MIND BBS 〜掲示板〜

鹿の悲劇。

石井竜也

12.11.27 04:16

鹿は、自分の命が、何者かに狙われている事を、いち早く察知しました。だから、山陰や、木の陰をすり抜け、出来るだけ何気ない雰囲気で、捕獲者から遠のく事に集中しました。でも、自分の事は十分に解っていたはずの鹿も、なんと、頭の上の角が相当立派に成長していた事に気がつきませんでした。まるで、かぶった帽子を忘れて、家に引き返すような人間と同じように・・・。鹿は身を隠すのに最適と感じたガサ薮に入り込んでしまいました。あたりには捕食者・捕獲者の気配はないのですが、なんと、立派な角が細かい枝に絡み付き、一歩も歩く事が出来ないくらい、奥に入り込んでしまったのです。鹿はしばらく、角を細かい枝から、引き離そうと必死に首を揺すりながらもがくのですが、一度絡んだ角と枝葉は離れるどころか、もがけばもがくほど、もっと複雑に枝の中に絡んでしまいます。とうとう、12〜3本もの太い枝に首の根元からねじられ半ば倒れそうなポーズにまで、事態は深刻になってしまいました。捕食者どころか、今では、枝に捕まって、身動きも、鳴く事も、動く事も出来なくなってしまっているのです。ねじれた首は、時間を追うごとに、首の気管を圧迫し始め、息も苦しくなってきました。同じポーズを長時間とらざるを得ない状況により、体中の筋肉が痙攣し、疲労し始めます。毛穴から出る汗が森の冷気を吸収しやすくしてしまい、すっかり、凍えている状態。鹿は、自分の最後を覚悟しました。でも、もう一度、体中にまだ残っている少しのエネルギーを使い果たし、悪あがきにも似た今までで一番大きな動きで、絡み合う枝を振り切ろうと動いた時でした。銃声がして、鹿の心臓を貫きました・・・。死に行く鹿の耳に、狩猟者がナタでガサ薮の太いツタをぶった切りながら、こちらに近づいてくる足音を聞きながら、不自然ポーズを、とったまま、鹿は命、果てました。しばらくして、密猟者が空に向かって何発もの空砲を撃っています。真冬の森林で絡み合うツタの中には、とげがあり、枯れたおかげで、その威力を強靭に保つ植物もあるため、実は鹿を撃った密猟者も、このガサ薮に身動きができなくなってしまったようです。山を3つも超えた深い森林での事、誰も助けなど来ません。鹿は苦しみから解放されたように、息を引き取りましたが、密猟者は、その後2週間かけてゆっくりと、衰弱し、夜には、雪が降ってくる中、棘の痛さも感じなくなって凍えて死んで行きました。何度も猟銃をあごに向けるのですが、枝が邪魔して、自殺も出来ませんでした。薮にとらわれて4日目の事でした...。この2体の遺体は、誰にも発見されず、また誰にもその真実が伝わらないまま、200年で、大木の中に埋まってしまいました。今は、団地が広がる大きな市民公園になっていて、子供達が、大きな木のある公園として、平和な家族の憩いの場所です。今、小さな子供がヨチヨチと太い幹に近づいてきて、幹に耳をつけて、幹の中の音を聞きました・・・。すると、「腹がへったなあ・・・」と聞こえたので、片言の言葉で、「まんま?」と返します。あとから母親が心配して、子供をダッコして、スベリ台に連れて行きました。遠のく大木をじっと見つめながら、母親の肩越しから、幼い視線が、二つの魂を感じていました。〜終わり〜

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