考えること
シベリ庵
11.04.04 11:05
阪神大震災の時、
当日の朝、家族の無事を確認してすぐに、
父親の制止を振り切って職場へ。
月明かりと火事の火の明かりの中、街で見た全ての人が穏やか。
声を荒げる人など誰も居ない。
最初に多かったのが自力で来れた傷や骨折の人。
次第に、戸板に乗せられた心肺停止の人。
着の身着のまま、パジャマの人々の
血糊を取り除いて縫えるように準備する。
水がないのでお詫びしながらアルコールで拭く。
傷にアルコールがしみると痛いはずなのに誰も表情に表れない。
この痛みを感じない程、
静かな興奮状態なのかもしれないと考える。
蘇生される赤ちゃんを囲む両親と祖父母。
4人で必死に赤ちゃんの名前を呼んでいるが、
息を吹き返すことはない。
まるで寝ているような可愛い白い顔。
本当なら見てて悲しいはずの光景だなと考える。
戸板や畳に乗せられて運ばれてくる人を、
ありったけの機材を使って、
床で、机の上で、一度に10人以上蘇生を試みているけど、
誰も生き返らない。
次々と運ばれてくる余りの多さに
5分して反応が無ければ、次の方の蘇生に移るようになる。
誰も生き返らない。
蘇生をして遺体を運んでの繰り返し。
私たちは、人を生かすために存在するのに、
何をやっているんだろうと考える。
重症患者は、他の地域に転送する。
出口に待機しているのは、伊丹や京都の救急車。
かなり広域で支援が始まっていることを知る。
夕方に、蛙の置物をひっくり返したような格好で
戸板に乗せられてきたお婆さん。
うずくまった格好で救助を待っていたんだな、と考える。
体の硬直が完了していることから、発災直後にはもう…と推定し、
苦しむ時間が少なかったことを祈る。
21時頃、新患が途切れたので帰宅。
歩けば歩くほど家に火が近い。
自分の家も実家も火が迫っていることを知る。
グシャっと倒壊して焼けている家々。
せめて生きてるうちに焼かれている人が居ないことを祈るしか、
自分には出来ないと知る。
避難所で再会した家族から
『○○ちゃんの、お母さん死んだんや。
自分も横で埋まってたのに…自分でウチへ言いに来た。』と聞く。
『無事で良かった。』と、ウチの妹の頭を撫で、
お菓子を沢山置いて行ったという。
親友の母親の死を知る。
自分が、そんな時に親友の側に居られなかったことを知る。
その後の親友の消息がわからない。
避難所の体育館で過ごす夜。
ウトウトはするけど、余震が続くたび、
あちこちから漏れる『ひっ』という小さな悲鳴。
焼け出された人が多いので、火を怖がって、
灯油があってもストーブが使えない。ロウソクも灯せない。
夜中、ドカドカと足音。
月明かりに見える、銀の防火服に煤けた顔
『火は食い止めました。ここの避難所は大丈夫ですから!』
自分たちの避難所が焼けそうだったことを知る。
考えないといけない、感じてる暇はない。
想いに自分が占領されたら、身動きが取れなくなってしまう。
水は出ない。電気も来ない。
食べ物も、持ち出せたものに限りがある。
日常生活を送ることに全精力を傾けても難しいことを知る。
医療者が誰もいないので、明日からは、
病院に行かず避難所にずっと居てほしいと頼まれる。
こんな若輩者でも必要とする程、みんな不安なんだなと知る。
一人の一日の体験の一部だけでも、これだけのことがあったけど、
もちろん報道が伝えることはなく、
適度にショッキングなことを選択して伝える。
現実そのものじゃなくて、視聴者を想定して調整している。
切り取った現実を伝えるのが報道だから、
事実とは常に異なっていると思う。
だから、今回の大震災の被害は、
土と火じゃなくて、土と水が起こしたものでしたが、
津波が去った風景をみて、伝えない惨状まで想像ができました。
食べ物どころか、命さえ持ち出せなかった。
安否を確認したい家族や家、
助け出すべき人も、乗せる戸板も、
運び込む病院さえも波がさらっていったんだと…。
更に、原発や大きな余震がまだ被災地を脅かしている。
石井さんが話された通り、ほんの一部であって、
まだまだ沢山の現実が広がっていると思います。
だから、ライブでお話しを聞いていても、
涙が出ることはなく、
想像してた通りなんだなと思いました。
考えないと…。
泣いてる間は、まだ自分の感情…自分に目が向いている。
被災した方のことを本当に考えるなら、
酷いと言われるかもしれませんが、
泣いてる場合じゃない。
私はそう考えました。
…でも、涙は出ますけどね。(笑)←オイ!
