MIND BBS 〜掲示板〜

エンゲルベルト・ケンペルの話の続き

KABE

18.08.14 09:50

別件 第二次世界大戦勃発 1939年

本題
ヨーロッパで展開していた庭園とは、何と対照的なことか。日本に見られた庭園とは逆に、17世紀ヨーロッパの庭園は、交易や流通や外来品がなくては成立しない場であった。本稿でまず取り上げる植物園(レイデン・ピサ・モンペリエ・フライブルクなどにある)は、この点で、ヨーロッパが世界に開いていく過程を示す模範である。端的に言うと、この世界へと開く潮流が植民地事業と強く結び付いていることを問わなければならない。ヒマワリ、リュウゼツラン、トマトのヨーロッパへの輸入と馴化を、ヨーロッパ人入植者の率いる征服遠征抜きで理解できるだろうか。探検、獲得、成果を求めるヨーロッパの事業は、日本が理想とした自給自足と対照をなす。ゆえに、17世紀の旧大陸の庭園からは、ヨーロッパの科学文化が、まさに、海洋国家の航海者が着手した探検に負っていることが窺える。その海洋国家とは、イギリス、衰退しつつあったがスペイン、オランダ、勢力は比較的小さいがフランスとロシアである。実際、「黄金の世紀」においては、一度通過した道を再度通ることなく出発点に戻る世界航海が広がっていた。

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