優しい気持ち。
石井竜也
11.05.10 22:40
人間というのは、優しくもなれるし、欲望の固まりにもなれる。だからこそ、信仰心や精神性が必要なのでしょうね。こうしている間にも、きっと、絶望の縁に立たされている人々が沢山いるのではないか?と思うのです。すべてを失う悔しさと無念さは、どういう言葉にできるのでしょう。一体、何をすればその心を少しでも楽にさせてあげられるのでしょうか? 僕は、本当に自分の無力さと戦っております。歌を歌い、みんなの笑顔を見て、ゆっくりとでも、立ち上がろうとする被災地の人々の健気な姿が「誇り」となって、胸に去来します。人はどんな事でもその気になったら出来るものです。こういう言葉があります「人を助ける喜びと助けられた喜びは同じ感謝で結ばれる」みんな同じ人間なんです。幸せに出来ればそれが一番で、その幸せは、いとも簡単に崩れる事があったとしても、必ず、次の道は開けるし、また開いて行くのが人間です。世の中にとって、「大切」と思われるものだけが残る訳でもありませんが、間違いながら進むのです。この先滅亡もあるかもしれない。苦境もあるかもしれない。でも、それは46億年の中でこの星に生を受けたもの達が必ず体験して来た自然淘汰なのかも知れません。一つだけ、言い切れる事があります。それは、「生きる」という事。生きて生きて、泣いて泣いて、悔やんで悔やんで、悩んで悩んで、それでも、少しだけ腹から笑って、人間は優しくなって行くのです。悩みの闇を過ぎれば、喜びの涙も待っている。人生とはそんなものです。みんなで手を取り合って、この時代を生き抜いて行きましょう。今を一生懸命に生きましょう。自分を常に大切にしましょう。そういう人は他人も大切に出来る人です。この時期だけは、言葉で人を傷つけるのだけはやめましょう。言葉は、「優しさの活力」に使いましょう。必死で生きている人を必死で応援しましょう。こんな時ほど素直になるべきです。こういうときだからこそ大切なのがなんだったかが思い出されるものです。何も出来ないのなら「祈り」ましょう。せめて考えてあげましょう。人間の素敵な方の面を思いっきり出しましょう。僕らは、みんな地球人なんです。きれいごとで済ませられない事もあるでしょうが、言い換えれば、今はみんなが被害者です。被害者同士の争いごとは醜いです。せめて、優しさをもって、世の中を変えて行きましょう。