一瞬、一瞬が未来へ
月姫
11.05.12 23:41
こんばんは、身体を濡らす霧雨で
夜になって気温も体温も下がって来ていますね。
みなさんいかがお過ごしだったでしょうか?
さきほどニュースの中で北茨城市のお話が紹介されていて
今日、市内で最後に残っていた、市民体育館の避難所にいらした方が
ご自宅に戻られたのを機に避難所の片づけが行われたそうですね。
避難所にいらしたみなさん、なんとか、ご自宅に戻られたり、
仮設住宅に入ることが出来た...ということでした。
やはり、被害にあわれた皆さんの環境、状況も
刻一刻と変わっていかれているんですね。
そうなると、おのずと、支援の方向性や、求められてくるものも
変わってくるのかもしれないですね。
「癒されるのを待ってなんて居られない」という
石井さんのお話の通り、市の職員の方も
一日も早く自分たちに出来る復興を...と話されて
次は下水道の整備を進めていくのが目標だそうです。
毎日、本当に沢山の出来事を見たり、聞いたり、知ったり。
自分自身の生活に追われたりしながら、フっと
人は、一瞬、一瞬、「何かに気がつくこと」の連続で
生きているんだな...なんて感じた今朝でした。
朝、あと15分早く起きときゃよかったな...とか
なんで、昨日のうちに、アレやっとかなかったんだろう?とか
本当に些細なことから始まって
「あのときこうしておけばよかった」ということに
「あ!そうだった!」と気づいた瞬間に
「やり直し」は始まっているんですよね。
「次はこうしなきゃ…!」と思う、その瞬間から
新しい自分、新しい時間が始まっている。
震災が起きて以後、日本全体が「気づくこと」を
繰り返している毎日ですよね…。
気づいて、見直して、やり直して、
「今よりも良い状態」を懸命に作り上げていこうとしている
命がけで、危険を回避しようと闘っている時期。
見直し、やり直しに、時間が掛かるのは、
私たちに、今まで気がつかないでいた事が
あまりにも多すぎたからかもしれないですね…。
突然気づかされた現実が、余りにも重大だった...ということに、
なかなか心がついていけなくて苦しくなるのは
今まで、それぞれが守られて生きていた世界と時間が
穏やかさに恵まれていた中で
多くの人に「心の免疫力」が
備わっていなかったのかも知れないですね。
よく...自分が「痛み」を知っている人は
他人の痛みを自分のことのように感じて、
気持ちを分け合うことが出来る…といいますが
反対に、子どもの頃から痛み(肉体的にも精神的にも)
を、ほとんど経験したことがないと
「痛みの感覚」というのが麻痺して
傷つけられても「痛い」と感じにくい子に育ってしまうそうです。
自分が痛くない(感じない)から、他人も痛くないと思ってしまい
人を殴ったり、傷を負わせてしまうケースがある…
と、いうことが研究されているのだそうです。
今は辛いことの方が、心と身体にズシリと堪える事ばかりの現実ですが
ひとつひとつ「気づいて」「危険を回避すべく闘っていくこと」を通して
私たちが「心の免疫力」を備えていくことを求められているのかもしれないですね。
最近強く感じるのは
「要らないものは手放さなくっちゃいけないんだ」ということです。
無闇矢鱈な不安や怖れ、怒り、不満、私利私欲...
不必要な物や、不必要な文明の利器...
被害に遇われたみなさんが失った尊いものに比べたら
比べ物にならないものばかり...。
そういうものを手放すことが出来て、初めて純粋に
今も大変な生活に耐えている方たちの気持ちに
ホンの少し近く寄り添えるような気がしています。
自分の大切な友達が、もう一度心から笑ってくれる日が来るなら
何にもいらない...と思った日から、感じている想いです。
先日のコンサートの中で石井さんの言葉と歌から感じた「心の豊かさ」
夕焼けの情景一つをお話されるにしても
とても繊細な色合いや、情景描写に言葉を尽くされて
石井さんを見ているだけで、歌を聴いているだけで
その風景、光景、情景が見えてくるかのような豊かな表現を感じて
どんな言葉で「大丈夫」といっていただくよりも
安心したことを思い出します。
怖れや不安、怒りや不満を手放して「愛」いっぱいで
沢山のみなさんと...そして友と一緒に、ハミングできる日が来たらいいな...。
「愛」から生まれた、気持ちの良い音を感じさせていただけるのを
楽しみにしていますね。
あいかわらず取り留めないお話ですみません。
ありがとうございました。
