MIND BBS 〜掲示板〜

桜が咲きはじめました。

Y

21.04.24 03:38

仕事帰り、咲きはじめた桜を見てきました。
陽気に誘われ、「森の中、歩きたいな〜♪」と言う末娘に負けて。薄ピンクのエゾヤマザクラ。大きな蕾を緩ませた木蓮、白木蓮。木々の葉がまだ繁っていなくて明るい森を、娘にまかせて歩きました。春は早く来てくれたけど、おばあちゃん、お花見られなかったね…

クリスマスに母が逝きました。末期癌の厳しい状態を、家族皆で見守り、送りました。父の時の後悔はすまいと、私は厳しい選択にぶつかる度考えに考え、決断してきました。夫と子どもたちは戸惑いながらも、ごく自然にその時々に対応し、それぞれができることをし合いました。一昨年のクリスマス後に体調が予想以上に良くないことが判ってから1年。癌が見つかってから約5年。できることがもっとあったのではないかと、他に方法があったのではないかという思いと、あの時の自分にはそれで精一杯だった、その時々に考え得ることはしたという思いが両方あり続けます。母の方はどうだったのか。それはわからないけれど、母もまた心揺れていたことと思います。今はとりあえず、共に看取りをしてくれた子どもたちが、健康で、長女は就職、長男は大学進学とそれぞれの道に進めたこと、夫、私、末娘が穏やかに日々を過ごせていることに感謝です。そして、患者である母だけでなく、私たち家族をも支えてくださった担当医、看護師、メディカルソーシャルワーカーさんに、厚い感謝と敬意を。

13年前に父が亡くなって、人は必ず死ぬんだという当たり前の事を思い知らされました。
今回、母を看取り、死は思い通りにならないという事を思い知らされました。
昨春、母より一足先に兄が逝きました。遠方で見舞うこともできず、20年ぶりの再開は小さな箱でした。いつか会えるのではないかという希望が消えたような、どのようなかたちであっても居場所が判ったという安堵と、やはり、母より先に逝くなんてという恨み節と。思わぬかたちで終える人生がある。
何が大切か。
今、生きている。大切な人たちと共に生かされている。このことを有り難く思います。

もう話せなくなった母のそばで、母の持っていたアルバムが目に止まり開いた時、気づきました。「借金だけ残して逝ったよね」とよく父の事をボヤいていたけど、家族の写真を遺していることに。大変な家族だったけど、普通に幸せそうな時もちゃんとあったんだなと。当時はカメラも高くて、ウチなんかには贅沢な趣味だと、これもまた母はボヤいていたっけ。
兄と私のきょうだいらしい姿を遺しておいてくれた父に感謝です。体調の異変に気づくのが遅かったとか、最期家に連れて帰れなかったとかより、ありがとうとさようならを言えなかったことが、13年間の後悔でした。

長々とすみません。
コロナにも振り回されたけど、コロナ以外の事でも大変な1年で。
地球規模の問題なのに、協力し合えないのが辛いな。
コロナ以外にも解決しないといけないことはたくさんあるのに。
はぁ〜

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