チャイルドハウス
メルモ
11.04.28 20:58
ドイツ文学者・エッセイスト 池内 紀さんの想いが書かれておりましたので、こちらも参考になればと。
経済新聞より
バウハウスの夢
ドイツでは1919年、第一次大戦後の荒廃のなかでバウハウスが生まれた。
「現場」を意味するドイツ語だが、建築家グロピウスが中心になって開いた学校である。
建築だけでなく、美術、写真、映画、デザイン、ダンス、工芸、織物など、広く造形にわたる新しい教育の場になった。
学校といわず現場といったように、先生は教師ではなく実践を重んじて、町の石工や職人が作業服で教壇に立った。絵具のまぜ方は大切だが、それに劣らずセメントのまぜ方も大事なことだからだ。
ひろく門を開いて外国の若い人たちを受け入れた。バウハウスで学んだ日本人もいる。
やがてドイツはナチ党が力を得て全体主義へとなだれこむ。バウハウスも息の根をとめられたが、10年余の活動で育った人々が各地にちらばり、遠くアメリカにも精神が受けつがれた。
大震災後の復興プランのなかに、バウハウス的な学校の設立を私は夢見ている。釜石の鉄、気仙地方の大工、木工技術、石巻の水産業、各地で歌いつがれてきた音頭、民謡、昔語り・・・町並みは壊滅したが、伝統を受けつぐひとはどっさりいる。造形や技術や芸能を通して人間教育の場をつくる。行政は土地と資金の提供にとどめて、運営は「現場」のリーダーたちにゆだねればいい。
今もデッサウの町にバウハウスの建物が残されているが、鉄骨とガラスでできていて、3つの棟が翼のように結ばれている。
教える側と、創るためのアトリエと、生徒の居住の棟とが平等につながっていた。
わが夢のなかでは、東北バウハウスの本校と分校が点々とちらばっている。
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チャイルドというよりも、もう少し上の年代の話なのかもしれませんが・・・。
ここの書き込みにもありましたが、お年寄りも色々な昔ながらの知恵や民謡なんかは得意分野なのではないでしょうか。そんな方達も含め、色々な年代の人達で、色々な国の人達で、バウハウスのような場所ができれば、その後も意思をついでいってくれる人が守り育んでくれるのではないかと私も夢を実現できればなと思いました。
みなさんの書き込みを読ませて頂いて、確かに難しいことも多いんだなと。
今助けてほしいという人がいるのも、今すぐ助けたいという人がいるのも事実。
でも、たくさんの支援の仕方があり、今炊き出しに専念されている方もいれば、少し先を支援する人もいて、石井さんは未来を含む近未来から支援していかれる人なんだと私なりに解釈いたしました。
私も微力ながら支援のお手伝いをさせて頂きたいと思っております。
