REPORT 〜ご報告〜

HEART CANDLE & CANDLE MESSAGE

2012年3月11日14時46分、
1年前に起こった大震災の被災地を思い、
日本中、そして世界で灯したキャンドルが一つのハートになりました。

きっかけは、GROUND ANGEL開催中の横浜赤レンガ倉庫にて行われた
1月19日の石井竜也ファンクラブイベント。
キャンドルを灯しハートの形にして祈りを捧げようという企画でしたが、
当日は強風のため中止。
しかしその後の石井の呼びかけにより、当日参加された方だけでなく、
ここに集まる皆さんがそれぞれの地で3月11日に祈りのキャンドルを灯し、
その画像でハートを作ったら、もっと大きなハートになるのでは!ということで
この「HEART CANDLE」が完成しました。

また画像の送付と共に寄せられたメッセージを以下に紹介させて頂きます。
一番下には、被災地の方からのメッセージをまとめて掲載致しておりますので、
ぜひお読み頂き、その想いを共有できればと思います。

CANDLE MESSAGE

●お互いに支え合って生きていきましょう。焦らずに少しずつでもゆっくり前に進んでいきましょう。●多摩川の土手で春の花が咲いている中灯してきました。こころとこころがつながり、笑顔が増えますように。●日々の生活の中で、子供達が(大人達も)笑顔でいられる瞬間が少しでも多くありますように…●キャンドルを灯しながら思いました・・・「あの日を忘れずに・・・。そして困っている人がいたら、すぐに助けてあげれるよう、自分は一生懸命生きよう」●祈りを込めて…●被災された皆様、心を痛めている全ての皆様、そして浪江町を離れて避難生活を続ける祖母一家を想って灯しました。石井さん、いつも考える機会をありがとうございます。●3.11 14時46分、亡くなられた方々の御冥福と、被災された皆様が一日でも早く、早く心穏やかになる日がくるよう祈りました。まだまだの現状を知るたびに、非力な自分が情けなくなりますが、ほんの少しでも東北のみなさんに寄り添える力になればと思い送ります。 ●子供がろうそくを彩りました。子供達の未来を守りたい。●キャンドルに『花・人・平』の願いをたくし、火を灯しました。●祈り。あの日から一年 東日本大震災から一年 空に逝かれた方々に心から祈ります。そして被災された全ての方々の笑顔が少しずつでも戻りますように。みなさま『生きて』いきましょう。未来の子供達の為にこれからもず―っと…キャンドルにみなさまの切なる想いを。さとみのママ●この祈りが空へ昇って行かれた多くの方々への心の安らぎとなりますように…●我が家の方でも、サイレンがなり、悲しい、苦しい、1年目を迎えました。亡くなられた方のご冥福をお祈りします。現地の方の、復興をお祈り申し上げます●3月11日午後2時46分 この大切な時間は母と共に国営放送を見ながら手を合わせ黙祷していました。私の住んでいる大阪狭山市にも市内放送が流れ黙祷を促し、静まり返った空気は人々の祈りに包まれていました。●必ずにと、帰れる事は難しいとは思いますでしょうが、『心は 心は あの日の前に帰って下さい。あの笑顔をけして忘れないで下さい。天にいかれた方は笑顔でいると思いますから。』あなた方の勇気を見習わせていただきたいです。●当日『風の子守歌 ~明日の君へ~』を聴きながら、お祈りしました。これからもずっとこの祈り続ける心を大切にして生きていきたいです。●いつか被災した皆様が、満開の桜のように笑顔溢れる日が1日も早く戻る事を願って。●春 遠からず…どんなに辛く厳しい冬でも、必ず春は来ます どんなに険しい道のりでも、その先に輝かしい未来はあります。そう信じて… We will start with thinking 3.11今日この日に再び誓います。私達の住む水と緑溢れる素敵な日本へ、復興の道標を…●被災地の皆様に笑顔が一日も早く訪れますように…。smileと入れました。●昨日、11日はキャンドルを持って石巻に行っていました。でも、14時46分。その時、キャンドルに火を灯し手を合わせることは叶いませんでした。そして、どうしても11日中に灯せなかったので翌朝になってしまいましたが大丈夫でしょうか?横に一緒に写したのは、泥のついたブーツです。この泥は多くの子どもたちが犠牲になり、今もまだ見つからない子どもがいる石巻市立大川小学校へ行った時に歩いた場所の泥です。その泥を落として帰る気には、どうしてもなれず、泥をつけたまま帰ってきました。14時過ぎ、大川小で手を合わせていましたが、14時46分に祈ることはできなかったのでせめて、亡くなった子どもたち、今も家族と会えずにどこかで見つけてもらえるのを待っている子どもたちのこと、そして、もちろん、東日本大震災で亡くなってしまった命、計画停電によって亡くなった命、震災後に自ら命を絶ってしまった方たち、殺されてしまった動物たちの命など、全ての命を想い、自宅で祈りました。●先ほどテレビでほんの少しですが、大津港が映りました。茨城だけでなく、被災された地域や方々がほんの少しずつでも日常を取り戻す事が出来ることを願ってやみません。その為に私が出来ること・・・難しく考えずにやって行こうと思います。●穏やかな日が、訪れます様に…●先ほどNHKで大津港からの中継をしていました。後ろの方で黙祷をささげている石井さんの姿も映っていて地元の方たちと共に祈ることができて本当に良かったなと感じました。私は被災地である地元には帰らず、東京から祈りをささげることしかできなかったので、少し石井さんを羨ましくも思います。テレビの中継は大津港の次が地元の隣町でした。普段、被災地として取り上げられることはほとんどない地域だけに、「こんな時ばかり・・・」という思いと、東北に比べ被害が小さいのに申し訳ない思いが交差し、複雑です。「東北のために」ではなく、「被災した全ての人のために」と祈ってしまう自分が小さい人間だといつも心苦しかったんです。募金先に北茨城市が入っていることで、救われた気がしました。「東北に比べれば大したことない」が口癖になっている自分の地元のことを思っていてもいいのかな・・・と。●3.11をどこで過ごすか、考えました。前日まで岩手の宮古にいて、このまま現場でというのもありましたが、私は母と家で静かにその日を過ごすことを選びました。昨年のこの日はまだ父が生きていて、テレビを観ながら「電車も動いていないから、今日は家に無理に帰らずに、スタッフを守った方がいい」など、アドバイスをくれ、東京の事務所で一夜を明かしました。その父親に感謝の意味も込めて、家でキャンドルを灯しました。母と仲良く生活出来ることを改めて感謝し、そして自分の推進しているプロジェクトへの意気込みを新たにしています。●3月11日 夜になってしまいましたが、東日本大震災で犠牲になった方々へ祈りを込めて、キャンドルに火を燈しました。津波で亡くなった方達やその残された家族の方の事を思うとやりきれない悲しみに包まれます。これからも東北そして茨城の復興に微力でも自分のできることで何か力になれるように考えていきたいと思います。てっぺいちゃん、これからもリードしてください。●一日も早く東北が復興しますように祈りをこめて…●みんなの気持ちを一つにして素敵なアートになることを祈っています。●想いをこめて●私は岩手出身 当時の不安、悲しみ、悼み、いろんなことを思い出しました。決して忘れません。天に召された方々のご冥福をお祈りします。被災された方々の平穏な日々が一日も早く来ること願い続けています。希望の光を信じて一緒に強く生きていきましょう!●亡くなられた方のご冥福を祈り 日本が元気になるようにがんばります●3月11日、14時46分、自宅にて、いつもの場所のいつもの椅子に座り、いつもとは違う気持ちでキャンドルに火を灯し、災害に遭われた多くの方々の幸せと天に召された多くの方々のご冥福を祈り、黙とうさせていただきました。●3歳の息子と2歳の娘とともに祈りました。大阪は天が泣いていたのか3時過ぎから一時的に雨でした。●キャンドルの灯りをともし3・11で被災された方々のご冥福をお祈りしました。●祈り!●亡くなられた多くの方々、そしてご遺族の方々が、少しでも安らかな気持ちになれますように…●忘れない…微力ですが支援していきたく思います。石井さんも無理せずにね。o(^-^)o●キャンドルに灯をともして 鎮魂の祈りが届くように そして それを守ってくれるようにMEちゃんとU君と一緒に 撮りました 暖かな キャンドルの灯をみていると 炎が時折 すっと上にのぼって 空に祈りが昇っていっているように思えました 皆の想いが集まって 心が一つになり 形として あらわせる 本当に企画してくださって ありがとうございます たった一枚の写真ですが参加できて 本当に嬉しいです 空の上 その場所が安らかでありますようにいつまでも 祈ります●世界中の皆さんの心が繋がって、希望を持って生きていけたら…と思い描いたイラストです。●3.11 14:46 WCV会員でもある親友3名で黙祷をしました。●想いをこめ火を灯したので、写真は使われなくてもよいので、送らせてください。●あの日赤レンガ倉庫で偶然にも石井さんと同じ言葉をキャンドルに書いていました。。。コンサートで石井さんが描いた、心でいっぱいになった日の丸が忘れられないからでした。あの絵を見ながら、段々「心」という文字が笑った顔に見えて、少しだけ前向きになれたものでした。●少しでも気持ちが形になればと思います。●一緒に祈ります…●3月11日にHEART CANDLEにあかりを灯して、心を込めてお祈りをさせていただきました。皆さんの心が届きますように、いつまでもいつまでも。。●暗くなってからキャンドルを灯しました。三番目の子はまだ小さいので電気を全て消してしまうと怖がるので電灯も一ヵ所点けながらでした(^_^;)日曜日だったので家族で震災の話をしたりしながら夕食をとりました。まだ幼いのでよく分かっていないと思いますが(^^;それでも話してやることは大事だと思うので、何かある度に話していきたいと思います。忘れてはいけない事だから。●この日を絶対に忘れてはいけないと思っています。少しでも想いが届けばと思い参加させて頂きました。●私も微力ながら参加しました。すべての人が少しでも幸せと思える日が早く来るといいですね。●ベランダで咲いたパンジーを押し花にしてキャンドルに飾りました。●雨雲は南の方へと去り、風も止み、晴れ間が見えてきました。●空へ・・想いが届きますように、そして、この灯りが、希望の光につながって行くと信じて・・・。また、いつも東北に心を寄せて下さっているたくさんの方々へ、感謝の気持ちを込めて。●空が泣き止み、明るくなってきました。●「世界中の人々に 笑顔と思いやりが 増えますように・・・」と想いを込めてキャンドルを灯しました。●東日本大震災によせて・・・・、祈りを込めて・・・・。●神奈川県江の島からお祈りさせていただきました。●被災地に、祈りをこめて●子供も大きくなり、それぞれ行動するようになったので、家族が一日中、一緒に過ごすという事はほとんどなくなった…でも3月11日は、何か言った訳でもないのに、3人の娘は誰ひとり出掛ける事はなく、久しぶりに家族揃って過ごしました。2時46分、このキャンドルを囲んで家族で黙祷。改めて家族と過ごす時間の大切さを実感した一日でした。●晴れていたのに、急に空が泣き始めました。激しい雨と風で、なかなか灯を点すことができませんでした。●東北地方太平洋沖地震犠牲者の方々へのご冥福をお祈りすると共に、被災地の皆様の一日も早い復旧復興を心より祈念申し上げます。皆様が心から元気になりますように。。。●いろいろ考えましたが、はじめて写経してみました。慣れないことに二時間ほど悪戦苦闘。誰かの苦しみが一時でも和らげばいいな。●なんとなくこの一文字が浮かびました。この一文字は「なごむ」「やわらぐ」の他に「笑う」という意味合いもあるとか。一日も早く被災地をはじめ日本中にも「和む日」が訪れますように祈りを込めて。●1.19のイベントに参加させていただいたものの、キャンドルに何を書けばいいのか、何を書くべきなのか。結局、答えは見つけられず、何も無い素のままのキャンドルとなってしまいました。3月11日は、以前、薬師寺で頂いてきてそのままになっていたお写経をしました。その中で目に付く「無」の文字。そして、石井さんが描いた「心」。自分にはまだまだ心が足り無いのかもしれません。●家は、お寺なのでキャンドルではないのですが・・・思いを込めて献灯させて頂きました。3.11はもちろん、日々仏様の前で手を合わせています。あの日の事を忘れないこと、今自分にできることは何か 考えること・・・ずっと続けていきます。●あれから1年ですね。被災者の皆様の御冥福をお祈り致します。私事では昨年震災当日に入院しその二日後に無事に産まれてきた初孫の成長を見守りながらの1年となりました。この子たちの未来が穏やかでありますように。●私の故郷は台風被害が多い場所で(山口県は最近は台風からそれていますけど…)、今は自主避難的に別の地へ移り住んでいます。台風の被害等で崩れた防波堤なども、今は穏やかな海となっています。この島の空と海からお祈りしたいと思い撮影しました。反対側にメッセージを書いたのですが、何か違うような気がして空白にしました。強風のため炎は無理でしたが、被災地にココロが届きますように。●「祈り」「希望」「助け合いの心」●キャンドル灯し、ハートのプリザーブドフラワーと一緒に撮りました。いつでもどこでも ME+U の関係性で。。「出会いの数だけ笑顔が生まれ、笑顔の数だけ しあわせ になる。」おおきな、おおきな、ハートになりますように。●大津港の港は風が強かったので、家に戻り再度、火を灯しました。茨城の日立から応援しております。●この日は,家族と一緒に温泉旅行。テレビの式を見ながら黙祷し,部屋で灯りをともしました。亡くなられた方々のご冥福を祈りながら,家族と一緒にいられる幸福をかみしめながら・・・。そして,被災してもなお,前向きに過ごそうとしている友人を思いながら。●亡くなられた方々のご冥福と被災された方々の回復、復興をお祈り申し上げます。● 自宅で黙祷と祈りと願いを込めて静かに灯しました。●1日でも早い復興を願って…●今日という日は始まりでもなく、終わりでもない。ただの通過点にすぎない。まだまだ私達も続られることがたくさんあります。誰しもが当たり前の暮らしが当たり前にできるように、キャンドルに願いを込めて…●「季流春来」辛い季節もやがて過ぎ去り、暖かな春が必ず訪れる事を願い、この言葉を蝋燭に込めさせて戴きました。震災で空になられた全ての御霊のご冥福をお祈りし、また、今も被災地で苦しい生活を送っていらっしゃる全ての皆様に心からお見舞い申し上げます。●『心』~大切なあなたと見たすべての景色~●3・11・・・昨年のGAイベントの際に訪れた大津港の美しい空と穏やかな海を思い浮かべながら竜也さんの故郷に想いを馳せ心静かに過ごしました。天使がいつかまた飛び立てる様に・・・遠く離れていても想いはひとつです。●11日は茨城県潮来市にある薬師寺東関東別院の潮音寺で震災1年の法要に参列させていただきました。関西に帰宅したのは、夜の10時を過ぎていましたので、部屋の中で灯したキャンドルの写真になりますが、よろしくお願いします。●前日から震災のテレビを拝見し、改めて地震と津波の恐ろしさを痛感しました。幸せだった方々の人生を一瞬にして地震や津波で失ってしまう…やるせなさや憤りをかんじます。もしもタイムマシーンがあれば…2011年3月10日に戻りたい。みんなを避難させる事が出来るのに…そんな事さえも思ってしまいます。でも今はただただ亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りしています。そして…いつまでも震災の事は忘れずに長い支援をして行きたいと思います。●上手く言葉に出来ませんが、1日でも早く被災地の皆様の心が穏やかになるように祈りを込めて火を灯しました。このように参加出来る機会を与えて下さってありがとうございました。●京都の自宅にて キャンドルに灯を灯しました。3月11日という日を 忘れずに、毎年灯したいと思っております。●当日は、お空になられた方々へのご冥福と、今生きている方々へのエールを込めて、自宅で黙祷をさせて頂きました。ハートキャンドルのカケラに使って頂けたら、幸せです。●キャンドルの後ろに 仲良し家族の鶴を飾りました。子どもたちと一緒に折りました。●同じ時間には出来ませんでしたが、思いが届きますように。●この小さなひかりを、心のなかに…●一番心安らぐ場所。それは石井さんが見守ってくれている部屋です。キャンドルの後ろには顔魂のポスター額。私の心も被災地の声も出来るだけすくいとろうとしているように写りました。●一日も早く、復興しますように…。こども達や、被災者の方々に笑顔がもどりますように…。●あっという間の一年でした。3/11が近づくにしたがって、まだまだ気持ちが落ちたり、体調がすぐれないこともあったり、改めてこの現実が、どれだけ深く気持ちにも体にも刻まれているのかを知らされています。●みんなの想いが大きなHEARTになりますように。。。●3月11日、私も 大阪 岸和田の空の下 キャンドルに灯を燈し 東北の方のご冥福を お祈り致しました。14時46分頃になると 午前中は晴れて 暖かな気候が 急に 雨がぱらつき始め 昨年の様に 冷たい(ノ_・。)雨の気温になりました 皆さんの 涙雨だったのかもしれません・・・●単語で「Angel」「HAPPY」「SMILE」と書きましたが、天に召された多くのAngel達に、HAPPYなSMILEを☆という祈りとそして、残った私達も、1日でも早く、HAPPYなSMILEができるよう、頑張りましょう!という願いを込めて書きました。●手作りキャンドルに灯火し、お祈りいたしました。●空になってしまったすべての愛する人たちに祈りをささげます。●去年と同じで家族は皆仕事、家で一人黙祷しました。あんなに涙をこぼした日はありませんでした。今日も心が痛かったです。●3.11はどうしても用事で出掛けなければならず…キャンドルを持って出掛けました。移動中に、最寄りの公園の駐車場に車を止め、歩道にて点火をし、14:46に合わせ家族でキャンドルを囲み、黙祷しました。キャンドルが届いてから、どんな言葉を描こうかと迷いましたが、とうとう何も描くことが出来ませんでした。それほど自分の中では重く、未だに整理不可能な出来事だったのかと思い知り、あえて無地のまま当日を迎えてしまいました(被災をした訳でもないのに情けない事ですね…)でも、このキャンドルは大切にしまい、毎年3月11日に出して、14:46に火を灯し、祈りたいと思います。●家の中で 家族とオブジェたちとキャンドルに火を灯し、黙祷しました。大きなことはできませんが、こんなことぐらいしかできません。少しずつ前へ進めていければと思います。●カンボジアでキャンドルを灯し、空になられた方々のご冥福をお祈りしました。日本から離れていれる期間が長くなればなるほど、日本がとても恋しい毎日です。大好きな自分の国「日本」が少しずつでも元気になっていくように祈っています。●子供、仕事、いろいろ理由をつけ結局身動きできなかったこの1年。でもこれからだってできるはず。何かできるはず。数十分ですがキャンドルの炎をみつめとても穏やかになれた時間でした。。●被災地に1日でも早く本当の春が来ますように、祈っております。●前日までにキャンドルに書く言葉を決めていたのですが、当日、テレビを見ていて、まだまだ厳しい状況が続いていることに涙が止まらず、急きょ、メッセージを変更しました。●あの日から今日まで流した涙が笑顔になり繋がりますように、願いを込めて・・・●私のロウソクは割れてしまいました。全ての再生を願って灯りをともしました。●みんなが日常に戻れるように●3・11「つよくいきよう」の歌詞を見ながら被災地に祈りを捧げました。改めて、忘れてはいけない…これからも心をひとつに…と思いました。●~3.11キャンドルに想いを込めて~●亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。●皆さんの方の想いが空に届きますように…心より願っています!●東日本大震災の被災者の方々への想いを込めて、キャンドルを灯しました。今日は友人と、共通の友人の出産祝いの品物を買いに出掛けていました。この時代に生まれた子供達が大人になる頃の日本が、笑顔で未来を明るく描ける日本でありますように。。。●手を取り合えば、心も繋がると思います。心細い思いをした方たちに、今も思っている方たちに、繋がりますように。●朝起きてご飯食べて、電車に揺られて会社に行って仕事して、家に帰ってご飯食べてお風呂に入って寝る…毎日、単調な生活を送っているけれど、この当たり前・普通の生活が出来るということが、とっても幸せな事なんだと、改めて気付かされました。どうか、被災された方々が、一日も早く『普通』を取り戻せますように…笑顔が戻りますように…●私なりの祈りを込めて…。震災、そして、私の父へ…。●い仕事の合間に黙祷し、帰宅してから改めて祈りながらそっと灯しました。小さく ても力強い火の明るさに、心が照らされました。●それぞれにいろいろな思いを抱えて3.11を迎えました。仕事のためキャンドルに火をともせたのは夜になってしまいましたが、その灯りをみているとこころが落ち着いていきました。「忘れたいけど、覚えていく」そんな言葉がじんわりしみました。この写真もみんなのハートの一部になれたら、うれしいです。●キャンドルの灯に祈りを込めて。●あの時、テレビをつけて、現地の惨状を知り、愕然としたのを覚えています。一年経ってもまだまだ鮮明な記憶…被災地の方々の思いははかり知れません。今日は、亡くなった方々の冥福を祈るばかりです。●この日をずっと忘れないために・・・。●一人一人がいろいろな思いもち迎えた3月11日。哀悼と鎮魂の思いを込めて、キャンドルを灯しました。●夜になって、西日本にある我が家の周りにも、雪が降り始めました。今日は、茨城県にある薬師寺東関東別院 潮音寺で開催された、追悼・復興祈願 まほろば塾に参加してきました。まだまだ、液状化から復帰した、とは言える状態にはなく、心が痛くなりました。でも、潮音寺の方々は、明るくて、逆にわたしたちに未来を説いてくださいました。●東北の方角に向かって点させて頂きました●温かな灯りを感じながら、東北の一日も早い復興を祈りました。●被災地で今も苦しい生活や気持ちを抱えている皆様の少しでも多くの幸福と、津波を含む震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りし、被災地に届けることができればと願っております。●もう地震が来ないことを祈ります。●愛と平和と鎮魂と復興への希望と・・・手を合わせて静かに祈りました。祈りが届きますように!●あの日から1年。長かったような短かったような。。。九州に住む私は直接何かすることはできないかもしれない。でも、元気な者は今以上に元気に、そして日本を盛り上げる!1日も早く東北の皆さんが元の生活に戻れますようにそして心からの笑顔を取り戻せることをお祈りしてます。●多くの亡くなられた皆様のご冥福をお祈りします。子供の卒業引越し作業をしながら、点しました。●昨年の震災時、夫は仕事中で不在。1年経った今日は…夫は仕事の関係で海外出張中の為不在。しかし、居る国は違っても今日の同じ時間に祈りました。気持ちは同じ…そう思って、夫婦二人で写っている写真をバックに撮りました。この日を忘れない…●あの日から1年…石井さんを通じ、沢山学び考えさせられました。私自身、この1年で最も辛い別れを経験し、その悲しみ寂しさは言い表せない程。。。この震災で突然、空になってしまった方達のご家族の想いは、私以上なんだと思うと胸が締め付けられ涙が込み上げてきてしまいます。ただ、どんなに辛くても今を生きなきゃなんなくて、前に進まなきゃなんない。まだまだ乗り越えられない想いを抱えたままでも、空になってしまった方達の分まで、毎日をちゃんと生きなきゃ!って想いで、私は生きれてる気がします。コレからも、胸張ってちゃんと生きて行くには、石井さんからのエネルギーチャージが必要となりますので、スタッフの皆様よろしくお願い致しますね!●石井組の想いが犠牲者となった方々に届きますように…●“穏やかに笑って過ごせますように"と、1月19日に赤レンガ倉庫で書きました。●私が選んだ場所は、私の部屋の中。一年前の今日、仕事場が横浜だった私は家へ帰ることが出来ませんでした。それを知った姪っ子たちを、とても不安がらせてしまったことをついこの間のように思い出します。今日は、この自分の部屋にいることを思い大切な宝物と一緒に、キャンドルを灯しました。空になった方々、被災地で必死に生きている方々、てっぺいちゃん、この日を、この気持ちを、ずっと忘れないことをここに誓います。そして、一日も早く、みなさんがご家族の元へ帰ることが出来、強い日本が未来に待っていることをそのための努力を惜しまないことを心から祈ります。●天国へ召された多くの尊い命に、心からお祈りを捧げます。●みんなが強く生きていかれますように。●東北に明るい笑顔が早く灯りますように。●何にも出来ないけど、祈ります。そして、何が出来るか考えます。●石井さんはキャンバスを『心』で埋めて『日の丸』を描かれましたが、日本の国花である『桜』の花も『ハート』マークで構成されています。昨年は震災直後のお花見が、被災地も被災地でない所も自粛ムードになってしまいましたので、今年は全国で桜の樹の下に集えますように、と祈りをこめて描いてみました。●小樽で記念に買ったキャンドルです。想い天までとどけ!●東北が早く元気になりますように。。。みんなで頑張りましょう!●鎮魂と希望の光となりますように。●友人と3人で祈りを捧げました。被災された皆様が笑顔になりますように…。●鎮魂はもちろんなのですが、たまたまこの数日ワタシが具合を悪くし家事がほとんど出来ない状態になりました。2年生の娘と5歳の息子が一生懸命お手伝いをしてくれました。それは普段見せない「自分達ががんばらなきゃ」と言う気持ちがいっぱいでした。その様子を見て切なくもなり、そして、はっとしました。被災した子ども達はこの一年間ずーっとそういう気持ちを持っていたのではないかと。家族を失う痛みは、どんなに思いを寄せても想像でしかない。大切な家族をキャンドルに表しました。●お亡くなりになった方が安らかに眠れよう、ご遺族の方の心に一日も早く穏やかな日がおとずれますよう。。。●アルバム「SORA」を流しながら、被災地に向けて皆さんと一緒に祈りました。●心がつながりますように!●みんなの温かさが届きますように。●たくさんの大切な命を思って●本日14:46キャンドルを灯を燈し、震災・津波の犠牲になられた方々に黙祷を捧げそして、被災された方々が一日でも早く普通の生活に戻れるようお祈りさせていただきました。キャンドルに何と書いて良いか考えましたが、今日のテレビの映像を見て言葉が見つからずいつまでも忘れないと言う意味を込めてハートを描きました。多くの祈りが大きなハートになりますように。●心を込めて 震災で亡くなられた方の ご冥福をお祈り致しました。●風が強かったイベントの日から2カ月弱。メッセージを携えて静かにその時を待っていたキャンドルは、ふたたび赤レンガの地に赴きました。今日のその場所は、海風が吹き抜けつつも、春を思わせる日差しが降り注いでいました。場所柄、無灯火ですが、心が笑顔になれるよう祈りをこめて。10周年のGROUND ANGELのイベントから、“ANGEL"、ART RINKの“SMILE"、HEART GALLERYの“HEART"の3つの言葉をお借りして、“Angels bring Smiles to Hearts"と、「心に笑顔を」との思いを託しました。●今日の日中の暖かな日差しは「どんな時も、笑顔で生きろ~!」と暖かく体を包んでくれるように感じました。これからも、てっぺいちゃんの活動へ微力ながら参加させて下さい。その他にも自分が参加出来ることを続けて行きます。目の前の大切な人も今は空の上に居る大切な人もみんな一緒に 私の命の限り生きたいです。生かされているという とんでもない幸せに感謝します。あらためて 貴い御霊に心よりご冥福をお祈りします。●なかなか直接的に復興に携わることは叶いませんが普通の生活に感謝し、被災された方々のことを想いながら、今を精一杯活きようと思います。●311。哀悼の意をこめてキャンドルを灯しました。離れていても心は共にいること・・・・・ハートの四葉クローバーに託しました。もう一年、まだ一年。たくさんの悲しみが少しでも癒されますように。希望の笑顔が少しでも増えますように。GROUND ANGEL MIND from MINDと、これからも共に●3/11 14:46 街の防災放送が鳴り響く中、キャンドルを灯し黙祷を捧げました。去年のこの日、地震で麻痺した交通機関の影響で、家に帰れず、怪我を負ってしまい、未だに傷と痛みが残ったままです。私のこんな怪我でさえ、日常生活に支障を来しているのに、被災者の方達の不自由な生活は計り知れません。復興と追悼の念と、治らない怪我の苦やしさで、黙祷の最中から、涙が溢れて止まりませんでした。生あるうちは、負けないで、強く生きて行きましょう!!被災にあった皆様の日常が戻り、心穏やかに生活できる日が来ます事を、心から願っております。●亡くなられた方の御冥福を心からお祈りすると共に、子どもたちの未来にキャンドルに祈りを込めて…。●ゆらめく炎を灯す度、思いを馳せる気持ちを、忘れずに持ち続けることを、誓います。●今日は一日、家で過ごしました。家族と共に…離れて暮らしている祖父が描いた、私の故郷の絵とキャンドル。海の綺麗な漁師町です。私たち家族と、祖父の想いも一緒に…●キャンドルと歌と。まだ何も変わっていません。●私の住んでいる所は、放射能のホットスポットと言われています。何となく、今でも洗濯物は部屋干しです。私の願いも込めてメッセージを書きました。●これからも私にできる支援と想いが届けられますように。被災された方々に『みんなが想ってる』事をこれからも伝えられますように。●黙祷●震災のその時間、仕事に行く為お風呂に入っており、揺れによって湯船のお湯が殆ど溢れ出てしまった、バスタブの中で撮ってみました。岩手には父の親戚が、仙台には友人が、茨城には祖母の親戚がおります。あの日の気持ちを忘れない様に思い当たる全てに祈らせて戴きました。●あの未曾有の大災害から一年…それぞれに感じていることでしょう 長かったのか短かったのか…先月、母を亡くし悲しみは何度も胸に迫って来る… 今日までのすべてのものに感謝し 災害で亡くなった方々や母の鎮魂を祈りました これからも 3.11を決して忘れない●あの日から一年が過ぎましたね。東北から遠く離れた九州(長崎)から、キャンドルの灯に復興の願いと鎮魂の祈りを込めて・・・。本当は20年前に起こった普賢岳火砕流災害にも想いを馳ながら普賢岳の見える場所でともしたかったのですが、今日は強風でとても外では無理でしたので家の中になりました。どうかどうか被災者の方たちに笑顔が戻る日が一日でも早く訪れますように。●キャンドルを灯し、家族で餃子を作りながら、3.11のことを語りました。●東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。●盛岡より祈りをこめて●テッペイちゃんと想いは一緒●お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます 被災された方々の心に 灯りが点りますように●みんなの想いが繋がりますように 幸せに想えますように●少しでも笑顔が戻りますように。●自分が大事に思った場所、それはやはり“我が家"でした。東日本の復興を心よりお祈りいたします。●これからも、石井さん、WCVのみなさんと今出来ることを続けていきたいと思います。●東北のみなさんの復興が早く来ることを祈ってます。●あたたかなハートが出来ますように。●心穏やかな日々が、普通に笑って暮らせる日々が訪れますように、祈りをこめて●まだまだ、これからですよね。遠い福岡にいる私に何が出来るんだろう…うまく言えませんが、被災された皆さんを忘れないこと、自分に出来る範囲で、協力することなのかな…●昨年の3/11の震災は仕事している時に起きました。そして、1年を迎えた今日3/11も仕事でした。丁度同じ時刻を迎えた時、仕事をしてましたがそっと手を合わせ、お亡くなりに成られた方々のご冥福を祈ると共に一年間頑張り続けている被災された方々が一日でも早く復興の時を迎えられるようにと祈念させて頂きました。●写真の左側に重ねてある黒い袋は、被災地の漁師さんがワカメの養殖に使うサンドバッグです。私は教師をしていて、自由に休みをとってボランティアに行くことも出来ないので、1日にたとえ一枚つでも作るようにしています。今日は、10枚完成させる事ができたので、亡くなった方々の鎮魂と、震災後頑張って生きている方々に思いを馳せてこの写真を撮りました。石井さんは今日大津に行かれたんですよね?震災の足跡を見て、惨状を胸に、多くの人が前を向いて生きていける世の中に出来るお手伝いが出来るように、私たちにも出来ることが見つかるように先導してくださいね。●お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りいたします。●祈ります●すべての人に愛を…●震災で亡くなった方、まだ発見されない方々に祈りを込めて  又、被災された方々が一日も早く元通りの生活を送ることができることを願って、キャンドルを灯しました。●あの日亡くなられた方のご冥福と残された方、被災された方への哀悼の気持ちをこめて。そして、二度と同じような事がおきませんように。 ●みんなの想いが詰まった、あたたかいハートが届きますように…!●本日サンクスキャンドルに灯りを灯し、東日本大震災で犠牲なられた東北の方々へ、祈りをささげさせていただきました。日本が1つになったことをとても実感できた瞬間でしたね。●午後2時46分 部屋でロウソクを灯して あの日から今日までに逝った たくさんの魂の冥福と いまもまだ 闇の中で立ちすくんでいる 多くのこころが 光を見つけられるように 祈りました 明るい方へ 光が導いて くれますように…●大阪に趣味の観劇のために来ています。キャンドルはホテルの部屋で灯しました。今日のこの日、好きなときに好きなことが出来ることがどんなに幸せなことか、を噛みしめています。●未来を「考え」「見つめ」「手を差し伸べたい」と願う一人の人の小さな「想い」が周りに在る、沢山のハート...人のハート、水や緑や空気のハート、自分を育んでくれた国と大地のハートそして宇宙に繋がる空と海のハートとひとつになって、今「生かされている」ことのすべてに感謝しながら、それぞれが、誰かにとっての一筋の光となることが出来ますように...。●この日を決して遠い出来事にしないように。。。●もう一年・・ただ、ただ、祈ります・・ 日本に笑顔が戻りますように・・・ ●家族みんなでキャンドルを囲んでお祈りしました。家族揃って何かできることが、当たり前に思っていたけど、とても幸せなことなんだと身に染みました。亡くなった遠くの親戚や友人の両親、2万人という尊い命、故郷の変わり果てた姿を思うと、今も涙が出ますが、自分のできることをやっていこうと改めて考えることができました。●一人では何も出来ませんが、今回の企画に参加できて良かったです。●「想い」を込めて祈らせていただきました。まだ一年です。これからも一緒にやらせていただきたいです。●「命のバトン 未来へつなぐ」HEART CANDLEに書いた言葉です。今日は休日ですが、あの地震に遭った教室で、この時を過ごしています。生徒たちと不安の中過ごした日。すべての魂と、すべての哀しみが少しでも癒えますように。●被災された全ての方々の心が少しでも癒されますように。親を亡くした子どもたちの未来が明るい光に導かれますように。祈ります。●もう一年、まだ一年。東京に暮らす私にとって本当の意味で理解出来てはいない過酷な現実があるだろうと思います。今、私に出来ることは忘れないこと。東北、茨城、千葉、そして、翌日のことだからなのか東日本大震災とは別のように扱われている長野のこと。寄付先が決まったことに安心しました。これからもずっと続く支援に微力ながら協力させていただきます。●かなり昔ですが、中国で購入した蓮形のろうそくがありました。ずっと使わずに飾ってあったものですが、今日こそ使うのにふさわしい日だと思って火を灯しました。震災だけでなく、災害の多かった去年、日本中でお亡くなりになった全ての方の魂が天国の蓮の上で安らかにいらっしゃいますよう祈っております。ちょうど、46分になって黙祷をしているとき、パラパラと雨が降ってきました。京都です。天も泣いてくださっている、見守っていてくださると感じ、これからの日本に希望を持って一緒に歩いていきたいです。●亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。被災された皆様の心が少しでも楽になりますように…。この一年は本当に石井さんのファンでよかったと何度も思いました。石井さん自身も心を痛めながらのGAの活動は大変だったことでしょう。これからも微力ながら応援、支援していきます●キャンドルを灯し、祈りました。今夜は、電気を消してキャンドルのあかりで過ごそうと思います。忘れません。みんなの祈りが届きますように....。●東日本大震災からの復興と 亡くなられた多くの方々へのご冥福を祈りつつ キャンドルを灯しました。●鎌倉のお寺から、鐘の音とともに、東北そして茨城に気持ちを届けました。願いをこめて…●今日は風がすごく強く灯が不安定でしたので室内でも撮ってみました。蝋燭の燃え芯がハート形になっていたのが何か不思議な縁を感じました。まだまだ復興には時間がかかりますが、今日は亡くなられた多くの命のご冥福をお祈りしたいと思います。福岡の地より●少しでも思いが届けばと思い撮影しました。みんなに幸せが届きますように。●私がキャンドルに書いたのは『笑顔』。大震災発生以降、自分の無力感に苛まれていましたが、今の自分に何が出来るのか考えた時、笑顔で接客する、避難してきた人達と接するように心がけました。笑顔でいると、笑顔を見せてくれます。赤ちゃんからお年寄り、全ての人達の笑顔をなくしたくないという想いがあります。笑顔で、小さなラッキーに感謝していれば、運も味方してくれます。私が体験してきた事です。まだまだ街が復活するまでには時間がかかりますが、笑顔を忘れないで、踏ん張ってほしいと思います。これからもずっと見守っていきますし、私の出来る範囲で支援出来ればと考えております。●震災で亡くなった方々のご冥福を心よりお祈りいたします●いちばんのお気に入りの、素焼きのランプシェードと一緒に撮ったものです。震災時刻直前の画像が、最も暖かな色彩だったので、この写真にしました。 「出会いの数だけ笑顔が生まれ、笑顔の数だけ しあわせ になる。」HEART CANDLEのひとつになれるのが嬉しいです。●美しい桜の季節を愛でる前に、天に召された幾多の命へ想いを馳せながら、大切にしていた“桜"のキャンドルに火を灯しました。星になった御霊たちが少しでも安らかな気持ちになれますように・・・悲しみや苦しみから癒されない人々がまだまだ沢山いる・・・その気持ちに寄り添うことを忘れずに、生かされた自分の使命を考 えながら新たな一歩を踏み出そうと思います。てっぺいちゃん、皆さん、共に「つよくいきよう」。●私たちの祈りが、東北の皆さんに届きますように・・・・●ただ祈ることしかできない自分が悔しいですが、少しでも東北に届きますように…。●心は1つ。復興に向けてこれからも力を合わせましょう。全国のみんなの想いが東日本の皆さんへ届きますように。●家族も一緒に、1分間の黙祷をしましたが、とても静かで長い時間に感じました。石井さんもおっしゃっていたとおり、1年だからといって何かが変わったり終わったりするわけではなく、一つの通過点に過ぎないけれど、こうやって、あの時に心が戻るだけでも、特に、被災地から離れている私たちには、必要な時間だと思いました。私自身も、1年前、手術で、まさにアイマスクをして麻酔の静脈注射が始まった瞬間の震災でした。揺れる天井の無影灯と、廊下から聞こえる看護婦さんの悲鳴、先生たちの声と、状況によっては点滴を抜いてでも子どもたちを助けに走らないと!と思った記憶が甦ります。今それを思い出すと、なんと長い1年だったのだろうと思います。あれから1年が経ち、こうして、元気に毎日生きている。この命を全力で大切に生きなければ、と、この日を迎えて、また新しく心に誓います。●あれから1年。亡くなった多くの方たちの無念さを想いながら黙祷しました。まだまだ復興の進まぬ現実。そして自分に何かできるのか?というジレンマ。それでも被災地のことを忘れないことが、せめても自分にできること。そんなことを思った今日という日でした。●「東北の海を感じに行こう」 海を感じなさい。 五感を震わせて 人に会いなさい。 会って話を聞きなさい。究極の人間らしさとは何か「他人へのやさしさ」やさしいの語源は「痩せる」他人のために自分の身を細らせるという意味を含んでいる。分かち合うことが必要なのだ。「弱ってる人にやさしくなりなさい」それが人に会うことの意味なのだ。理想を掲げなさい。 何十年か先の理想を 理想を実現するために何をすべきかを考えなさい。自身に問いかけなさい。今 海を感じなさい。人に会いなさい。新しい理想が 理想の社会がきっと見えるはずだ。 描けるはずだ。18歳の君たちへ(立教新座中・高校長 渡辺 憲司さんの言葉より)●8歳の娘が今回の趣旨を説明した所、自分もやりたい!!と言ってくれたのでキャンドル画像送らせてください。キチンと黙祷もしてましたよ。●天に昇った魂に、さまよえる魂に、今を頑張って生きている人へ 心を静め、鎮魂の思いを込めて。色んな思いを込めてともしました。石井さんは大津港でCANDLEをともしていらっしゃるそうで。お疲れ様でございます。茨城、福島、岩手、仙台、被災にあわれ、心が傷ついた、皆さんに思いを込めて。●ほんの少しでも安らげる時間が増えますように。●素敵なハートが出来上がりますように。●重い1日ですが、少しでも何かに参加できて良かったです。ゆっくりでも上を向いていけるといいなと思いますo(^-^)o●あの日から早くも一年…風化させてはならない現実と、復興への願いを込めてキャンドルに火を点し、黙祷を捧げました。一日でも早く、被災された方々に笑顔が戻りますように●皆の願いはそれぞれ違うけれどいつかは叶うと信じ、このメッセージを添えて、キャンドルをともしました。「希望が実りますように」●復興は、まだまだまだまだ先の事ですが、17年たった神戸が今冷静にあの日を振り返れるように、時間はかかりますが、少しでも早く振り返れる時がくるといいなと思います。●一日も早い復旧復興を子供達の安全を願わずにはいられません●震災から一年ですね。北の空に向かって手を合わせました。●ほんの少しでも心が軽くなりますように・・・。●自宅で灯し、亡くなった方へのご冥福と、今御苦労されている方の幸せをお祈りしました。●テッペイちゃんの歌のタイトルにもある「愛の力」で、みんなで復興に向けてこれからも力を合わせましょう。全国のみんなの想いが東日本の皆さんへ届きますように。●家の仏壇でお祈りした時の写真を送ります。よろしくお願いします。●震災から1年がたちました。何か力になりたいと思いつつも私には何もできませんでした。私は神奈川県ですがかなり揺れました。あの恐怖は今でも忘れません。被災地の方たちはもっと恐ろしい体験をされたんだろうなと思います。石井さんがみんなでキャンドルに灯をともし祈ろうと言ってくださって嬉しかったです。私にもできることがあった参加したいと思いました。先ほど14:46灯をともしお祈りをしました。亡くなった方のことを考えたら涙がとまりませんでした。●あっという間の一年でしたが、まだまだ復興の道のりは長いですね…。大したことは出来ませんが「考える事から始めよう」の言葉を胸に、少しでも何か出来る事をこれからも探して行きたいと思います。●我が家で過ごしました。東北の方角を向いて、家にあるキャンドルすべてを灯し黙祷。自分には、祈る事、僅かな金額の募金をする事ぐらいしか出来ないのがもどかしいですが、亡くなられた方々に、東北、そして日本の復興を約束しました。みんなの願いのこもった 『HEART CANDLE』 天国に届きますように・・・●空になられた皆さん 今ここで頑張っていらっしゃる 全ての皆さんが少しでも 慰められる事を祈って…●被災地の人もそれ以外の地域の人も、光だけは見失う事がないように。全ての人が、太陽の光を浴びて暖かいと思える気持ちを持てる位、心を亡くさずいられるように。との祈りを込めて。●皆の祈りが天に届きますように…東北に、早く幸せの光が灯されますように…●震災で亡くなった方への追悼の燭。生きて、これからも現実社会とそして自分自身と戦いながら生き抜いていく人達への祈りの燭。私が思うには、周りとの絆、助けは不可欠だけれども、周りが生かしてくれて居るだけでは、それでは違うのです。生きていくのは自分なんだ、自分が幸せを見つけていくんだと言う自覚が芽生えた時に初めて絆が意味を持つんだと思います。そして私達も被災地や被災者のリスクを金銭だけでないところでも分担しなければいけないのだと思います。●これからも微力ではありますが支援にご協力させていただきたいと思います。●1日も早く皆が笑顔になれるように・・・●早く、安心して暮らせる日本になりますように・・・。●すべての御霊のご冥福をお祈りいたします。また、いまだ行方不明の方、身元の分からない方の、1日も早い発見、判明を今も避難されている方々、故郷を失ってしまった方々の心に平安な日が訪れますように…。この一年自分にできることは何か?自分は何もできない 何の役にも立たない自分 そんな気持ちでいっぱいでした。でも一つだけ。「忘れないこと」それだけはいつも心にありました。そしてこれからもそのことは心に留めていきたいと思っています。がんばろう!とか、がんばれ!なんて言葉は言えません。適切な言葉も見つかりませんが、前へという意味を込めて「未来へ」という言葉を託しました。自分にできることは何か。今日、改めて考えています。そしてこれからも忘れずに、考え続け、行動していきたいです。●希望の光。●赤レンガイベントの際に見せてくれたてっぺいちゃんのキャンドルに衝撃(感動)を受け、真似っこしてしまいました。我が子同然だった愛猫、米(まい)の写真と共に…。●四国から祈っています…●震災の犠牲となった多くの御霊に祈りを捧げます。一日も早い復興を。●大津港におられる石井さんを始めWCVの皆さんと共にお祈りできた事でまた自分自身の中に忘れてはならないと刻み込めれたと思います。震災で亡くなられた多くの魂にこのハートが届きますように…。●1年過ぎて、自分は何ができたのかを 自問自答しています。自分なりに、この1年以上に復興に役立つ活動をしていこうと改めて思っています。この写真も何かの役に立てばと思い、メールさせて頂きました。●東日本大震災でお亡くなりになった多くの御霊の御冥福をお祈りしますそして人も自然もきっと復活することを信じて●キャンドルに祈りをこめて。。。 親を亡くされた子が、再びに明るくなりますようにと。また、天の方々辛かった事でしょうね。●14時46分…主人、二人の子供、何故かみんな揃っておりました。ハートキャンドルに火を灯し…4人で1分間の黙祷を捧げました。●祈りを捧げることしかできませんが、たくさんの被災者の方々に心からの笑顔が一日も早く戻りますように…●何もできなかった一年でしたが…石井さんと一緒に…石井さんに引っ張ってもらって…たくさん、たくさん考え、感じることだけはできたように思います。。みんなの想いが…多くの方に届くといいです。あの日…停電になって…真っ暗な中…真夜中に起きたら、電気が使えるのがわかった時…いちばんにWCVのサイトをみて…石井さんの言葉にボロボロ泣きました。。大人の私も不安だったし恐かった。。石井さんの言葉が…すーっと緊張を解きました。。そして…一年。。まだまだ…終わらないけど…ついて行くので…導いてください。。●1年が過ぎたのですね。東京にいても、あの日を思い出すと涙が溢れてきます。●蘇れ日本!●一日でも早く元の生活ができますように。●亡くなられた方々のご冥福、こどもたちと私達の未来がひらけるようにお祈り申し上げます。●あれから1年たちました。いろいろな想いがありますが、今は、ただみんなが前を向いて進んでいくように。御霊が安らかに、私たちを見守ってくださるように。お祈りします。●もう一年、まだ一年。東京に暮らす私にとって本当の意味で理解出来てはいない過酷な現実があるだろうと思います。今、私に出来ることは忘れないこと。東北、茨城、千葉、そして、翌日のことだからなのか東日本大震災とは別のように扱われている長野のこと。寄付先が決まったことに安心しました。これからもずっと続く支援に微力ながら協力させていただきます。●いつも 想っています。●今回のこのロウソクを灯すという事がなかったら 日常に追われて黙祷をする という 気持ちを 持ってなかったかもです ただ黙祷だけでは 何の解決にもならないですが 「考える」「忘れない」という 「心」も まず 持ってたので 次は 行動ですね ●東北に祈りを込めて、キャンドル点灯しました。●一日も早い復興に向けて…お祈りしております。●一部が義援金になるというキャンドルを購入して、時間になったら火を灯しました。全ての御霊が安らかに眠れますように……●皆に笑顔が戻る日まで、どんなに時間がかかっても、いつまでも忘れることなく、頑張って支えあっていければと願います。私1人で出来ることは少なく無力さを感じるのですが、石井さんのイベントに参加させて頂くと、私でも出来ることがあるんだと嬉しくなります。今年も、これからも参加させて頂けるイベントがあれば…と思います。●あれから1年、早い様な長かった様な…。何も変わってない!?前へ進んでる?!この日本の未来、不安ばかり。勿論、世界中、全て。被災された皆様方の、御霊に祈りを捧げ、これから先の日本を、世界をお守り下さいと祈りました。人と人との結び付き、関わり合い、色々な大切な事を、この震災で再認識させられました。私達は、決して、忘れません。皆様の事、全ての出来事を。●いろいろな思いがありますがとにかく亡くなった方に安らかに眠っていただけるよう祈ります。●竜兄地震から一年だね。私も17年前阪神淡路大震災で友達や友達のお母さんを亡くしてすごく辛かった。そんなときも米米クラブの曲がありました.だから乗り越えることができました。ありがとう●みんなが同じ気持ちで、手を合わせられますように。悲しいけれど、前進している復興地。fight・・・。としか言えない私がかなしいです。3カ所に送られた義援金、有効に活用できるといいですね。●「涙」この一言しか私は思いうかびません。今もこれからも。亡くなられた方々、今も行方不明の方々、ご冥福をお祈り致します。●千葉・柏より祈りを込めて。●本当に沢山の亡くなった方の冥福をお祈りします…。●このキャンドルには 希望と言う名前がついています。希望をこめて…がんばろう 日本!●被災者の方々のご冥福と、これからの日本にお祈りを申し上げます。2012年は笑顔●復興 を願いご冥福を祈ります●旭市(千葉県)にて。●3月11日、母の実家の港でcandleを灯しました。まだまだ、大変な事と思います。これからも、祈る事しか出来ないかもしれませんが、幸せであってほしいと思います。●被災された皆さんの希望の光が、ずっと輝き続けますように●今後も支援を続けていきましょう!!と、強く思う今日です。●一緒に命に祈らせてください●ハートの灯でいっぱいになる日を信じて●皆が笑顔になりますように … 祈り●この日に、赤のキャンドルは不謹慎に思われるかもしれませんが、私は赤はパワーの色だと思っています。日本の赤。被災された皆さんにパワーを!天に召された沢山の方々が安らかに眠られますことを心からお祈りいたします。●1年前のあの日も今日の様によく晴れていました。●14時46分「心」と記したキャンドルを灯しました。でもにわか雨が降り海風が強くて灯火が小さくなってしまいました。ごめんなさい。東北の海に向かい「心の祈り」届きますように☆●被災された方に、心からお祈り申し上げます。ろうそくの灯に、祈りを込めて。●たくさんのいのちのために●今、わたしにできること。思いを込めて送ります。●被災者の方々の気持ちを思うと、言葉には表すことが出来ません。失ったものが、計り知れない程大きくて深いものだから…。でも、祈ります●水龍が、まさに津波を食い止めている様に見え、そこに般若心経を一文字一文字、心を込めて金紙を切り抜き 作りました。出来上がったものは 『波静浄心』そのものではないかと思います。今日は一日、ここでロウソクを燈し続けたいと思います。全ての人が、心 穏やかになれる事を お祈りいたします。●この時計は、1年前の3月11日14時46分過ぎに、壊れてしまったもの。あの時の事を忘れずに…と今もそのまま。被災された方々に心からのお見舞いと、亡くなられ方々へのご冥福をお祈り申し上げます。●いつかみんな心穏やかに過ごせる日が訪れますように

被災地からのCANDLE MESSAGE

■私は福島第一原発から約10kmの富岡町の出身です。あれから一年。色々ありましたが、今日はロウソクに火を灯し、東北に、福島に思いを馳せ黙祷を捧げました。私は現在都内で生活しておりますが、両親と兄は福島県内の仮設住宅に避難しています。私も近々両親の元に戻ろうと思います。富岡町には戻れなくても、両親が居るところが実家です。これからは両親を、今まで以上に支えていこうと思います。今までのようには石井さんに逢いに行けませんが、ずっと応援していきます。石井さん!!被災地への支援をずっと続けてください!宜しくお願いします☆

■昨年の震災で私は友達を失いました。 友達も友達の旦那様も一緒に津波にのまれ 唯一奇跡的に助かった彼女の子供と 今日は一緒に祈りました。 私の横で小さく手を合わせて「4月から ボク小学生になるんだよ。」と小さな声で 天国のパパとママに向かって報告してました・・・。

■福島もまだまだ大変ですが、心を強く持って明るい未来を信じ、生きていきます。

■今日は忙しいです。でも忙しい方がいいかな。TVはCSのみ。地上波はつけません。1日忙しく働きます。

■もう一年 まだ一年。復興はまだまだ先! 宮城県田尻の内陸部より

■宮城県白石市から、キャンドルの画像を送ります。祈りを込めてキャンドルを灯しました。怖かったあの日の事が思い出され涙が出ました。 今回、海が永遠に怒りを静めてくれるよう、貝殻が沈殿しているキャンドルを使用しました。私は、漁師の方々が制限なく海産物を捕って売り捌くのを良しとはしていませんでした。 ですから、我が宮城で養殖で生計を立ててらっしゃる方を大切に考えていたのに、それらの方の方が甚大な被害を受けてしまっています。福島だって、原発の交付金など受けていない、独自で頑張っていた自治体での考えられないほどの被爆量。彼らは何処へ行き何をよすがに生きていけば良いのか。そして石井さんのご実家の在られます北茨城。信じられない海での放射線量。世の中は無常です・・・・・・・・・・・・・。せめて彼らの哀しみが少しでも浄化されるよう、心を込めてキャンドルを灯します。

■14:26、仙台の自宅にて撮影。実家は郡山です。失われた命への祈りと原発事故を許すことのできない怒りの気持ちをキャンドルに託し、火を灯しました。

■福島に住む**と申します。私の、震災から1年の日は、一年前の同じ時間を思い出しながらの、一日でした。本震後に停電で信号も消えた夜道を、倒れた塀や瓦の落ちた家々の横を歩いて帰った15キロの道のり…。家族が無事に顔を合わせた時のほっとした気持ち。その後の連日の大きな余震、瓦の落ちた家の中での余震に起こされながらの不安な夜…。そしてその後、表面的には普段の生活に戻ったものの、放射線や、今まで細かく考えた事も無かった、放射性物質、の影響を考える日々…。今まで、『地元の物が一番』と誇りに思っていた物が『地元産…』と書いてある時の、ふとよぎる不安感…そして、遠くの産地のものを選んでしまう罪悪感…。農家の人がかける手間や愛情は以前と変わらない…いえ、農地の除せんや放射線の計測にもお金をかけ、以前の何倍も苦労をして作った作物を避けてしまう後ろめたさ…。空間線量は昨年秋位からは、ほとんど変わらずな状況…。正直言って、私にとっては、地震から一年より原発事故から、365日目という区切りにならない感覚な気がします…。『一年経つ頃には、少しは先も見えてくるのでは?』という願いというか希望があったんですが、全然進んだ気がしない…というか、動きが見えない…。何も変わらない…。終わりも見えない…。いつになったら安心して暮らせるのか…。そもそも、自分の今の行動は間違っていないだろうか…ここに居ていいのだろうか…。不安な中での生活が続いています。もちろん、津波の被害を受けた訳でもなく、家も住めている状況の私なんかまだまだ良い方です。津波被害に遭われた方、大切な方を亡くされた方、自分の家があるのに、自然環境も違う慣れない土地の狭い仮設住宅に住まわされ、放射線の影響を考えて一緒に暮らしていた家族と離れ離れに暮らさなければいられない…。『いつになったら安心して暮らせるのか。一緒に暮らしたい』そんな方の気持ちを思うと、私の辛さなんて、まだまだ甘いですが…。最近、『原因は震災だったけれど、ほとんど動きを見せない原発問題は、また別の災害だな…。』と感じています。いつか、『取り越し苦労だったなぁ…』と思える日が来れば嬉しいのですが…。ただ、震災から一年という日は、地震や津波被害で亡くなられた方とその周りの方々にとって、一周忌という一つの節目にはなると思います。大切な方々を一瞬にして失われた方々の気持ちを思うと、想像しただけでも、涙が止まらず、胸が締め付けられる思いです。大切な方を失われた方には、『今のあなたの考えや人生があるのは、例え相手が亡くなったとしても、大切な方の影響を受けての貴方です。だから、自分の中に大切な方は生き続けていく。大切な方を悲しませない為にも、相手を想うなら、もう苦しまず、大切な思い出を胸に心穏やかに生き続けて下さい。』亡くなられた方には、『もう苦しまないで。心穏やかにお過ごし下さい。そして空から、大切な方々を見守ってあげて下さい…。』そう祈りながら、キャンドルに明かりを燈し、黙祷を捧げました。この気持ちが届きますように…。※ちなみに、このキャンドルは、赤などの色を使っていて、『適さないかな…』とも考えたのですが、【震災後の停電の中で使ったキャンドル】だったので、今回のHEART CANDLEに使う事にしました。この一年で思った事は、自分がこれから何年生きて行けるのか判らない、それは元々人それぞれですし、今まで…そしてこれから受ける被曝量による影響がどうなのか、でも、誰にでも必ず訪れるのが、【いつかは死ぬ】という事。【全く悔いのない人生】は無理でも、少しでも、後悔が少なくて済むような生き方をして、亡くなった方の分も、自分の命を大切に全うしなければと強く思うようになりました。

■311が再び巡ってきました。地震のあとの津波で、祖母と叔父一家が犠牲になりました。祖母は未だに行方不明ですが、心の中にいつも一緒にいます。多くの御霊にやすらかなれと祈りました。

■このキャンドルは震災当日から電気が復旧する4日間の間、お世話になりました!まさか、このような目的で使用するとは思ってもみませんでした。今日は同じ東北で、亡くなられた方々のために…。

■岩手からお亡くなりになられたすべての方々と被災されている沢山の方々に祈りを込めて。

■ろうそくの写真と一緒に、私の住む岩手県宮古市の鍬ヶ崎の写真も送ります。携帯からの画像なので見にくいかと思いますが、震災1週間後から順を追ってみました。この町並みをいつかてっぺいちゃんに見てほしいな…と思います。写真はほんの一部ですが、鍬ヶ崎も地区としてはほぼ全滅…それでも、やっぱり海は好きです。被災地のほんの一部の地区ですが、見てほしかったので、失礼とは思いましたが写真を送らせていただきました。

2011.3.18

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2011.4.5

2011.7.11

2012.1.4

2012.2.20

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「HEART CANDLE」への呼びかけへ
たくさんのキャンドル画像、そしてたくさんのメッセージを
お送り頂きまして誠に有難うございました。

※メールエラーのためこちらに届かなかった画像や、文字化けのために掲載できていないメッセージがございますことをお詫びいたします。またメッセージの内容より判断させて頂きましたため、被災地の方からのメッセージが、下で掲載できていない場合もございます。何卒ご了承ください。ご参加くださいましたすべての皆様のお気持ちに感謝いたします。