「恐れる」ということ
おちゃみどり
22.09.04 19:42
地球上に何億と居る野生動物の中でも、ヒト科とその他の野生動物では「恐怖」に対する考えとアクションが違っているようだなぁとは何となく感じていました。
石井さんのおっしゃるように、人以外の動物は常々老いたあとの諸々や、病気、事故に対する備えが…やら他の者に比べて自分が生きる価値なんて…のように「死」について頭を巡らせることはないですが、それでも捕食者の天敵が追いかけて来たり、密猟者が迫ったり猛烈なスコールが迫ってきたりすれば巣穴へと逃げ帰ります。
「死」そのものは日常である上で受け入れ、恐れてはいないにせよ、ヒトも他の動物も、その際に伴うであろう痛みや苦しみは、まだ経験したことの無いものであっても予測した上で必死に逃れようとする所は同じだなと思います。
ACRIの中で撮影頂いた野生のクジラも、もし人の訪れにくい北極のど真ん中にいるクジラだったらカメラから一目散に逃げていくのではないか…と思うのです。
昔からゴールドコーストの海に居る→ヒトには自分らの縄張りを侵すほどの力はないということが遺伝子レベルで刻まれているのかなと思います。これもまたメッセージなのかなと思います。
医療の発達にしても、経済の発達にしてもヒトが行ってきたのは、死の克服ではなく、それに近づく時の痛みや苦しみを感じないための麻酔のような試みなのだと思います。
火の熱さ、痛みをコントロールしたことが恐らく他の動物との区分けになった第1歩なんでしょうかね。
ヒトが痛みや飢えを感じず、眠るように死ぬ動物であればここまで文明が発達することもなかったのかもしれません。
ただ、野生の生き物達にも飢えや苦痛の原因になる存在と争うことはあっても、結局は触れ合わない範囲まで群れごと退くなどして、道具で相手を壊滅させるまではしないですよね。
この辺、どこまでが自分で、どこまで好きにできるのか、謙虚にヒトよりも学んでいるなぁと思います。敬服せざるを得ません。