタリアやフランスのような国の17世紀のヌードは(ヨーロッパの北部の例については後で触れるが)、もっぱら男性ヌードに限定され、女性ヌードの表現は、一般的に男性モデルに乳房を付け加えたものであったり、ヴィーナスやディアナを表す古代彫刻に倣った裸体表現であった。生きているモデルは曖昧で不安定なものと見なされていたのだ。男性ヌードの学習でさえ、それ自体が目的であったわけではない。それはむしろ、デッサンの教育プログラムの諸段階の一部であり、他から分けることのできない手段であり、その哲学あるいは理論と実践のあいだの相互作用を反映していた。
先に記したように、人体デッサンの課程は高度に細分化されていた。初学者たちは、人体のデッサンと版画を模写することから始めた。初めに描くのは腕や足などで、次に全体を描いた。つまり、二次元のモデルに基づいて人体を模倣しているのである。次には、鋳造彫刻を摸写することにより、二次元から三次元へと進んだ。そうした彫刻の多くは、その前に平面で模写されていたものと同じものであった。最後の段階になってようやく、学生たちは生きたモデルを見て描くことができた。訓練の初めの長い段階において、学生が実際に生きたモデルを観察する機会を与えられることはなかったのである。なぜなら、彼らはまだ準備が整ってないと見なされていたからだ。生きたモデルを使ってのデッサンは、過程の最終段階にのみ行われるものであり、この学習は、骨格、腱、靭帯、などを学ぶ人体解剖学の授業、あるいは人体の比率の授業で補われた。なぜそれは最後の段階であったのか。なぜ学生たちは、もっと早くから生きたモデルを写すことが認められなかったのか。人体の細部の正確な描写ができるまで、時間をかけて徐々に改善していくことは許されていなかったのだろうか。これらはすべて問いに対する答えは、モデルは、観察したとおりに写し取られることが目的ではない、すなわちモデルの正確な描写が目的ではない、ということである。逆にモデルを注意深く観察する時でさえ、学生はモデルを「修正し」、単なる観察を超えて描くことが求められていたのである。
こうした手順を踏むことは、身体的なことと知的なこと、肉体的なものと精神的なものとが明確に異なることを示していた。心と身体のあいだのこうした違いをすでに問題として扱ったが、新たな問題は西洋文化に深く根ざした哲学に関連している。「存在」あるい単なる存在とは相容れない実在をめぐる思考の体系、この哲学がアカデミーに採用されていたのだ。それによれば、人間の身体自体には「形がなく」、それゆえ「そのもの」として模倣されることなどあり得なかったのである。言い換えれば、すべての人体は「形作られる」が、すべてが「形」をもっているわけではない。アカデミーは生きたモデルを描くことを重要だと認める一方で、それを写すデッサンが、形態描写のより広範な勉強の一部分でしかないことを明らかにしている。実際のモデルを描写した後に、学生たちはその不完全さを修正し、その「真の」形態を探し出すために、今一度とりかからなくてはならなかった。ここで求められているのは、モデルに対面する前に思い描いた姿ないしは「イデア」により成し遂げられる完全なる模倣である。しかし、どのようにしてあらかじめ心に思い描くことができたのだろうか。ひとつの方法は、アカデミーの哲学が説明される講義を聴くことであった。それでもやはり、古代ギリシャ=ローマの彫刻が完全なる形態であるという信条は明らかであった。これらの彫刻に直に取り組むことは、それゆえに、理想的なるものと向き合う直接的な方法であった。その過程は、平面および立体としての彫刻の模写から始められた。

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